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軍事訓練編 無刀武倒《むとうぶとう》

 市街地郊外にて胡座をかきながらぼ~っと青空を見つめる大巨人のデボボ、ふと思い出したように耳元の男へと声をかける。

「ら~ら~ばい~ん~。」


 デボボの右耳から戦況を伺っていたララバインが双眼鏡から目を離し、デボボの耳穴に向け返事をする。

「はい、なんでしょう?」


「も~う、い~、か~い?」

「まーだだよー。」


 あうあうと何か言いたげにするが、再び静かに空を見つめるデボボであった。



 やれやれ、やる気があるのは結構ですが、勝てる相手がもう残っていなさそうですよ。

 ゴブロブ隊が敗れた今、ジュリア、ライゼル、トウヤ、いずれもデボボでは太刀打ちできそうにない相手、残るはミュリエルだが、これを守るのが帝国最強のディアブロなのだ。

 ジュリア率いる鉄壁武装隊、略して鉄武隊は市街地を挟んでの後方待機、トウヤの白救隊も鉄武隊の隣に布陣し、戦況を伺っている。ライゼルら黒月隊は市街地内にて散開し、なにやら策を弄している様子が伺える。そして『こっそり孤高』隊こと『こっこ隊』が真っ直ぐこちらに向かってきている。

 西軍他部隊の配置といえば、悪笑隊はライゼル隊へと向かい、久々隊は郊外の鉄武隊へと進軍、西軍大将は我々の後方にて待機、ヤヌス隊長の麗無隊は訓練開始早々に市街地の何処かに潜伏した様で、何処に潜んでいるかはわからない。


 巨体であるが故に隠れ難く、狙われ易く、模擬戦で真っ先に討たれるのはいつもデボボであった。まだ子供のデボボに痛い思いをさせることは極力避けたい、だが、狙われた以上は痛みを覚悟で応戦せねばならない。ままならぬとはもどかしいものだ。


 さてさて、戦ると決めたら覚悟も決まった。知恵を絞るのが私の役目、上手く指揮できたなら痛みも少なくて済むはずです。



「お待たせしました。デボボさん、もういーよー。」


「ん?あ!?も~う、い~のか~?」

 空を見ていたデボボの眼は死角の右耳を見ようと限界まで動く。


「ええ、もう待たなくていいですよ。『でっかい子守り隊』、略して『でっこ隊』の出撃です。まずは立ち上がりましょうね。」

「は~い、た~ち~あ~が~る~。」

 デボボの一挙手一投足に地響きが上がる。


「はい、良く出来ました。次は前から来る『こっこ隊』を攻撃します。」

「こうげ~き~?」

 約500モートル先にディアブロを先頭にした騎馬隊がこちらに向かってきている。


「あれを右手で叩き潰してください。」

「み~ぎ~て~って、どっちだ~?」

 デボボは両手を見比べている。


「デボボさんが右手だと思った方が右手ですよ。」

「じゃあ~、こっち~だ~。」

 正解、右手を右手と思ったデボボは、こっこ隊に向けて一歩踏み出し500モートルまで振り上げた右拳を振り下ろす。

 踏み込んだデボボの左足が家屋を含む街路を破壊、だが、叩きつけたはずの右拳はズガンと轟音を上げたものの、魔力による魔視が出来ぬ者には見えない障壁に防がれ途中で止められていた。これはディアブロが魔法により展開した巨大な魔障壁である。


「今です!キメラアント出撃!」

 ララバインの号令でデボボの右拳の隙間からキメラアントがワラワラと這い出してボトボトと街路へと降り立った。


「デボボさん、左手でも攻撃してください。」

 今度は考える必要がなかった。残った手が左手であるからだ。

 振り下ろした右拳とは違い、ディアブロを含む敵部隊に向け左拳を真っ直ぐに突き出した。ストレートパンチである。

 ガイーン!

 デボボの連続攻撃は先程と同じく新たに張り出された魔障壁に防がれてしまう。


「第二陣出撃!」

 魔障壁により止まった左拳から、またもやキメラアントがわんさかと這い落ちてくる。


「全兵敵将ミュリエルに向け突撃!邪魔する者は噛み砕け!」

 魔族2000名対キメラアント2000匹の2個部隊での総力戦が始まった。


 魔族の代表的な特徴は大きく分けて三種あり、一つは魔力を増大させる魔角、一つは魔法属性を強化させる魔翼、そしてもう一つは特殊な能力を発揮する魔眼、こっこ隊の魔族兵は魔角を持つ下級魔族だけで構成されている。下級魔族と言えども武技に秀で魔法に長ける者ばかり、個の能力はザザーラント王国兵10人相当である。

 一方、デボボの体内に寄生する魔物、キメラアントはデボボの二つある心臓のうち、右心臓に巣を張り、そこで女王キメラアントが随時キメラアントの卵を産み落としている。キメラアント兵の役割はデボボに害する者の駆除、及び栄養補給である。駆除行為はデボボの血管を通り道にして移動し、内外にいる敵を発見次第襲いかかり、女王の停戦命令がない限り殲滅するまで攻撃を止めない。キメラアントの攻撃手段は強力な牙顎と様々な武器の形状をした前脚の爪、鉄をも溶かす蟻酸、そしてキメラアントのキメラたる所以の能力、属性融合である。融合可能な属性は地、水、火、風、雷、氷、鉄、毒、血の八種であり、融合した属性をデボボの口から体内に持ち帰り栄養分となる事で、キメラアントと大巨人デボボとの共生は成り立っている。また、キメラアントは一度属性融合すると他の属性と融合することは不可能になる。キメラアント兵は一匹一殲滅、もしくは一匹一養分の役目を果たすと、その一生を終え死を迎える。

 女王キメラアントの体長は8モートル、一日に生み出せる卵の限界数は1万数千個、卵の大きさは10シンチ程度で、孵化後も大きさは変わらないが、デボボの体外に出た際、大気中の魔力を吸収し10倍の1モートルにまで即座に成長する。



 魔族の前衛は盾を低く構え、融合蟻兵(キメラアント)の突撃を防ぐ、最初の突撃を防がれた融合蟻兵だが、後続の融合蟻兵が仲間の体を乗り越えつつ、盾まで乗り越え魔族兵に襲いかかった。

 剣と牙顎がぶつかり合い、槍と脚爪が交錯する。優勢なのは武器に魔力を込めて戦う魔族側だ。

 牙が折られ、爪脚が切り飛ばされる。そこへ盾と鉄属性融合した鋼鉄蟻兵(メタルアント)が魔族の足元に反撃の攻勢をかけてきた。

 武器による攻撃は鋼鉄蟻兵には効果が薄く、進攻を防ごうにも蟻酸を撒き散らしながらの進撃は盾はおろか金属鎧まで溶かされる始末。鋼鉄蟻兵を先陣に中央突破がなされようとしていた。

「今だ!土魔法土流陣!」

 後衛の魔族兵が土属性の五法陣形魔法を放つ、鋼鉄蟻兵を飲み込むように土砂崩壊が起こり街路に大穴が空いた。

 後続の融合蟻兵も数百匹ほど穴に飲み込まれる。


「上手く誘い込んだつもりだろうが、態と誘われたとは思わないだろうね。」

 双眼鏡で戦況を確認しながらデボボの耳穴に向け右心臓に潜む女王キメラアントに指示を送る。その指示は女王キメラアントから脳波により全キメラアント兵に送られている。


 穴から這い出ようとする鋼鉄蟻兵に向けて火炎魔法の火炎球(ファイアボール)が放たれた。

 焼くというより熱により鋼鉄蟻兵の体を溶かす効果を狙った攻撃魔法である。

 全身を炎に包まれ無言で蠢き焼け溶ける鋼鉄蟻兵はズルズルと深い穴へと滑り落ちていった。


 部隊の態勢を立て直し前線を徐々に押し戻す前衛魔族兵、後衛の魔族兵も再度魔法陣を描く準備に取り掛かる。

 だが、それを阻む敵が突如地面から這い出してきた。土属性融合を果たした大地蟻兵(アースアント)である。もとより穴を掘り進むを得意とする蟻であるが上に土属性と融合することにより、より掘削に特化した姿へと変貌していた。

 前衛後衛関係なく無秩序に地面から現れては付近の魔族兵に襲いかかった。それはもはや陣形など成していない完全なる乱戦、消耗戦。

 個々の能力は魔族が勝るものの、乱戦において己が命を顧みない融合蟻兵の方が些か有利であった。


「こうなっては不利になると知りつつ魔法を織り交ぜるしかないよね。」

 ララバインの狙い通りに大地蟻兵に向けて雷撃、炎擊の魔法が飛び交う。魔法を受け爆散する大地蟻兵だが、そこへ融合蟻兵が乱入し、属性融合を始める。触れたものを感電させる雷電蟻兵(サンダーアント)、触れるものを焼き焦がす火炎蟻兵(ファイアアント)へと変貌したキメラアント兵は蟻酸に炎や雷の属性を混ぜた攻撃を撒き散らす。


 焼け付いた匂いの煙を巻き上げる戦場を見下ろすララバイン、双眼鏡から目を離し呟く。

「これで互いの兵は半分以下になったかな?でも、そろそろディアブロ様がお怒りになる頃だろうから、この辺りで終了だろうね。うん、上出来、上出来。」


 魔族兵と融合蟻兵が戦っているあいだも、デボボのグーパンチは続いており、その全てはディアブロの魔障壁に防がれ続けていた。

「へ~んな~か~べ~だ~。」

「デボボさん、そのまま攻撃を続けてくださいね。あっ、手が痛くなりますから思いっ切り殴っては駄目ですよ。」

「あ~、わ~かった~。」


 ガシガシ殴り続けられるたびに新たな魔障壁を展開するディアブロ、連続魔法の使用に心配したミュリエルは馬をディアブロの側に寄せ、こそりと声をかける。

「あのあの~、ディアブロ様、お疲れなら私が交代しましょうか?」

 少しの沈黙のあとに、いらぬ心配をかけさせた事に苦笑するディアブロ。

「大丈夫だミュリ、防戦に徹していたのは子供(デボボ)相手に大人(俺様)が本気になって良いものか考えていたのだ。」

 少し顔を赤らめるミュリエル、なるべく痛みのない方法で勝ちましょうとディアブロに一言告げる。

「そうだな、兵の治療はミュリ、お前に任せる。」

 コクンと頷くミュリエル、並立する騎馬越しにそっと頭を撫でてやり、額に軽くキスをする。そしてデボボに向け愛馬グラヴァイトを走らせた。


 休みないデボボの連撃がディアブロを迎え撃つ、これまでとは違い魔障壁で防ぐことはせず、ディアブロの右拳に(イカヅチ)を纏わせ虚空を打つ、すると空打ちした場所から雷撃衝撃波(サンダーウェイブ)が発生し、デボボの右拳に直撃、デボボの右腕を跳ね上げて尚、収まらぬ衝撃の余波が左拳をも後方へ弾き飛ばす。


「あぁ~~~。」

 デボボの両肩が軋みの悲鳴を上げる。さらにサンダーウェイブにより麻痺し、だらりと垂れ下がった両腕から頭部めがけ疾風の如く駆け登る黒い騎馬。

「グラヴァイトよ、トランスフォーム(形態変化)だ。」

 ディアブロの一声でグラヴァイトはひとつ嘶くと黒毛の騎馬から漆黒の魔導二輪(グランバイク)へと姿を変える。

 爆音を轟かせながら爆走する魔導二輪、その身にかかる重力の鎖などものともせずに一気に頭部へと躍り出た。


 そこに待っていたのは白旗を掲げて降参の意を示すララバインであった。

「参りました。降参します。たった今、兵に停戦を命じました。」


 魔導二輪を元の騎馬へと戻すと、ディアブロは頷き降伏を受け入れる。

「ではディアブロ様、デボボの麻痺を治してやってくださいな。」


 両腕が痺れて動かせないデボボは、全身が動かなくなったと思い込み、身じろぎ一つ取らず、声も出さずに唯々泣いていた。

「デボボよ、悪かったな、痛い思いをさせてしまった。」

 帯電している両腕から魔法解除(ディスペルマジック)で痺れを取り除いてやると、デボボは動けるようになったとアウアウ喚きながら喜んだ。


 眼下を見ると戦闘を止め、デボボの栄養へとなりにキメラアント兵は大巨人の体内へと帰還していく、魔族兵の大半は四肢を食い破られており、まだ戦える者も多いが各々程度の差はあれ炎や雷により全身に火傷を負っている。ミュリエルや救護隊が魔法や神法で治療をしているが完全回復までには暫く時間がかかるだろう。


「仕方がない、部隊の回復を優先するか・・・。」

 苦手な治療を手伝いに300モートル級の大巨人デボボの肩口から地上へと飛び降り、落下着陸を図るディアブロであった。



ピンポンパンポーン♪♪


「執行部よりお報せです。先ほどこっこ隊によりでっこ隊は降伏いたしました。引き続き軍事訓練をお楽しみください。」


ピンポンパンポ~ン♪

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