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軍事訓練編 跳跋蹂躙《ちょうばつじゅうりん》

 市街地郊外、砂埃舞う不毛地帯において、内務省職員により追加の兵力2000が『剛腕戦斧隊』略して『ゴブロブ隊』に届けられた。


「私は内務省の者で御座います。申し訳ございませんロブ様、騎獣の手配に手違いが御座いまして不足分の空戦用騎獣グリフォンと陸専用騎獣キマイラを各1000匹、急ぎお届けにまいりました。」

 なんじゃと!?ザブの奴め、しっかりと倍の騎獣を申請しておったではないか、抜け目のない奴じゃ。

「おお?・・おお、御苦労であった。申請していた騎獣の数と実際の数とが合わんでな、おかしいと思っておったのじゃ、なんじゃ、手配の手が違ったのじゃな。」

「はい?手配の手で御座いますか?・・・ええ!、はい、その通りで御座います。手配した者が間違っておりました。お詫びの印と言っては何ですが、ドリエル内務大臣よりロブ様とザブ様専用の騎獣をお持ちしましたので、お使いいただければ幸いです。」


 おお!なんと、これは・・・ぐふ、ぐふふ、強くてカッコいいワシに相応しい騎獣ではないか、ぐふぁふぁふぁふぁ。




「ロブ様~!ロブ様、先行偵察隊から敵部隊発見の報告が来ましたぞ!」

「ん!?発見ならワシもとっくに発見しとるわい!あそこに見えるデボボのことじゃろ。」

 あの大きさなら隠れるのも無理じゃろうからな。あやつに近付くつもりは無かったが、この騎獣があればあのデボボにも対抗できよう、ぐふふふふ。


「いえ、デボボではなく、久々隊でございます。」

 久々隊?はて、何処の部隊じゃったかな?

「えー、ロスマリヌス様とロンの部隊でございます。」

「おお、そうじゃそうじゃ、久々隊のう、丁度良い、獣人ごときワシらが蹴散らしてくれるわ。ゆくぞ者ども、ワシに続け~い。」


「ロブ様~、騎獣にはお乗りにならないので?」

 ん?おお、そうじゃった、いつものクセで走ってしまったわい。

「者ども~、先に行け~い。」


 魔獣に騎乗出来なかったゴブリン兵2000名とグリフォン2000匹、キマイラ2000匹、総勢6000もの兵が砂塵を巻き上げながら怒涛の勢いで久々隊が陣取る市街地へと突貫して行った。その後方、二匹の魔物が地響きを立てながら続いて行く。




 攻め込まれる形となった久々隊は市街地中心部、幅広の街路にてゴブロブ隊を迎え撃つ態勢を整えていた。


「ロン殿、先程の斥候・・態と逃がしたのは何故です?」

 おやおや、竜戦姫は見敵即殺が御所望の様だ。


「斥候を見逃したのは相手を誘き寄せる為です。我々が餌となり悪笑隊が奇襲する手筈になっております。」

「その手にあるのは魔道書のようですが。」

「これは副長会議でオウガデス師匠から渡された悪笑隊の作戦魔道書です。戦況に合わせて悪笑隊の作戦行動が書き加えられていきます。」

「ほう、その魔道書に合わせて部隊を動かすわけですか、東軍の手に渡らぬように気を付けなければなりませんね。」

「ええ、私もそう考えましたが、奪われたら奪われたでニセの作戦行動に書き換えられますので、相手の戦術を逆手に取ることも可能なのだそうです。」

「なるほど、それでその魔道書には我々への指示は書かれておりますか?」

「いいえ、悪笑隊のとる戦術のみが記されているだけで、各部隊の判断で好きに行動して構わないそうですよ。まあ、今回は悪笑隊の作戦に乗りましたがね。」

「そうですか、今回は囮ですか、・・もしも私の力が必要になれば遠慮なく仰ってくださいませ。微力ながら精一杯この力を振るわせていただきます。」

 勿論、竜戦姫の御力は借りるつもりですが、軍務省からロスマリヌス様には正攻法以外の戦法を経験させるように命ぜられている以上、戦闘開始後だけでなく戦闘開始前でも臨機応変に動ける様になっていただく為、様々な戦術を見せねばなりませんので、意にそぐわぬ作戦内容でも享受していただきたい。と、心の中で言う事にした。

「その際は遠慮なく。」

 深々と頭を下げたあと、部下に臨戦態勢をとるよう指示をだす。ロブの様な後先考えずに猪突猛進するタイプの将が相手だと、罠に掛ける事は容易い、だが、軍務省の指示とはいえ、奇襲する者があのライムとオウガデス師匠では竜戦姫にとって参考になるであろうか?



 噂に上がった悪笑隊の隊長と副隊長は市街地入口付近の二階建て一軒家にて午後のティータイムを楽しんでいた。


 おっす!俺の名はライム、こんな軍事訓練なんてさっさと負けて終わらせたいものだ。だが、わざと負ければ上層部に睨まれるので、ある程度の戦功をあげた上で負ける予定だ。今はその戦功が通過するのを固唾(こうちゃ)を飲んで待っている。


「戦場で飲む紅茶が不味いのか、それともこのシン帝国産紅茶が不味いのか、どっちだ?」

「やはり、紅茶の美味しさに関してザザールーク種の方がシン種の遥か上を行きますね♪」

「まあ、今のところ茶葉の生産は悪農組(うち)でしか扱っていないからな、はやく錬金術で魔茶を作れよ、そしたら美味い紅茶に改良してやるよ。」

「分かりました♪近いうちに取り掛かります♪」


 このところオウガデスの機嫌が頗る良い、ゼルタリス要塞から連れ帰ったパッチがようやく弟子入りを志願してきたからだろう。はやく弟子を一人前の英雄にしたくてたまらない様で、俺の即戦即敗即解散作戦に乗り気を見せている。


「そんで、今回は誰に負けるつもりなんだ?」

「今回もライゼルさんにしようかと思っていますよ♪」

「また勝った気になれないと因縁が深まったりしないか?顔には出さないが半端じゃない圧力を俺達に向けて発しているからな。」

「前回は粘りすぎましたので、今回は適度に抗いつつ負ける算段です♪」


 ライゼルか、オウガデスとは召喚術師、錬金術師、精霊術師と、三魔術職被りしてるからな。他で勝っていても三被りの実力が拮抗してたら納得いかない事も多いのかね。オウガデスにしてみてもライゼルとの戦いは楽しんでいる様だし、類は友を呼ぶってことか。ライゼルの相方は紫狼丸だったな、あのコンビなら、今頃は俺達を叩きのめす為の罠を張り巡らせているに違いない。さっさと前座を片してさっさと負けるか。


「そろそろゴブロブ隊がお着きになりますよ♪先頭はキマイラ2000匹、その上空にグリフォン2000匹、やや後方にゴブリン2000匹、更に後方にロブさん、ザブさんと・・・おやおや♪」

「なんだ?そのおやおやは良い事か、悪い事か?」

「面白い事ですよ♪」


 オウガデスの面白いが面白かった事は無い、今回もそうだろうが、こりゃライゼルに負けるまでも無いって事なのかもしれないな。俺としては好都合だ。



 久々隊に向けて怒涛の勢いで街路を駆け抜けていくキマイラの群れ、様々な魔獣を組み合わされた合成魔獣であり、頭は獅子、身体は山羊、尻尾は蛇、知能も高く狡猾で残忍な魔獣であるが故にゴブリンなんぞに指揮されるのは屈辱の極み、ただ本能の赴くまま目の前の敵を殲滅することだけを考え突撃していく様だ。


「それでは始めますか♪」

「ああ、始めてくれ。俺はもう一杯飲んでから参加する。」

「ふふ♪お待ちしておりますよ♪」


 市街地入口から久々隊にまで立ち並ぶ500本もの街路樹が一斉にウッドゴーレムへと変わり、脇を通過するキマイラの群れに向けて両の拳を振り下ろす。不意打ちを食らい痛手を被るが倒れるキマイラはいない、逆にウッドゴーレムを薙ぎ倒しその身を次々に食い破る。

 上空のグリフォンも襲撃を受けていた。地上からガーゴイルが飛びかかって来たのである。だが、空中戦でも魔獣が優勢で、グリフォンの嘴はガーゴイルの石の体をものともせずに突き穿ち、その爪は敵の五体を裂き砕く。数でも勝る魔獣たちは魔法生物を難なく撃破していく。

 後続のゴブリン兵1500名が戦場に着いた頃、街路には砕かれた無数のゴーレムとガーゴイルの残骸が散らばっていた。


「奇襲の効果もなく、なんともあっけない幕切れ・・・ではありませんよね。」

 世情に関心の無い竜戦姫でも流石に悪笑隊のいやらしさはご存知でしたか。

「ええ、ここからが奇襲の始まりですよ。」

 このいやらしさに何度煮え湯を飲まされた事か、思い出しただけで気が滅入る。



 ロンの呟き通りに本格的な奇襲が始まった。魔獣を取り囲むようにして霧が発生し、街路の敷き石の隙間からスライムが滲み出てくる。

 夜目の利くキマイラであっても濃霧には視界を奪われてしまい、無音で近付くスライムには気付けず、触れられた箇所がジュッと音を立てて溶けだす。

 強酸粘性体質のスライムに触れると皮膚が爛れてしまう危険性があり、霧により視界を奪わたキマイラはその場から無闇に動けず、獅子の頭は威嚇の咆哮と共に四方八方へと炎のブレスを撒き散らし、山羊の頭は無闇矢鱈に雷の魔法を撃ち放つことで敵の接近を防ごうとするが、スライムは既に地中へと姿を消しており同士討ちによる被害が拡大するばかりであった。

 魔獣を指揮する立場のゴブリンであるが、濃霧の発生、味方であるキマイラからの攻撃により戦意を失い逃げ惑うばかりで、錯乱する部隊を鎮静させようともしていない。

 上空のグリフォンは霧の範囲外にまで避難し、濃霧の中の惨劇を唯々見下ろしているだけであった。


 久々隊の前方100モートル前にてゴブロブ隊が悪笑隊に翻弄されているのを見てロスマリヌスが呟く。

「指揮する者がいないだけで部隊はこれ程までに無力化するのですね。」

 数に物を言わせての陸と空からの進撃であったが、陸上部隊を止めるだけで飛行部隊も止めてしまったことに感心する。


 『魔眼(まがん)』と呼ばれる特殊な眼、一部の魔族は魔眼を持っている。竜戦姫ロスマリヌスは両目に『白銀竜王眼』を宿しており、魔眼の効果は竜族支配の他に魔力を消費しての暗視や透視が可能である。故に、ロスマリヌスは霧の中の混乱ぶりを見通すことができた。


「ゴブリンどもまでが霧の中なのは想定外でしたが、結果は同じこと、西軍は一兵も失わずゴブロブ隊を殲滅します。」

「おや、一兵も失わずとは異な事を仰る。先程、魔獣に打ち砕かれたゴーレムやガーゴイルは兵と見倣さぬのですか?それとも幻か何かでしたか?」

 指揮官席に座るロスマリヌスは己の顎先に細く長い人差し指を当て疑問を口にする。


「いえいえ、あれも立派な一兵士です。あれらを足止めの為だけで突っ込ませたわけではありませんし、バラバラにされましたが行動不能になったわけでもありません。悪笑隊の活躍はこれからの様です。作戦の全容はこちらの方に記されております。」

 ロンは作戦魔道書をロスマリヌスにそっと手渡そうとするが、竜戦姫は受け取りを拒む。

「結構、先のことが知れれば興がそがれましょう。」

「御意の儘に。」

 竜戦姫の意を汲み取り、ロンは魔道書を懐に仕舞う。その表情は穏やかであった。

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