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不幸と不運は唐突に

時は流れて200年後の別世界。


大陸歴610年、セルザニア大陸に突如、悪魔が現れてから200年が経った。



「おいパッチ、俺たちの配属先が決まったぞ。悪魔討伐隊だ。」

 息を切らし、顔色を悪くして駆け寄って来たのは同期入隊のレイヤー。


 僕が急な配置転換を知ったのは仲間たちと昼食を取っていた時だった。

 それは最悪の報せ、群雄割拠する大陸内において、母国、ザザールーク王国は比較的平和を享受してはいるが、悪魔討伐隊だけは生還率50%以下の任務に就く危険な配属先である。


「なんで僕たちみたいな新米がそんなとこに配属されるの?」

 上官の話を盗み聞きしてきたレイヤーに聞いてみた。

「今回の戦はいつもの倍の動員規模らしいぜ。各部隊からも若干名、人員を出すように勅令が出たんだとよ。」


「若干名って、要は各部隊のお荷物を出す事になるんだろ。そんなの新兵か老兵しか集まらないじゃないか!」

 声を荒げたところでどうなる事でもない、とは分かっているけど、身の不運を呪わずにはいられなかった。



 魔導大陸セルザニア、その大陸中央部に位置する小国家ザザールーク王国、四季の変化は乏しいながらも豊富な生活資源を有し、輸入輸出に頼らずとも国民だれしも快適な生活が送れる実り豊かな国である。

 東の隣国、神聖国家テラナ・ルナ・ルーブ王国とは長年にわたり友好同盟が締結されており、北の暴雄「マクガバナス」率いる軍事大国ロードクリオ帝国とは霊峰ルグナントが両国との国交を断ちふさぐかの様にそびえていた。


 採れども尽きぬと評判のザザールーク名産の川魚が季節を問わず漁獲されている。

ザザールーク王国最西端の村クルール、ルグナント山から流れる清らかな水がせせらぐ長閑なる田舎の風情、その川水が家畜の飼育には最適で、王国御用達の軍用馬育成の為にクルール村が造られた。


 クルール村は王国馬を育成する村であり、ほぼ全ての村人が何らかの形で馬の飼育に携わっている。

ある日、小規模ながらも牧場を営むパッチの両親が飼育小屋から安堵と喜びの表情で家に帰ってきた。

栗毛の牝馬が白毛の馬を産んだのである。

 突然変異の白馬は希少種であり、白馬を産ませた牧場主には王室から高額の育成資金と特別報酬が贈られる。

 小さな牧場で生まれた純白の馬体、この偶然の産物は当然のごとく王室専用馬に指定された。

だが、不幸はすぐに訪れる・・・。


 近隣一帯の牧場馬が原因不明の感染病に掛かり軒並み死んでしまう。

 白馬も例外ではなかった。

 王室の馬を失ったパッチの父親は責任を負い極刑に・・・、母親は金目の物を持ち出し失踪、使用人は他の牧場へと移り、14歳のパッチに残されたのは馬も働き手もいない牧場と、小遣い程度の金と僅かな食糧、そして今日も幼い妹は玄関前に座り込み、静かに両親の帰りを待っていた。


 やがてパッチは父と親交の深かった牧場主仲間で、子供のいない老夫婦に妹を養女として預け、父の残した牧場の権利を譲渡し、自分はザザールーク軍の兵として入隊することにした。



 入隊して1年も満たないうちに西の脅威、悪魔が支配するシン帝国への侵攻部隊「悪魔討伐隊」に配属となる。


 今回で14度目の侵攻作戦、いずれも悪魔の国へと辿り着く事叶わず、『悪魔の森』奥深くの帝国軍要塞戦においてザザールーク軍は毎回大敗を喫していた。


 故郷のクルール村は川を挟んで悪魔の森の対面に位置しており、幼い頃からパッチは侵攻部隊が森へと進軍する勇壮な様を、・・・そして傷つき疲労困憊になりながら森から這い出てくる姿を毎回目撃していた。


 深い霧の立ち込める悪魔の森には異形の獣人や、土人形がザザールーク軍の行く手を阻んでくる。

 遠征の度に半数の兵が戻らぬ人となり、その後、失われた兵の家族までもが突如失踪している。

 よく耳にする噂では、シン帝国に捕えられた兵は奴隷として強制労働させられ、その家族までもが人知れず悪魔たちに拉致されてしまうらしい。

「僕が捕まると妹まで奴隷になってしまうのかも・・・養子に出したから家族とはみなされないかな?でも、負けたくないなぁ、いや、絶対に負けられないっ!」

 今回の遠征はこれまでの数百程度の兵数ではなく、ザザールーク軍の過去最大動員兵数千名で突破を試みることになっている。


 軍を率いるは金色将軍タグラグタ、絢爛豪華な黄金の鎧を身に纏い、鎧では収めきれない脂肪を揺らし、止めどなく油のような汗を流す肥満体の将軍である。

「よりによって、こんがり将軍アブラブタかよ。14回目も駄目だこりゃ。」

 自分たちを率いる者の名を聞いて、思わずレイヤーが愚痴をこぼす。

 そりゃ誰しもが思うことだよね。

 集まった兵士の顔からは覇気が微塵も感じられない。

「将軍は金豚だけど、副将はいぶし銀のブレスト様だよ。少しは期待できるかもよ。」

 ブレスト様は白髪交じりだが精悍な面持ちのザザールーク王国の宿将で、勝つ事よりも、負けない事を旨とする防御戦が得意な壮年の将軍である。被害を最小限で留めようとする戦術が多く、兵を大切にする姿勢から、兵士からの信頼度は大きい。

「だめだめ、いくらブレスト様でも金豚は扱いきれないって。」

 レイヤーが首を横に振り、同じく同期で悪魔討伐隊へと一緒に配置換えをされた不幸仲間のフックが頷く。

「そうだな、金が銀の言う事を聞くとは思えないや。」

 金髪のレイヤー、黒髪のフック、亜麻色の髪の僕、パッチは仲よく同時に深いため息をついた。


 出国前から全軍に漂う敗戦ムード、でも妹の為にも僕は負けられないと思い返す。

「僕は自分が死ぬのには覚悟が出来てる。でも、妹まで死なせる訳にはいかないんだ。

みんなも家族を失いたくないだろ?

悪魔に捕まったら家族まで奴隷にされて死ぬまで働かされるんだよ。」

 本当は死ぬ覚悟なんて出来てなかったけど、口に出したらなんだか決意が固まる。そんな気がしてきた。

「そうだな、パッチの言うとおりだ。負けたくない。いや、負けられない!」


 やったね。みんなが家族や恋人、愛する者たちの顔を思い浮かべたのか、負けないぞ、って感じになってきてる。


 その後、部隊長から今回の侵攻作戦の説明を受けた。

 ザザールーク軍の軍事講習で、対シン帝国ゼルタリス要塞攻略法の講義を何度も受けていたから、作戦内容は、頭の中に叩き込んであるものとほぼ同じだった。


作戦その1.火気厳禁:火を熾す(おこす)忽ち(たちまち)森に生息する火喰い鳥に襲われる為。


作戦その2.迂回厳禁:森の中のゼルタリス要塞までは(難所を攻略しなければいけないが、)一本道で行ける。下手に迂回しようとケモノ道を通れば獣人に襲われ、発生した霧に視界を奪われ、迷子になる。

でも、何故だか森で行方不明になった者はいない、何故だか、いつの間にか森の入口まで出て来てしまうらしい。


作戦その3.先発隊は軽装備で挑む事。アスレチックの様な難所を越えるには、重装備よりも軽装で挑んだ方が成功率が高いからである。


 難所の攻略の説明も受け、明日の出発に備えて早めの解散、就寝となった。


 なんだか戦争に行くっていうより、軍事訓練のような感じに思えちゃったけど、前攻略戦までの教訓を踏まえるとこんな感じを受けるのかな?などと思いつつ、疲れた心を休ませようっと。


今日はおやすみなさい。

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