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辛さは神に、幸せは悪魔に

 ここはゼルタリス要塞内部の一室、歓迎の間である。

 悪魔からの申し出を受けて、悪魔族のオウガデスと、耳長族のライムを捕縛し、捕虜として城塞内を案内させている。


「まさか本当に歓迎するつもりだったとは驚いた。」

 長いテーブルの上には300名分の御馳走が並び、今まで見た事の無い料理ばかりだけど、野菜、肉、スープ等が用意されていた。


「汗を掻いておられるでしょうから、湯あみの後に食事をと考えておりましたが、今回は逆になりそうですね♪」

 後ろ手を縛られ、剣を突き付けられているにも係わらず、涼しい顔で応対するオウガデス。


 それぞれに毒見をさせてみたが、悪魔は平気でも人間には害のある料理かもしれないので、耳長族のライムに毒見が集中した。

「おい、お前ら、どんだけ俺に食わせりゃ気が済むんだ?俺は食が細い方なんだぞ。」

「うるせえ、黙って食え。」

 相当食べさせた後、どうやら大丈夫そうだと、最初にレイヤーが料理に手を付ける。


「なんじゃこりゃ~、滅茶苦茶美味いじゃないか!」

 レイヤーの一言で、皆が一斉に料理に貪り付いた。


 この料理は、オウガデス曰く、遥か東方の郷土料理らしい、食べ方は僕達の文化と異なるらしいが、今回は僕達の様式に合わせて作ったそうだ。

 炊かれた米は硬すぎず、柔らかすぎず、口に含むと唾液を沸き立たせ、混じり合い、ほのかな甘みを産む。

 軟らかな牛肉に巻かれた野菜の甘みが口の中いっぱいに広がる、甘いと言えば、こんなに濃厚な甘味を持つ芋を食べたのも初めてだった。

 スープにも驚いた、中の具が透けて見えるのだ、塩味の効いたスープが練り物と良く合い、程良い塩分が他の料理へと誘う。


 量的には少し物足りないかなと思いもするが、戦場で口にする食べ物と考えれば至上の御馳走だと思えた。


「御馳走様でした。」

 自然と皆が手を合わせ一礼し、神への感謝を示す。


「お粗末さまでした♪」

 オウガデスも手を合わせ僕達に向け一礼する。


 ・・・あれ?後ろ手に縛ってた筈なのに手を合わせた?


 再度確かめようとオウガデスを見るが、ちゃんと縛られている。


 ・・・見間違い?気のせいだったのかな?



「食い終わったなら次は風呂にしないか、そこで俺達の目的を話す。」

 少し緩んでいた場の空気が緊張に代わる。


 すっかり皆の代表になってしまったレイヤーと、その副官扱いになっている僕、数名の大人達、悪魔と耳長族、総勢14名が露天風呂を満喫している。

 フックは悪魔と一緒に湯浴みは出来ないと辞退して、残りの者達と大部屋で待機するらしい。


 先程見たのは気のせいでは無かった、いつの間にかオウガデスとライムは束縛から解放されており、さも当然の様に湯につかっていた。

「まあ、そうなるだろうなとは思っていたよ、俺達を此処に連れて来る為に捕虜になるふりをしたんだろ。」

 悪魔はこくりと頷いた。


「で、教えてくれよ、お前達の目的ってやつを。」


 悪魔到来の歴史をオウガデスは静かに語り出す。


 今から200年程前、異世界にて千年続いた魔族同士の戦争は、王様同士の一騎打ちでの決着をもって終止符がうたれる筈だった。

 だが、決闘の際に魔力の暴走が起こり、空間の歪みに呑み込まれた魔族は異世界の地(セルザニア大陸)へと飛ばされてしまう。

 魔界と呼ばれる魔族の暮らしていた世界、その世界にも人間は存在しており、人間と魔族は共存していた。

 魔族は人間が居ない世界では長く生きていけない、それは人間が感じる幸福が力の源だからである。

 よって魔族は幸福力を得る為に、人間を幸せにしなければならないのである。


「じゃあ何?お前達、悪魔は俺達を殺したり奴隷にしたりはしないわけ?」

「はい、人間を苦しめて喜ぶのは神族だけですからね♪」

「ん?神族?」


 神族とはこの世界で信仰されている神様の事である。

 神族も魔族と同じで、人間から力を得ているのだが、その力は苦痛から得ているのだ。

 

「なんだと?この悪魔め!神様に対し不敬だぞ!」

 傍でオウガデスの話を聞いていた信仰心の高い大人が怒りを顕わにするが、すかさずレイヤーがなだめに入る。


 レイヤーは悪魔との話が終わるまで大人しくするように指示を出すと、その男は渋々ながら命令に従い後方へと下がった。

 

「魔族は神族から恩恵を受けてる訳じゃあない、神と悪魔に上下関係なんてないんだよ。」

「神から信仰と引き換えに恩恵を受けるのは人間だけって事なのですか?」


「俺達魔族はこの世界に後から来た者だ、神族から手を出してこない限り、先住民族である奴等と争うつもりはないが、神族の為に嘘をつくつもりもない。」

 ライムは語る。神への信仰は無意味だと、神は人間を幸せにするつもりはなく、恩恵など与えたりはしないと。


 人間を苦しめたい神族は人間に幸福をもたらそうとする魔族を敵視しており、人間に魔族は悪魔だと教え、悪魔を屠るは聖戦と称し、互いに争わせ様としている。


「神族は人間に悪魔を滅ぼせる力があるとは思っていないが、戦争をする事で人間が苦しむのを望んでいるんだ。」


 100年程前に、突如、天使ではなく神が人間の前に姿を現し、セルザス教会教皇は神託を受けたのだ。

 神は人間に告げた。この世界に災いをもたらす悪魔を討伐せよと、神の代理として人間よ聖戦を起こせと。

 その年、その月、その日、その時より悪魔と人間の戦争が始まり、それは100年後の現在も続いている。


「俺達が人間に滅ぼされる訳にはいかないが、人間に苦しんでもらいたくもない、どうせ戦争になるなら楽しんでもらいたい訳よ。」

「それであんなアスレチックみたいな難関を用意したんだな。」

「ああ、だけど、まさか死人が出るとは思わなかった。」


 すると、オウガデスが思い出したかのように手を叩く。


「言うのを忘れていました♪あえなく戦死されたバーツ・オレタノさんですが、甦らせた後、お帰りになってもらいましたよ♪」


「へ?」


 驚いた事に魔法で死者を甦らせる事が出来るらしい。

(ちなみに、第二の難関で谷底に落ちたオーチル3兄弟は、谷底に用意してあった魔導門(ゲート)を通り、ザザールーク王国付近の森へと飛ばされたそうだ。)


「魔族は神様と同じ奇跡が使えるのか?」

「ええ、魔族でも一部の者だけですが使えますよ♪ですが、甦ると幸福力放出の能力は無くなってしまいます♪」

 人を甦らせるのは、魔族にとってあまり得になる事は無いらしい、せいぜい兵士の帰りを待つ家族が喜ぶ程度だそうだ。


 それは神族も同じ事で、甦らせた人間からは不幸力を得る事が出来なくなる。


 確かに、神でさえも人を甦らせる事は極めて稀で、手続きも難しく時間が掛かり、王族でさえ震えあがる程の金額がお布施として必要なのである。

「莫大な金は、膨大な不幸を呼ぶからな。」

「手続きを長引かせ、死者の体を腐敗させることにより、復活を不可能にさせる事も悲しみを呼ぶ手段として使われていますね♪」


 それが本当なら死者への冒涜じゃないか、セルザス教の教義にも、人としての信義にも外れる行ないだ。

「神族にも色々おりまして、神と崇められる者も、邪神と畏怖される者もいます♪それは魔族も同じ事なのですよ♪」


「では我々が呼ぶ悪魔とは、魔族の事だけど、我々人間を害する存在ではないのですね。」

「ええ、中には悪魔と呼ばれても可笑しくない魔族もいますがね♪」

 オウガデスはライムを見ながら微笑みをこぼす。

「ああ、魔族にも色々いるな、中には笑えない噺家もいるからな。」

 ・・・一瞬心地よい温泉が冷やかなるものに感じたが、気のせいだろうか?

 だが、実際に目先の幸福力を得ようと人間を騙し、地位や名誉、儲け話などを餌にして、人生の破滅を招く愚かな魔族もいるらしい。


 更には、この世界では魔獣や魔物による被害も悪魔の仕業とされている。

「じゃあ、魔物に知恵が付いたのが悪魔じゃないんだね、教会の教えとは違うんだ。」

「残念ながら、この世界には人肉を食らう魔獣や魔物が多く、魔族も同じ部類だと誤解されてしまっているのですよ♪」


 魔族の話は本当の事の様にも聞こえる、でもやっぱり嘘みたいな話で、嘘を言っている様には見えないけど、信じ難くもある。

「なあ、パッチ、悪魔・・じゃなくて、魔族の話を聞いてどう思った?」

「う~ん、ザザールーク国民の行方不明者の安否について確認ができたら少しは信じてもいいかな?」


 言ってる事とやってる事が違ってたら、やっぱり悪魔って事だよ。

 信じる信じないは証拠を見てから決めようと二人で相談した。

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