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嘘は真実の外側に

 ライムが虹色の向こう側へと消えると、闘技場が徐々に姿を消していき、後に残されたのは魔導門(ゲート)だけになった。

「あれ?本隊が居ない。」

 フックの言うように、闘技場入口側に居る筈のタグラグタ軍本隊が消えていた。


 調べてみると争った形跡があり、ところどころに武器や防具が落ちてある。

 僕達が精霊人形と戦っていた時、同じ様に精霊人形に襲われた様だ。

 蛇行する様に逃げたのであろう、蹄の跡と、(わだち)が色濃く大地に刻まれていた。


「あのアブラブタ野郎、俺達を置いて逃げやがったな。」

 レイヤーが脱ぎ捨てられた金色の冑をおもいっきり蹴り飛ばしている。


「どうする?僕達だけで進む?それともザザールークへ帰る?」

 本隊の敗走、部隊を指揮する者もおらず、残存部隊の士気は限りなく引く低い。

 口に出すのを躊躇ってはいるが、みんな撤退を望んでいるはずだ。


「そうだな、風呂と飯は名残惜しいけど、俺達だけじゃあ悪魔には勝てそうにないからな。」

 魔法を使うオウガデス、精霊人形をいとも簡単に倒したライム、一人はエルフだから悪魔とは言わないかもしれないけど、2匹の悪魔を見ただけでも僕達だけでは太刀打ち出来そうにないのは確かだ。


「レイヤー、相手は悪魔だよ、温泉や御馳走なんて用意してる筈ないよ、きっと僕達を巨大な鍋で煮て食べるつもりだよ。」

「あれ?エルフって草しか喰わないんじゃなかったっけ?」

「人肉を好む様には見えなかったけど、菜食主義にも見えなかったよ。」

「どちらかと言えば、オウガデスって悪魔の方が菜食主義(ベジタリアン)って感じだよね」

 このフックの一言から悪魔に対する愚痴の言い合い(ここが変だよ悪魔達)が始まった。


 悪魔も耳長族も鎧姿ではなく、武器も持たずで、戦うつもりが感じられない。

 悪魔のくせに尖った牙も、鋭い爪も、禍々しい角も、皮膜の翼も、細長い尻尾も無かった。

 耳長族は噂程眉目秀麗ではなかった、むしろ悪魔の方が綺麗だった等々、主に見た目の事が話題の中心だったが、内面の話になると、ある疑問が浮かんだ。

 

「悪魔って僕達に嘘をついて騙して殺そうとするんだよね。」

「そうだよ、放っておいたら次々に人を殺していく、だから討伐しなくてはいけないんだ。」

「でも、本当に人を殺したがっているのかな?戦死者が出たのは今回の遠征が初めてのはずだよ。」

「ああ、しかも自爆でな。」

「きっと、シン帝国に連れ帰ってから殺して食べてるんだよ。」

「まあ、食べないにしても、奴隷にして強制労働させているんだろうな。」


 奴隷よりは兵士でいる方が良いと判断し、僕達は撤退する事に決めた。

 ところが、僕達は引くに引けない事態に直面する。


「あの~、レイヤーさん、報告する事があるのですが・・・。」

 話しかけてきたのはククリという兵站部隊の少年で、所属が違うので話した事はないが、僕達と同時期に入隊している。

 栗色の髪、亜麻色の瞳、色白で小柄、声変りもしていない様で、女の子にも見えなくはない。


「報告?何かあったのか?」


 ククリは少し顔を赤らめながら、俯き加減で申し訳なさそうに呟いた。

「もう食料がありません。」

「へっ?なんですと?」

「全ての補給支援物資は本隊が持ち去ってしまいました。」

「だめだこりゃー。」

 ここまで来るのに7日かかった、急いでも徒歩では5日はかかる、馬もない、水も食べ物もないのでは無事に本国へと帰るには厳しいかもしれない。


「昔読んだ本に書いてあったんだけど、飢えたら人は他人が食い物を隠し持ってると思って襲ったりするんだよなぁ。」

「嫌だよそんなの、味方同士で争うなんて絶対に嫌だ。」

 疑心暗鬼になりながらの撤退行為はなるべく避けたい。


「そう言えば、森の中を彷徨えば森を抜けられるんじゃあ無かったっけ?」

 確かに軍事講習で脇道に入れば霧に包まれ迷子になったり、獣人に襲われたりはするが、いつの間にか森の出口に出てこられると教えられたけど・・・。

「獣人に襲われても殺されないって確証は無いよ、戻ってきた人の証言だけだからね。」

「絶対に抜けられる、絶対に飢え死にしない、なんて保証はないからな。」

 来た道を引き返すか、ケモノ道に挑むか決めあぐねていたら、背後から声が掛かる。


「遅い、遅すぎる、お前ら何やってんだ、早く来いよ。」

 焼いた鶏肉を頬張りつつ、ゲートから現れたのは耳長族のライム。

 

「行かないよ、俺達はもう帰る事にしたからな。」

「何!?お前ら悪魔を滅ぼしに来たんじゃないのか?」

 耳長族特有の驚き方なのだろうか?手足をカクカクさせた独特の格好を取っている。


「そのつもりでしたが、僕達だけでは勝てそうにないので今回も退却する事にします。」

 悪魔相手に正直に答えても仕方が無いのだけど、帰るって聞いたら寂しそうな顔をしたから、思わず本当の事を言っちゃった。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ、せっかく飯も人数分用意したんだ、冷めないうちに食えよ、食ってから帰っても遅くないだろ?」

 食ってから帰るの言葉が全兵士の心を鷲掴みにした。


「そんなこと言っても騙されないぞ、料理に睡眠薬か毒薬でも入れてるんだろ?」

 フックの鋭い指摘にライムがたじろぐ。

「最近のガキは物騒な事を言うもんだな、その気になりゃあ薬なんか使わなくても、お前らくらい簡単に眠らせられるんだぞ。」

 本当に出来そうで、やれるものならやってみろとは言えなかった。



 串に刺した焼き鳥を片手に持つ非武装の耳長族を相手に僕達は武器を向けて敵意を示している。

 「来い。」「行かない。」の問答が暫く続いていたのだけど、僕らの周りに霧が立ち込め始めると、ライムは霧の濃い方を横目で睨み舌打ちを鳴らす。


「あらあらライムさん、皆様をお呼びするのに手間取っておられる様ですね♪」

 霧と共に現れる悪魔、オウガデスだ。


「俺には、こういう仕事は向いていないってのが今分かった。」

 首を振り肩を竦めるライム。

「ふふ♪では案内係を交代しましょう♪」

 ライムは僕達の前から少し下がり、代わりにオウガデスが近づいてくる。

 構えた武器の向きをオウガデスへと向け直す。


 レイヤーの前まで来ると優しい笑みを浮かべる。

 格好良いお兄さんって感じで、とても悪魔には見えなかった。


「私達は皆様をゼルタリス要塞まで招待したい、そしてシン帝国の国民になっていただきたいのです。」





 僕達はオウガデスが語る悪魔の真実に驚愕する事になる。

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