ドラゴンと少女
少女とドラゴンの前作です。
先にこちらを読んで頂けると幸いです。
遠い、遠い昔の事。
ドラゴンが、とある山に降り立った。
そのドラゴンは片翼を怪我しており、身体を横たえ、苦しそうに息をしていた。
そのドラゴンに、一人の少女が近付いた。
少女は小さな籠を腕から下げ、少しずつドラゴンの頭の方に歩いていく。
ドラゴンは、すぐ近くまで来た少女を見た。
少女は、自分に目を向けたドラゴンに怯えたが、ぎゅっと閉じていた口を、ゆっくりと開く。
「けが」
少しだけ目を細めるドラゴンに、少女は今度はしっかりと声を出す。
「けが、は、たべないと、なおらないんだって。」
足を震わせながらも、少女は小さな籠につまった木苺を、大きな一枚の葉っぱの上に全部載せて、ドラゴンの近くに置く。
「すこしだけど、たべて。」
それだけ言って、少女はドラゴンから離れ、山を下りて行った。
ドラゴンは、木苺を食べなかった。
次の日も、少女は小さな籠に、今度は茸をいっぱいに詰めてドラゴンの許にやってきた。
昨日の木苺の隣に茸を置いて、少女はまた山から下りた。
ドラゴンが食べなかった木苺と茸は、リスや鳥が食べていた。
次の日は雨が降った。
少女は服も髪も濡らし、泥まみれになった姿でドラゴンの許にやってきた。
小さな籠は、数匹の魚と、木の実が入っていた。
「たべないと、なおらないよ」
小さく言って、少女は山を下りた。
ドラゴンの翼は、まだ少しだけ血を流していた。
ドラゴンは、魚も木の実も食べなかった。
次の日も、その次の日も少女はドラゴンの許にやってきた。
季節が変わっても、少女は毎日小さな籠に食べ物をいっぱいに入れて、ドラゴンの近くに置いて山を下りていった。
少女の持ってきたものを、ドラゴンは一度も食べなかった。
そして、季節が一つ廻った時。
少女は、いつものようにドラゴンの許にやってきた。
小さな籠に、木苺をいっぱいに入れて、ドラゴンの近くに置いた。
ドラゴンの片翼の傷は、ふさがっている。
それを知っているのに、少女はドラゴンに食べ物を持ってきた。
ドラゴンは少女の持ってきたものを一度も食べていない。
それを知っていても、少女はいつでもドラゴンに食べ物を持ってきた。
ドラゴンは、山に降りた時から一度も動かしていない口を動かした。
少女は、大きな目をさらに大きくして、ドラゴンが木苺を飲み込むのを見ていた。
たった一口で無くなってしまった木苺を見て、少女は笑った。
嬉しそうに、悲しそうに。
泣きながら、笑った。
少女は、今日はずっと悲しそうな顔をしていた。
ドラゴンは、少女の悲しそうな顔を、初めて見た。
季節が一つ廻る時間の中で、この日初めて、少女は悲しい顔をしていた。
そして、その次の日。
少女は小さな籠ではなく、大きな剣を持ってドラゴンの許にやってきた。
「あなたのしんぞうがほしい」
ドラゴンをまっすぐに見て、少女は言った。
震える手で、震える剣先をドラゴンに向けて、それでもまっすぐにドラゴンを見ていた。
ドラゴンは、笑った。
笑って、翼を広げて。
少女に向かって、身体を傾けた。
少女は、動かなかった。
ドラゴンの大きな身体が少女に向かってきても、動かなかった。
少女の剣が、ドラゴンの胸を貫いた。
ゆっくりと横たわるドラゴンの身体。
少女は表情のない顔で、胸を貫く剣を動かし、心臓を取り出した。
真っ黒な塊は、少女がいつも腕に下げていた小さな籠と同じぐらいの大きさだった。
少女は、塊を抱えて山を下りる。
ドラゴンは知っていた。
ドラゴンの心臓が、不老不死の薬になること。
どんな病も治せる、薬になること。
ドラゴンは知っていた。
それは、人間が作った嘘であること。
ドラゴンの数を減らすために、殺す理由を作るために広めた嘘であること。
でも、ドラゴンは知っていたのだ。
少女は、とても小さいこと。
小さくて、細すぎること。
知っていたのだ。
いつもいつも、同じ服を着ていること。
汚れても破れても濡れたままでも、少女はいつも同じ服を着ていたこと。
だから、ドラゴンは笑った。
人間の大人でも登りたくなくなるような山を、毎日登った少女だから。
舌たらずな話し方しかできない少女のためだから。
長く生きた心臓を、渡しても良いと思えたのだ。
ゆっくりと、ドラゴンの身体が石に変わる。
爪と尻尾から始まったそれは、翼を変え、身体を変え、もう、頭も動かせない。
ドラゴンは、小さく、息を吐いた。
君にあげた心臓、好きに使うといい。
ドラゴンは、笑って逝った。
ドラゴンは少女を憐れんだのか、好いていたのか。
気持ちは複雑で、こうと言い切れませんでした。
ただ、ドラゴンは少女の気持ちを知った上で、この行動をとったのだと思います。