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白昼

作者: 水桐

 血濡れた大地と無数に横たわる屍の真ん中に一人の男が立っていた。後ろへ撫でつけた焦げ茶の髪は既に何房か額にかかり、その横を血の筋が流れ落ちていく。

 数刻前までは数多の騎士や戦士達が声を嗄らし、腕を振い、同じ国に住む人でありながらもその相手の命を刈り取っていたのだというのに。男が佇むその場所は痛いほどに静まり返っていた。当たり前だろう。その腕を動かす者も声を枯らす者も猛り狂う者でさえも、無数に溢れてたかの戦士達はもう既に死んでいるのだから。

 それから暫く佇んだままだった男が突然動きだした。身に纏った黒い鎧ががしゃりと、音を立てる。その身体には矢が数本突き刺さっていたが気にもせず足を動かすと鎧と同じ漆黒のマントが靡いた。

 男は突き刺さった矢と流れ出る血を気にもせず歩みを進める。何処に彼等がいるという確証は無く、ただの勘と予感に頼ったものだった。

 どのくらい歩いたかよく分からなくなった頃、今まで見てきた景色とは違う光景が広がる。目の前にはある一部分以外を除き円形に、一定距離を保って離れた死体が転がっていた。そしてその中心には座り込む一人の男が見えた。甲冑を着ているので騎士だという事が分かる。

 男は死体の間をすり抜け円形の中心へ辿りついた。近付いて初めて気付く、座り込んだ騎士は黒髪の少女をその腕に抱いていた。護るように少女を抱えながらもう片方の腕には既に折れた剣を握るその騎士の背には無数の矢が突き刺さっており、彼の金髪も至る所に血が滲みくすんだ色へ変化させていた。

 その二人に更に近付いた男は騎士の前に膝をつく。足に刺さった矢が嫌な音をして折れたがそれに気にする事も無く、その二人の顔を初めて見止めた。

 白い頬に涙と血の筋を残した顔は安らかで、血と汗に汚れた顔に一筋の涙の線を残す悲しげに、悔しげに歪んだ表情を顔に張り付けたままの少女と騎士は、既にこと切れていた。

 その顔を見止めた男はその時初めて表情らしい表情を見せた。騎士と同じ様に悲しげに、悔しげに顔を歪めたその男はゆっくりと立ち上がる。手に持った剣は今まで数多の人の命を奪ったものとは思えぬほどに頼りなく煌めく。鋭かった眼光は、今はただ悲しみの色を湛えていた。

 こと切れた二人を見つめていた男がゆっくりと、静かに口を開く。

「また、        」






「……、ジークってば!!」

 はっと目を開けるとシエルが横から心配そうに覗きこんでいるのが見える。ジークフリードはソファに横たわった姿勢で横に視線を向けた。酷い夢を見ていたようだった。背中にじっとりと冷たい汗をかいている事が分かった。

 そう、あれは夢でこれが現実だと自分に言い聞かせる。

「…どうした?」

「どうしたじゃないよ!ごはんってよんでもおきないんだもの!おねぼうさん!」

 もう!と頬を膨らませたシエルを見て顔を綻ばせる。大儀そうに身体を起こし、起き上がる前にソファへ腰かけシエルの頭を優しく撫でてやった。

「はは……すまないな、今行く。」

 微笑んだつもりだったのだが、何故かシエルが驚いた表情を浮かべる。うん?とジークフリードが思ったその時シエルがとんでもないことを言いだした。

「おじさん…なんでないてるの?」

「は…?」

「ほら、なみだ。」

 そう言うシエルが精一杯背伸びをし、身を乗り出して小さなその手で顔に触れた。目元に触れ、離れたその手は確かに水を掬っていた。ジークフリードは純粋に驚いた。ここ数年涙など流した記憶すら無かったので当に枯れ果てたのだと思っていたのだ。

「どこかいたいの?かなしいの?」

 ジークが唖然としているとシエルが心配そうな声色で問いかける。眉は八の字になり、むしろシエルの方が泣きそうな表情になっていた。それを見てジークフリードは静かに首を振り、そっと抱きしめた。

「そうだな、少し悲しい気分になってたが…もう直った。」

 ありがとう。と呟くと少しだけ抱きしめる力を強めた。一方シエルは「よかったー!」と純粋に喜んで首に腕を絡める。その時廊下からこちらへ歩いてくる音がした。

「シエルージークフリードさん呼んだ…?って何してるんですか…?」

 壁からひょこりと顔を覗かせたシュバートが驚いた表情でこっちを見ていた。それに気付いたシエルが「こっちこっち」と手招きする。頭に疑問符を浮かべながらもシュバートが歩み寄ってきた。

「何して…」

「ジークかなしいんだって、だからシエルがぎゅーってしてあげてるの!」

「へ?」

「そういう事だ。」

「…え?」

 いつの間に割り切ったのかジークフリードもシエルの言葉に乗っていた。一方シュバートは『あのジークフリードが悲しい?』やら『こういうのに乗ってくれる人だったか?』という疑問が尽きずにいる。そう考えてる最中、シエルから「シュバートも!」と腕を引っ張られた。

「おわっ!」

 バランスを崩しソファに一緒に飛び込む形になる。それをジークフリードは器用に片腕で受け止めた。何が起きてるのか何がしたいのかよく分からなくてさっきより疑問符の数を増やすシュバートにシエルが笑いかけた。

「だからみんなでぎゅーってしてあげようよ!」

 ついにジークフリードが吹きだした。シュバートは「えええ!?」と驚きを露わにする。シエルはぎゅっと小さな腕を精一杯伸ばし二人を抱きしめた。それを見たシュバートがこの状況の異様さに恥ずかしがりながらもおずおずとジークフリードの背に手を回す。その姿を見ていたジークフリードはくすりと笑いながらも二人の背を抱きしめた。

 今度は離れてしまわぬように。今度こそ守り切れるようにと。

「暖かいな…」

 幸せそうに呟いたその声を聞いたシュバートは驚いた様に目を丸くし、シエルは誇らしげにふふんと鼻をならしていた。そんな二人の姿を見ながらジークフリードは居心地のよさそうに瞳を閉じた。



 久しい感情を感じさせられたあの夢はもう見ないと、そう思った。

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