なにが恐怖のダンジョンだ、ふざけやがって!
ある夜のこと。
私の背後から急に襲い掛かってきた魔物によって、私はダンジョンに転移させられた。
「ケケケケケ……! 冒険者様、恐怖のダンジョンにごあんなぁい」
周囲を確認。黄色い部屋にいくつもある通路。
薄暗い空間には、暗闇を照らすカンテラがひとつ、地面に落ちている。
恐怖のダンジョンという名前に相応しい、雰囲気作りができている場所だと言えるだろう。
噂では聞いたことがある。
恐怖のダンジョン。
そこに迷い込んだ冒険者は腰を抜かして動けなくなって、夢まで恐怖に覆われるらしい。
恐怖のダンジョン。
ありとあらゆる恐怖が心を追い込んでいくという恐るべし場所。
……ふざけやがって!
「なぁにが恐怖のダンジョン! せっかく今日の夜食に、酒場でとびっきりのドラゴンステーキを食べようとしてたのに迷い込ませて!」
ふつふつと怒りが湧いてくる。
夜食のドラゴンステーキ。
それは禁忌の味。
油いっぱいのドラゴンの肉を専用のタレを使って、真夜中に味わう瞬間。
冒険の疲れが一瞬で取れる、あの食事を味わいたかったのに、よくもまぁ、私をこんな空間に連行してくれたな? ふざけてる。
「よし、邪魔者は全部粉砕してやろう」
私は自前の大剣を片手で持ち、もう片方の手でカンテラを持って部屋を移動していく。
代わり映えのしない黄色の部屋が繰り返し映し出される度に舌打ちをしたくなる。
出口が見えない。焦る気持ちよりも苛立ちが溜まる。
「うん、破壊するか」
ストレスマッハになってきた私は、壁に対して斬撃を放つ。
ドラゴンの鱗を断つことができる大剣の一撃。
それらを全て壁は受け流していく。
まるで、空間が湾曲しているかのように。
「……気に喰わない!」
さらに魔力を込めて粉砕しようとした瞬間だった。
「オマエハ逃ゲラレナイ」
片言で喋る、手足が妙に長い真っ黒人間が私に向かって走ってきた。
「ギエエエエエエエ!」
それも奇声を上げて、まるで取って喰おうかのように。
「ふざけやがって!」
私は接近してきた黒人間の無駄に長い手をがっちりと掴んだ。
「エッ?」
そしてグイっと顔元までよく聞こえるように近づき、思いっきり話す。
「どうせ薄暗い部屋で意味不明なことを言って、急に不気味な人が合わられれば驚くとかそういうことを思ってるんだろ、お前? ふざけてる、本気でふざけてるな、私は美味しいステーキを夕飯に食べたかったのに、急に叫ばれてどれだけムカムカしてるかわかるわけ?」
「エッ、ナ、ナンカ、スミマセン……?」
「スミマセン、じゃない! もし誠意があるんなら、私を連れ出した責任者のところまで案内してよ。そうじゃなかったら、わかってるよね?」
魔力を込めた大剣で脅す。
黒人間はそれだけで恐怖に支配されてしまったのか、たどたどしく喋るようになってしまった。
「ア、アンナイ、スル、アンタ、オレタチヨリ、コワイ」
「嘘ついたら許さないから」
「ヒィ!」
驚く黒人間の案内に従って部屋を進んでいく。
右に左に前に前に、右右。
非常にややこしい道を進んだ部屋の先、そこには白い扉があった。
「ココ、ココニデグチアル」
「ありがと、助かった」
魔力反応的にも歪さはない。
彼の言っていることは嘘ではないのだろう。
ドアノブに手を伸ばして、次の空間に移動しようとする。
「アッ、マ、マッテ、ヤナヨカン」
ドアノブに手を触れた瞬間。
「ギャアアアアアアア!」
けたたましい叫びと、真っ赤なハゲの男が暗闇の視界に突如現れた。
よくある仕掛けだ。冒険者の中ではこの現象のことを『ジャンプスケア』とも呼ぶらしい。
大したことのない仕掛けだ。
驚きもしなかった。
ただ、気に喰わなかった。
「ねえ、黒人間」
「ハイ」
「この先は出口?」
「ハ、ハイ」
「今の赤人間はなに?」
「……ドウリョウノ、アニキ」
「よし」
大剣を持ってさっきの映像現象を起こした魔力反応を探す。
……まだ、あの扉の先にいるみたいだ。
「やろう」
「……ア、アニキィ! ニゲテェ!」
黒人間はあわあわした様子で頭を抱えているけれども、彼にはもう興味はない。
ただ、私の敵は赤人間に定められていた。
真っ暗な通路をただ走る。
剣圧で謎の不定形の魔物を吹き飛ばしながら、走る。
狙いは、赤人間。
魔力を辿り、右左。
暗闇の階段を上に、下に。
「なにがジャンプスケアだ、ふざけやがって!」
まるで勝ち誇ったかのように視界を塞ぎ、驚かすだけ驚かせて帰っていく。
やり返される前に逃げ帰っていくのは実に卑怯だ。
どうせあのハゲの男はやり切った感でいま一服してるのだろう。
それが私は気に喰わなかった。
仕掛けてきたのなら、それ相応の覚悟を持つべきだ。
報復を受けることもなく安全圏でただ驚かすだけの存在は許せない。
魔力を辿る。
ただただ、辿る。
暗い通路の曲がり道を進んだ先、そこには赤い扉が待ち構えていた。
やたら装飾された部屋には律儀に作業中という張り紙が貼られている。
「見つけた」
耳を澄まして、中の様子を確認する。
「はっはっは、今日も冒険者を驚かせてやったぜ!」
ご満悦な声。
彼はやっぱり勝ち逃げするつもりだったのだ。
「あーピザがうまい! 最高だぜ、冒険者を驚かせるのは」
なんと私はステーキを食べられていないのに、あいつはピザを食べているらしい。
すっごい気に喰わない。
苛立ちが限界になった私は、扉を何回も叩くことにした。
「あぁ? なんだ? こんな時間に。いま作業中だぞ」
扉を開け、ハゲの赤人間が合わられた瞬間。
私は、彼の手を思いっきり掴んだ。
「う、うわ!? な、なんだ!?」
「どうも、先ほど映像を見せられた冒険者です」
「は、離せ! うぉぉ、力、つよっ!?」
「無駄だよ。下手に動いたら腕を折る」
「ひ、ひぃ!」
片手で大剣を持てる私の剛腕に赤人間は動けなくなっていた。
驚かすことにだけ必死になっていて、身体は鍛えていなかったらしい。
「私に転移魔法を使ったヤツを連れてきて」
「お、脅しか? そんな古典的な手段聞くわけが……」
「赤い顔を急に映し出したら直感的にビビるみたいに思ってるような奴に言われたくないわね?」
「グッ……!」
力を強めて、さらに強く脅していく。
ついに諦めた赤人間は、私をおびき寄せた魔術師を呼び寄せるのだった。
「こ、降参だぁ! 出てきてくれ! 魔術師さん!」
「け、ケケケ……恐怖のダンジョンをすべて粉砕するの、よくないと思うぞ?」
フードを被った魔術師は、出てきてそうそう私の悪口を言ってきた。
それに対して、私も反論する。
「不特定多数を恐怖に陥れようとする魂胆が気に入らない。そういう施設を作った方がいいわ」
「それはどうしてですかな?」
「安全圏から、自分たちは恐怖を押し付けるだけ押し付けてハイおしまいっていうのが私は気に喰わないの! そういうのを提供する場ならいざ知らず、急にやっていくるんだったら苛立ちが勝るの!」
「えっ、そういう人間いるのがですな……こわ」
「……ちょっと、痛い目みる?」
「ケケ、勘弁願いたいものですな」
ようやく脱出の目途が立ってきたからか、怒りが収まってきた。
落ち着いて、私は会話を続けていく。
「恐怖のダンジョンで報復されないようにするなら、しっかり事業を作るといいわ。このやり方だとそれこそいつか怖い冒険者に全てを粉砕されるよ」
「あ、あなた様も破壊しようとしてましたが」
「なにか言った?」
「いえ、なにも」
きっと、需要はあるのだろう。
噂になっていたのも、そういう怖い話が好きな冒険者がいるからだろう。
「……私もムキになってたから、そこはゴメン。この酒場の亭主に話しかけたらしっかりと話が通じていくと思う。……もし、報復とかされたくなければ考えとくとといいよ」
そういって普段行く酒場の住所メモを渡す。
魔術師はしっかりとそれを受け取ると、私に対して小さく頭を下げた。
「わざわざありがとうございます、ケケッ」
「じゃあ、帰してほしいな。私はドラゴンステーキが食べたいんだ」
「えぇ、えぇ、返させていただきます」
魔術師が私を元の空間に戻す。
そうして怒りに満ち溢れた今日の夜を乗り越えることができた。
当然、夜食にはドラゴンステーキを味わいながら有意義な時間を過ごしたのは言うまでもない。
こってりとした肉の味わいに、濃厚なタレが絡みつく感覚。
肉汁がたまらなく美味しい、あのひとときと味わいを堪能して、ようやく幸せを実感できたのだった。
後日。
街でぼんやりと情報収集をしている時、ある噂を耳にした。
「ねぇねぇ、街にできたお化け屋敷には行った?」
「まだ行ってないな。怖いのか?」
「うん、なんていうか……ガーッて襲い掛かる怪物かいるって!」
「でもね、その怪物に対峙して戦える場面もあるから楽しいらしいよ!」
「なんだそれ、ふざけてるな。でもまぁ、面白そうだ。今度行こうぜ」
「うん!」
その噂を聞いて、恐怖のダンジョンの彼らが酒場のおやっさんとうまくやりくりできたことが分かった。
恐怖の仕組みについても色々試行錯誤しているらしい。
「あのお化け屋敷、必殺の呪文『ジャンプスケア』挑戦編っていうのもあるらしいよ」
「なにそれ、じゃんぷすけあ?」
「ジャンプスケアっていうのはね……」
冒険者の中では度胸試しとしても流行ったりしているみたいだ。
なんていうか、みんなしっかりしてる。
「ま、私は行かないようにしよう」
下手に恐怖体験に触れたら、私はまた怒りに震えてこういってしまうだろうし。
『ふざけやがって』
……なんて。




