当たりの日
会社での振る舞いは、いつも緊張する。御局の小寺さんの機嫌を損なわないかとか、先輩や後輩と仲良くできるかとか。考えることいっぱいだ。
そんな不安を抱えて通勤する。街路樹にある赤い花はきっとパンジーだ。だってパンジーしか知らないから。
「誰かが植えたのかな。綺麗だなぁ……うわ!?」
パンジーを眺めていると、ハチが目の前をオラついてきた。結構デカい。くそぅ、花に近寄って良いのは虫だけか。
「ふん、思えば、そんなに綺麗でもなかった。赤いパンジーとハチなんてどうでもいいですよーだ」
恋人と分かれるみたいに素っ気なくパンジーから離れた。お前はハチの側にいろ。動くな。
あっかんべ~をしようとしたら、足先を飛ぶもので、不可抗力でハチを蹴っ飛ばしてしまった。しばらく付きまとわれたが、当たってきたのはそっちだから私は悪くない。
ぶつくさ言いつつ歩いているとあっという間に職場だ。スマホで時間を確認する。あと十五分は私の時間。会社の扉横にある自販機でコーヒーでも買って飲もうか……。
考えていると、突然会社の扉が空いた。
「あら、おはよう風香さん。はやくしないと遅れるわよ。今日はパートの子が休んでるから。頼りにしてるからね」
「はい。お疲れ様です!」
でた!
御局の小寺さん!
この人に話したことは、すべての人が知ることになる。だから、パートの人が掛け持ちしていることも誰と誰が仲いいのかも、すべて分かる。
すべて分かるからこそ、逆に怖い人でもある。
(小寺さんに嫌われたら何の情報も回ってこないもんなぁ……)
「どうしたの、風香さん。表情がかたいわよ──あ、ひょっとして私の悪口考えてた?」
「い、いえ! とんでもありません!」
考えてた!
心を読まないで! 目をのぞき込まないで!
「ふふ。いいのよ。困ったことがあったら何でも言ってね……さてと、私は何飲もうかしら」
小寺さんが自販機に新五百円玉を入れた。五百円玉が戻ってきた瞬間に舌打ちしたので若干空気がピリつく。
小寺さんのひとさし指が、スポーツ飲料、紅茶……と、定まらないでいる。
「小寺さんは、好きな飲み物とかあるんですか?」
話の延長で訊いてみた。
「ふふ」
こちらを向いた小寺さんの瞳に大きなハイライトができる。
「何が好きだと思う?」
……何気に困る質問が来てしまった。彼女の性格や容姿的に紅茶は無いと思うんだけど……嘘も方便って言うし。
「アールグレイとか、ですか?」
そう返したら小寺さんが、
「当たり。私ね、月イチでアフタヌーンに行くの。今度一緒に行かない? 女子会ってやつしてみたいの」
と急に誘ってきたものだから、つい、
「はい。喜んで!」
と安請け合いしてしまった。機嫌を良くした小寺さんが自販機のボタンを押す。今度は迷わず『紅茶』を選んでいた。
(とてもわかりやすい人だなぁ)
ピピピピ! 【7777】
自販機から何やら賑やかな音がする。
「あらやだ、風香さん。もう一本、当たっちゃったわ。どうしましょう」
いつもは突然のトラブルに動揺してしまう私を叱る小寺さんが、自販機の前であたふたしている。それが何だかおかしくておかしくて。
「ここは私に譲るべきです!」
なんて言ってみたりして。
「分かったわ。好きなの選びなさい」
小寺さんは笑顔で自販機の前から退いた。ボタンを選ぶ私。ここは忖度なく、
「私はアイスコーヒー派です」
とボタンを押した。小寺さんは少し不服そうに、
「紅茶じゃないのね……」
と言った。よく観ればコーヒーのほうが十円高い。生意気だったかもしれない。
ピピ……、 777-
また機械音が鳴る。リーチっぽい。
「まさかね、まさか!」
「当たるかもしれませんよ」
ご機嫌な小寺さんが自販機の前に立った。そんな彼女を眺めつつコーヒーを飲んだ。
物事はそんなに上手くいかない。二度目の当たりとはいかなかった。けれど、ちょっとしたことを学んだ。
(後輩は、少しばかり生意気で自分の考えをしっかり伝えたほうが可愛いかもしれない)
「へへ……」
「どうしたの。風香さん、ニヤニヤしちゃって。怖いわよ」
「何でもありません。コーヒーごちそうさまでした。日勤がんばります!」
「ふふ、がんばってね」
あぁ。
今日みたいな日が続いたらいいのに。
仕事が終わって、帰り道にくじ付きアイスを買った。当たりはしなかったけど、とても気分が良かった。
おしまい




