第2話:抗う理性と壊れ始めた執着
「……答えろ」
静かな声だった。
だが、逃がさない圧がある。
「何のことだ」
俺は肩をすくめる。
エルフは一歩も動かない。
ただ真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「私の“執着”が不自然に強い」
いきなり核心か。
「……そうか?」
「誤魔化すな」
即答。
「私は三百年生きている。自分の精神状態くらい把握している」
淡々としているが、わずかに硬い。
「昨日までの私なら——」
言葉が一瞬途切れる。
「お前をここまで近くに置かない」
距離。
確かに近い。
腕を伸ばせば触れられる程度には。
「……偶然じゃないのか?」
「違う」
断言。
「原因は外部にある」
そして、
「——お前だ」
視線が突き刺さる。
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「しばらく離れる」
エルフはそう言って、踵を返した。
「監視じゃなかったのか」
「だからこそだ」
振り返らないまま言う。
「これ以上影響を受ける前に——距離を置く」
正しい判断だ。
だからこそ、面白い。
⸻
エルフは歩き出す。
一歩。
二歩。
三歩。
——止まった。
沈黙。
そして、ゆっくりと振り返る。
数秒、こちらを見る。
何も言わない。
だが、明らかに様子がおかしい。
再び前を向き、歩こうとして——
動きが止まる。
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「……なぜだ」
低く、押し殺した声。
「なぜ、離れられない」
⸻
俺は何も言わない。
言えない。
これは、明らかに“効いている”。
しかも想定以上に。
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(……もう一度使えば、どうなる?)
頭をよぎる。
少し強めるだけでいい。
そうすれば——
完全にこちらへ向けることもできる。
だが。
(……やりすぎだ)
思考を振り払う。
これは、ただの能力じゃない。
境界を越えれば、戻れなくなる。
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「……来い」
エルフが言う。
振り返らないまま。
「監視は続ける」
「離れるんじゃなかったのか」
「……変更だ」
わずかな沈黙。
「この状態で離れる方が危険だ」
苦しい言い訳だな。
だが——
本人は本気でそう思っている。
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その時だった。
森の奥から、低い唸り声。
気配が複数。
「魔物か」
俺が呟くと同時に、影が飛び出した。
狼型の魔物。
群れだ。
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「下がれ」
エルフが前に出る。
詠唱もなく、手をかざす。
光が集まり——
爆ぜた。
閃光。
轟音。
前方の魔物が一瞬で消し飛ぶ。
圧倒的だ。
だが。
「まだ来るぞ」
残りが左右から回り込む。
俺は一歩踏み込む。
接近。
斬撃。
一体、首を落とす。
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その瞬間。
横から牙。
反応がわずかに遅れる。
——噛まれる。
そう思った。
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「下がれと言っただろう!!」
怒声。
次の瞬間、視界が白に染まる。
魔物が消し飛んだ。
巻き込まれそうになるほどの出力。
「……過剰だろ」
「黙れ」
息が荒い。
明らかに、様子がおかしい。
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「無事か」
エルフが距離を詰める。
近い。
さっきより明らかに。
「問題ない」
「本当か」
さらに一歩。
視線が外れない。
「……離れろよ」
「断る」
即答。
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(……やっぱり、強くなってるな)
ここまでとは思わなかった。
なら。
(少しだけ——)
俺は、触れる。
再び、“執着”に。
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ほんの少しだけ。
本当に、わずかに。
それ以上は危険だ。
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エルフの瞳が、揺れた。
一瞬だけ。
だが確かに。
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「……おかしい」
手で口元を押さえる。
「お前から……目を離せない」
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俺は一歩、後ろへ下がる。
距離を取る。
試すように。
⸻
「行くな」
即座に声が飛ぶ。
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「は?」
「離れるな」
言葉が速い。
迷いがない。
だが——
次の瞬間、歪む。
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「……違う」
首を振る。
「これは命令ではない」
自分に言い聞かせるように。
「……違う」
呼吸が乱れる。
「私は——」
言葉が続かない。
理性が、引き裂かれている。
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数秒の沈黙。
そして。
エルフが手を伸ばす。
俺の腕を、掴む。
⸻
「……責任を取れ」




