「賞味期限切れの未来」
「努力すれば報われる」という言葉が、かつてこれほどまでに残酷な嘘だった時代があったでしょうか。 2026年、私たちは気づいてしまいました。AIという名の巨人は、私たちが積み上げてきた知恵も、経験も、そして「明日への希望」さえも、等しく無価値なデータとして飲み込んでしまうことに。
この物語に、劇的な逆転劇や救いの手はありません。あるのは、ただ静かに、自分の居場所が削り取られていく音だけです。逃げ場のない「魔の数年」の、真実の姿を描きます。
誠が最後に「温かい食事」をしたのがいつだったか、もう思い出せなかった。 手元のスマホに表示されている残高は、あと数日分の電気代と、合成プロテインバー数本分で終わる。
かつての誠は、IT企業の保守チームで「代わりのきかないベテラン」と呼ばれていた。複雑に絡み合った旧式のシステムを理解しているのは自分だけだという自負があった。だが、xAI社が放った最新の解析モデル「Omni-Resolve」は、誠が20年かけて築いた知識を、わずか40秒で解体し、最適化し、誠自身を「不要なノイズ」としてパージした。
「誠さん、時代ですよ。これからはAIを管理する側に回ればいい」
リストラの日に上司が放ったその言葉は、死刑宣告よりも残酷だった。管理する側? その「管理」すら、より安価なAIが行うようになったのは、そのわずか3ヶ月後のことだ。
2027年の冬。誠は、かつて自分が設計に携わったスマートシティの片隅にいた。 街は、イーロン・マスクが描いた通り、完璧に自動化されている。ゴミ一つない道路を無人の清掃車が走り、空を舞うドローンが最適化された物流を担う。だが、その「完璧な風景」の中に、誠の居場所はどこにもなかった。
彼はギグ・ワークのアプリを開く。画面には、かつては想像もできなかったような「端金」の仕事が並んでいる。 『人型ロボットの関節テスト用・歩行モデル協力。報酬:0.005セント』 もはや、人間は「知性」としてではなく、ロボットをより精巧に動かすための「サンプル」としてしか価値を持たない。
誠は、冷たいベンチに座り、ARグラスを装着した。視界に広がるのは、きらびやかな「火星移住」のプロモーション映像だ。 『地球に絶望したあなたへ。新天地での豊かな暮らしを』 だが、その映像の隅に小さく書かれた条件が、誠の視神経を刺す。 【選別基準:25歳以下、または特定希少技能保持者に限る】
誠は45歳だ。希少技能? 彼が持っていた「古いコードを書く技術」は、今や博物館の展示物ですらあってもらえない。彼は、新天地への船に乗る資格すら、最初から持っていなかったのだ。
「……全部、嘘じゃないか」
空を見上げると、巨大なスターシップが轟音を立てて夜空を切り裂き、宇宙へと昇っていった。あれに乗っているのは、選ばれた一握りの「価値ある人間」たちだ。地上に残されたのは、AIに賞味期限を切られた、膨大な数の「データの残りカス」としての人間たち。
マスクが語った「働かなくていい未来」は、確かに実現した。 だがそれは、富が平等に分配される楽園ではなく、**「人間が経済活動から完全に切り捨てられ、生かさず殺さず放置される世界」**のことだった。
誠はスマホの電源を切った。暗くなった画面に、痩せこけ、光を失った自分の顔が映る。 明日も、明後日も、世界はより完璧に、より効率的になっていくだろう。自分という「エラー」を置き去りにしたまま。
彼は震える手で、最後の一本のプロテインバーの銀紙を剥いた。その味は、これから彼が過ごすであろう、出口のない未来と同じ、無機質なプラスチックの味がした。
誠が直面した結末は、テクノロジーが「人間の限界」を超えた先に待っている、一つの冷徹な真実です。 私たちが「希望」と呼んでいたものの正体は、実は「自分が何かの役に立っている」という幻想に過ぎなかったのかもしれません。AIがその幻想を完璧に打ち砕いたとき、残されるのは、ただ存在しているだけの「生身の肉体」という重荷です。
この物語に救いはありません。しかし、この絶望を直視することなしに、私たちがこれから迎える「魔の数年」を語ることはできないのです。




