俺は引き金を引いた
「イグニードが気になる?」
ハルカはいたずらっぽい笑顔で俺に微笑む。
「ど、どうして?」
変にどもってしまった。
女性とのコミュニケーションは慣れていない。
男臭いジャンク屋の世界で生きてきた弊害だ。
「さっきからイグニードのことジロジロ見てるから。」
ハルカの言う通り、俺はイグニードと呼ばれた
赤い装甲のロボットのことが気になってしょうがなかった。
先ほどは両腕から高出力の炎を放出し、
アンマンド・ストーカーの群れから俺を救ってくれた。
その炎は金属をドロドロに溶かすほどの凄まじい火力だった。
現に先ほど溶かされたアンマンド・ストーカー達は、
砂漠を彩る奇怪な鉄のオブジェと化していた。
現代の科学技術が成せる威力とは考えずらい。
「イグニードって、ソウル・パンツァーだよな?」
「そうよ。ジンはソウル・パンツァーに詳しいの?」
ソウル・パンツァーというのは、特殊な力を持った人型のロボットの総称だ。
いや、ロボットというのは正確ではないかもしれない。
そもそもソウル・パンツァーはいつ作られたのか、
どういう構造になっているのか、殆ど何も分かっていないらしいのだ。
俺が知っていることは、ソウル・パンツァーごとに違う
固有の特殊能力があるということだけ。
先ほどの尋常じゃない火力の炎を見て、それじゃないかと思ったわけだ。
常識的に考えて、このサイズのロボットから、
鉄を溶かす程の炎があんな風に出るとは考えづらい。
「実はパンツァー乗りになるのが夢なんだ。
こんな近くで実物を見る機会、中々なくて。」
ソウル・パンツァーは非常に貴重なものだ。
購入しようと思ったら多額のお金が必要になる。
そのお金を稼ぐためにこんな砂漠まで来たわけだが、
まさかソウル・パンツァーに助けられるとは思っていなかった。
「どうしてパンツァー乗りになりたいの?」
「純粋な憧れっていうのもあるけど、親父の背中を追いたくて。」
「親父の背中?」
ハルカがキョトンとした顔で聞き返す。
「親父がパンツァー乗りだったらしくてさ。
乗ってみたら何か分かるかなって。」
「だったて言うのは・・・?」
ハルカが気まずそうに聞いてくる。
しまった。
初対面の人にする話ではなかったか。
「ああ、それは・・・」
俺が返答を考えあぐねていると、突然それは起こった。
ズズズズズ!!
大きな地響きと共に砂漠が揺れる。
「なに⁉」
ハルカはイグニードを操り、辺りを警戒する。
立っているのがやっとの状態だが、俺もなんとか状況を把握しようと辺りを見渡した。
気になったのは砂漠の一点。
その一点だけが異常な程に盛り上がっていた。
「何だあれ・・・?」
ズドン!
激しい音を立てて、盛り上がった砂が一気に弾け飛び、巨大な影が姿を現す。
「アンマンド・リーパーだ!」
俺は思わず叫んでいた。
アンマンド・ストーカーが可愛く見えるほどの巨体。
二つの大きなチェーンソーを鎌のように携えたその見た目。
カマキリをモチーフに造られたという、無人の殺戮兵器。
しかし、装甲に覆われた鉄の胴体は、とてもカマキリのイメージではない。
その胴体は、カマキリと呼ぶにはあまりに太く、分厚かった。
胸部には砲身のようなものまで備えており、その銃口は既にこちらを捉えていた。
「ジン!伏せてっ!」
俺の視界を遮るようにイグニードが目の前に現れた。
直後に鈍い音が響き渡り、激しい衝撃音が耳をつんざいた。
アンマンド・リーパーが放った大砲から守ってくれたのだということに、
少し遅れて俺は気が付いた。
「お、おい!大丈夫か?」
厚い装甲のイグニードだが、流石に直撃を耐えられるとは思わない。
「これぐらいへっちゃらよ!」
余裕そうな笑顔のハルカが振り向く。
俺は恐る恐るイグニードの前側を覗き込んでみる。
直撃したかと思われた大砲の弾は、半透明な膜のようなものによって防がれていた。
「ソウル・パンツァーはエネルギーの防壁で相手の攻撃を防げるのよ。知らなかった?」
知らなかった。
コックピットがむき出しで意外と無防備だと思っていたが、
バリアも搭載されていたとは。
本当に知らないことばかりだ。
「ただこれには少し、弱点があるのよね・・・」
何故だか浮かない顔になるハルカ。
心なしか、先ほどよりも疲れているようにも見える。
ガシガシガシッ!
大きな音に振り向くと、アンマンド・リーパーがこちらに向かってくるのが見えた。
大砲が効かないと判断して、近接攻撃に切り替えたようだ。
動き自体はアンマンド・ストーカーと似たようなものだが、
体積で言えばアンマンド・リーパーの方が10倍ほどデカい。
こんなのに轢かれたら、ジャンク屋でも買い取ってくれないだろう。
俺がその場から逃げるよりも早く、ハルカの乗ったイグニードがさらに前へ出た。
先ほどの半透明なバリアのようなものを全面に広げ、
そのまま迫りくるアンマンド・リーパーを両腕で受け止める。
激しい衝突に、砂の大地が揺れる。
一回りも二回りも大きなアンマンド・リーパーの猛進を
イグニードは一歩も引かずに受け止めていた。
「すげぇ・・・!」
俺はつい目を輝かせた。
イグニードは背中からは赤い光を吹き出し、
ジェット噴射のようにして、推進力としていた。
パワーは互角、両者一歩も引かぬ押し合いだ。
しかしイグニードには固有能力の炎がある。
先のアンマンド・ストーカーのように、鉄の身体を溶かししてしまえばこちらの勝利だ。
そう思っていたのだが、何故かイグニードから炎が出る気配はない。
いったいどうしたのだろうか?
膠着状態を先に破ったのはアンマンド・リーパーだった。
両腕の鎌のようなチェーンソーをイグニードの頭上へと大きく叩きつける。
ハルカは再びバリアの防壁を展開し、その攻撃を弾く。
ソウル・パンツァーのあのバリアは確かに強力そうだが、
このままでは防戦一方だ。
「ハルカ!炎で反撃するんだ!」
「ちょっと精神力を使い過ぎたみたい!
ジンは今の内に逃げて!」
精神力・・・?
よく分からないが、要はエネルギー不足で炎が出せないということだろうか。
今はそこを考えても仕方ない。
問題なのはその次のセリフだ。
ハルカは自分を見捨てて今の内に逃げろと言っているのだ。
出会ったばかりの俺を逃がすために囮になると。
ハルカには何度も助けられてばかりだ。
借りも返さずに逃げることなんて出来ない。
しかしこの場で俺に出来ることがないのも事実。
パンツァー乗りではない俺は、目の前の戦いを呆然と眺めることしか出来ない。
足を引っ張るだけ、ただ守られているだけの弱者でしかないのだ。
気付けば俺はバギーに向かって駆け出していた。
横目でイグニードとアンマンド・リーパーの戦いを見やる。
イグニードはアンマンド・リーパーの巨体を受け止めるだけで手一杯だ。
両腕を塞がれたイグニードにチェーンソーの連撃がふり注がれる。
その一つ一つを弾く度に、イグニードのバリアはひび割れ、消耗していく。
ハルカは苦悶の表情を浮かべながらも、必死にアンマンド・リーパーを受け止めている。
あのバリアも炎と同じく、精神力とやらで作り出しているのだろう。
だとすれば、バリアの方も限界は近いはずだ。
そもそもあの状況から、上手く抜け出せるとは思えない。
おそらく死を覚悟して、アンマンド・リーパーの動きを止めているのだろう。
俺が無事に逃げれるようにと。
バギーへと辿り着いた俺はエンジンをふかし、ハンドルを握る。
今まで色々な人間に出会ってきたが、あそこまでのお人よしは中々いない。
普通は自分の命を優先するものだ。
自分の命を犠牲にして他人を助けるなんてのは馬鹿がすることだ。
俺はバギーの向きを変え、進むべき道を決める。
目標はアンマンド・リーパー。
同じ馬鹿を助けるために、俺はアクセルを踏み込む。
さて、問題はここからだ。
闇雲に突っ込んでも、ハルカを助けることは出来ない。
目標に接近するまでの短い時間で、何か策を講じなければ。
俺の持っている武器はスタン・ブラスター1丁だけだ。
こいつを当てるためには、どの道アンマンド・リーパーに近づく必要がある。
ぐんぐんと加速するバギーから振り落とされないように踏ん張りながら、
腰のホルスターに手を伸ばす。
バッテリーの残量的に、撃てるのは後1発だけ。
問題は、どこに目掛けて撃つかだ。
なにしろアンマンド・リーパーはでかい。
適当なところに撃ち込んでも、大した効き目はないだろう。
内部の機械にまで電気を届かせる必要がある。
相手は金属製とはいえ、何年間もメンテナンスなしで動き続けているような代物だ。
耐久性は非常に高いと考えていいだろう。
電流よる攻撃を対策した設計がなされている可能性だってある。
危険を承知で懐に入らなければ、ハルカを助けることは出来ない。
イグニードは今もチェーンソーによる攻撃をバリアで弾くようにして耐えている。
バリアは今にも砕けそうなほどにひび割れていた。
それでもハルカは、必死にアンマンド・リーパーを抑えようと、
青ざめた顔で敵を睨みつけていた。
どうやら悩んでいる暇はないようだ。
幸い、アンマンド・リーパーはイグニードへの追撃に夢中で、
こちらを警戒していない。
今なら懐に入り込める。
「きゃあ!」
ガラスの割れるような音と共に、ハルカの悲鳴が響き渡る。
ついにイグニードのバリアが砕かれたのだ。
アンマンド・リーパーはすかさず、次の一撃を繰り出す。
鋼鉄のチェーンソーが無防備なハルカの頭上に向かって振り下ろされる。
身を守る術を失ったハルカは、迫る刃を、ただ茫然と見ていることしか出来なかった。
ガンッ!
大きな音を立てて、バギーが大きく跳ね上がる。
近くで鉄の塊と化していたアンマンド・ストーカーの斜面を利用し、
俺はバギーごと空中へと跳び出した。
バギーは弧を描くように空中を走り、
吸い込まれるようにチェーンソーの側面を捉えた。
「おらぁっ!」
ハルカへと向かっていたチェーンソーの刃は、バギーとの衝突で向きをずらされ、
抉り込むように砂の地面へと突き刺ささった。
これで終わりではない。
衝突の直前、俺はバギーから飛び出し、
アンマンド・リーパーの胸部にしがみついていた。
俺の目標は敵の動きを止め、
2人で逃げるだけの隙を生み出すこと。
そのためにはアンマンド・リーパー内部に攻撃を届かせなければならない。
俺はアンマンド・リーパー胸部の砲口へと、スタン・ブラスターを腕ごと突っ込む。
「ここなら内部まで、電気が届くよなぁ!」
アンマンド・リーパーが状況を察知し、
もう一つのチェーンソーを俺に向ける。
だがもう遅い。
その刃が振り下ろされるよりも早く、
俺は引き金を引いた。




