5.勉強会
昼休憩なると、複数の男子生徒が俺の周りに来た。普段は陰キャ仲間と教室の隅でひっそりと昼食をとるが、陽キャグループと一緒に昼食をとることになった。
当然、音声中枢はリセルに任せっきりだ。そのおかげで俺は話題の中心にいて、みんな楽しそうに盛り上がっていた。
俺、陽キャしてる! サイコーじゃん!!
午後の授業が始まると、楽しい気分で聞き流していた。今日の自分の活躍を思い返していると、あっという間に終業のチャイムが鳴ってしまった。
学校から帰るのが少し寂しいなんて、生まれて初めてだ。俺は複数の男子生徒と一緒に下校したのだった。
――翌朝、自分の体に起きた異変で目が覚めた。全身が激しく痛み、寝返りをうつのさえ辛かった。
リセル、この痛みは何? まさかヤバイ病気なんじゃ……。
「病気ではありませんよ。体を酷使したことによる筋肉痛です。数日で治まるので心配はいりません」
「えぇ……、この痛みが数日続くの? 何とかならない?」
「痛覚をリセルが引き受けましょうか?」
「そんなことできるの? 頼む!」
すると、さっきまでの痛みが嘘のように消えた。ただ、なんとなく体の動きが悪いというか、違和感があるというか……。
「痛みを感じなくしても全身の筋肉が痛んでいため、動きが悪く感じるのでしょう。本来、痛覚とは人体が損傷しないための重要な感覚です。リセルなら痛みを数値データとして参照しつつ、体の負担を抑えながら行動できます。リセルが体を操作しましょうか?」
「そうだなぁ、その方が良さそうだ。頼むよ」
すると体が勝手に動き出して、朝食をとり、身だしなみを整え、準備をして家を出た。俺が何もしなくても、体が自動的に学校に行ってくれた。
なんて楽ちんなんだ。俺がボーっと見ているだけで、何もかもリセルがやってくれるなんて。
校舎に入って教室に向かうと、人だかりができているのが見えた。大勢が群がってざわついている。
あ、あれって中間テストの成績上位のヤツが掲示されてるのか。
普段なら俺には縁のない掲示物だから、下を向いて素通りしていた。でも今は違う。俺の体は人だかりに紛れ込んで、掲示物の前に立った。
一番上に書かれていたのは瑞野晃一、俺の名前だった。まさか本当に全教科満点で学年トップになってしまうなんて……!!
また、胸の奥から熱が湧き上がってきた。この感覚、クセになりそうだ……。
「は? 瑞野が一位……?」
「てか、瑞野って誰?」
「全教科満点って……ありえなくない?」
周囲には驚きと疑念、そして羨望が入り混じったヒソヒソ声が、俺の耳に心地よく響いた。俺の心臓はドクン、ドクンと激しく鼓動を打ち続けている。
「おめでとうございます、晃一さん」
リセルの静かな祝福が、俺の優越感をさらに増幅させる。
俺って……凄い……。凄いんだ!!
俺がいい気分で薄ら笑いを浮かべていると、リセルが俺の体を動かして教室に入った。すると、クラスメイトたちが寄ってきて、テストの結果を口々に褒めてくれた。
その中には及川の姿もあった。
「瑞野くん、すごいね! 全教科満点なんて、信じられない!」
及川のキラキラとした瞳が、俺の目を真っ直ぐに見ている。
「あぁ、ちょっと頑張ったんだ」
俺の口からは、自信を感じさせるような言葉が発せられた。俺と及川が笑顔で話しをしているという事実に、嬉しすぎて舞い上がっていた。
ふと、及川が真剣な顔で尋ねてきた。
「あの、瑞野くん。一つ聞いてもいいかな?」
「もちろん。俺に答えられることならなんでも答えるよ」
「どうして急にそんなに変われたの? 少し前までは物静かで、目立たない感じだったのに。急に勉強も運動もできるようなって、雰囲気も変わって……。何かあったの?」
実はリセルに全部任せているのです。とは答えられないしなぁ……。
するとリセルが俺の口を動かした。
「そうだね。俺は勉強も運動もできなかった。でも、好きな人ができたから、頑張ってみようと思たんだ」
うぉーい、リセル! それは攻めすぎでは!?
頭の中で突っ込むと、リセルは「全部お任せください」と返すので、様子を見ることにした。俺の口から出たリセルの言葉に、及川は一瞬目を見開いて、少しの間を置いてから口を開いた。
「そっか……。凄い結果が出せたんだもん、きっとその人にも振り向いてもらえるよ」
「及川さんにそう言ってもらえて、すごく嬉しいよ」
「えっ、それってどういう意味?」
及川の目が何度かまばたくと、チャイムが鳴った。担任が教室に入ってきたので、俺の体は席に着いた。担任が何かを言っている間、俺は頭の中でのたうち回っていた。
あんなの、ほぼ告白してんじゃん! どーすんの!? 変に意識されて避けられるかも!
「意識させることが目的だったのです。先ほどのやり取りで、及川加奈さんは晃一さんを確実に意識しました。ここからが勝負です、頑張りましょう」
……分かった。っていうか任せた。
俺は考えるのをやめた。
――その日の放課後。
帰り支度をしていると、及川が俺の目の前に来た。
「瑞野君、良かったら駅まで一緒に帰らない?」
「よろこんで」
俺が動揺していても、リセルがスマートに対応してくれた。及川が歩きだすと、俺の体が勝手に動きだし、及川と並んで教室を出た。
昇降口から外に出ると、風が吹き抜けていく。校庭では他の生徒たちが帰路についていたり、部活動を始める準備をしている。
陽の光を浴びて及川の横顔が輝いて見える。長いまつ毛が少し伏せられていて、透き通った肌が夕日に照らされている。こんなに美しい景色があるなんて知らなかった。
「あの……」
及川が何かを言いかけて、言うのをやめてしまった。リセルは俺の口を動かして、及川に優しく語りかける。
「どんなことでも遠慮なく言って。俺は及川さんの話ならなんだって聞きたいな」
リセル……、なんつーセリフを淀みなく口にしているんだ。自分の口から出た言葉に、寒気がしていると、及川は心を決めたのか話し始めた。
「私も勉強を頑張っているんだけど、最近は成績が下がってきて……。瑞野君はどんな風に頑張っているのかなって思ったんだけど……」
「どんな風に、か……。答えにくい質問だなぁ……。そうだ、もし良かったら、俺が及川さんの分からないところを教えようか?」
「えっ、でも……」
「これから用事が無ければファミレスに寄っていかない? そこで、及川さんが一番躓いているところを教えるよ」
「いいの? そうしてもらえると助かる!」
リセルの話術によって、クラス一の美少女とファミレスに行くことになった。二人で店に入ると、窓際のテーブル席に向かい合って座った。及川の圧倒的美貌と向き合っているが、リセルはまっすぐに及川を見ている。
俺が体を動かしていたら、絶対下向いてたわ……。
ドリンクバーを注文し、飲み物を取ってくると、早速勉強を始めた。数学の問題集を開いて、及川と俺の口が難解な言葉のやり取りをしている。当然俺は何のことやらサッパリだ。
しばらく及川の可愛い声に聴き惚れていると、及川と俺の体が問題集を片付け始めた。どうやら勉強は終わったみたいだ。
「瑞野君、ありがとう! すっごく分かりやすかった! 先生の才能もあるんじゃない?」
「どういたしまして。及川さんが聞き上手なんだよ。それに、少しのきっかけで理解できたのだから、日頃から努力している証拠だよ」
なんかいいなぁ、お互いに褒め合って楽しそうだ。俺もまざりたかった。
及川は俯き加減でスマホを取り出した。
「あの、メッセージアプリのIDとか、交換してもらっても、いい?」
「俺も同じこと考えてた」
すると及川は顔を上げて、弾けんばかりの笑顔でスマホを操作する。俺の体もスマホを取り出して、お互いに友達登録したようだ。まさか及川と、連絡先を交換できるという奇跡が起こるとは……。リセル、恐るべし。
及川はほんのり頬を朱に染めて、上目で俺の顔を見ている。
「また分からないところがあったら連絡していい?」
「いつでも聞いて。遠慮なんかしなくていいからね」
及川と俺の体は、笑顔を交わしながら席を立った。俺はそれを眺めて、ほくそ笑んでいた。




