エピローグ
裁判から一週間が経った。王都アークライトの街は、いつもの活気を取り戻している。市場では商人たちが声を張り上げ、大通りでは馬車が行き交う。
人々の話題は、今でもあの裁判のことだ。
「アリシア様は、やはり無実だったのね」
「レティシア嬢が、あんな人だったなんて……」
「王子様も、お気の毒に」
様々な声が聞こえる。アリシアは、エスターク領に帰郷したと聞いた。領地の民たちが、温かく迎えたという。道の両側に人々が並び、花を投げ、歓声を上げた。「アリシア様、お帰りなさい!」「無実が証明されて、良かった!」と。
エスターク領では、祝祭が三日三晩続いたそうだ。社交界での評判も、すぐに回復した。「冷酷な悪女」という噂は消え、「高潔な令嬢」「誠実な貴婦人」として称賛されるようになった。
いくつかの貴族家から、新たな縁談の申し込みもあったという。しかし、アリシアはすべて丁寧に断り、しばらくは領地で静かに過ごすつもりだと答えたそうだ。
聖ルミナ孤児院には、裁判の後、多くの寄付が集まった。アリシアの善行が知れ渡り、人々が追随したのだ。マーティン院長は、涙を流して喜んだという。
リオネル殿下は、公の場で正式に謝罪した。王宮の大広間に、貴族と民衆を集めて「私はアリシア・フォン・エスタークに対し、不当な仕打ちをしました。彼女は無実でした。私の過ちを、ここに認め、深く謝罪いたします」と。
王位継承権は維持されたが、リオネルは自らを省みる日々を送っているという。政務からは一時離れ、民衆の声を直接聞く活動を始めた。市場を歩き、孤児院を訪れ、農村を視察する。
リオネル殿下は「真実を見抜く目を養いたい」と語ったそうだ。賠償金の金貨一万枚は、アリシアの希望で、全額が聖ルミナ孤児院に寄付された。「子供たちの未来のために使ってください」と、実名を添えて。
そして、レティシア・ヴァンドール。彼女は現在、王都の監獄に収監されている。爵位は剥奪され、親の財産の半分は没収された。ヴァンドール家は、没落した。面会に訪れる者は、だれもいないという。父母ともに……。
僕はいつもの日常に戻っていた。今日も、王立法廷書記局で通常業務を行った。新しい案件の資料を整理し、記録を清書し、保管する。平凡な一日だ。
しかし、平凡こそがいい。平凡な日々の中に安らぎがある。
夕方、仕事を終えて家に帰ると、妻とふたりの娘が出迎えてくれた。
「お帰りなさい」
妻の笑顔。
「パパ! お帰り!」
娘たちの声。
「ただいま」
家の温もり。それが、なによりも大切だ。娘たちが、今日のできごとを話してくれる。
長女は、学校で友達と本を読んだこと。次女は、街で可愛い猫を見かけたこと。他愛のない話だが、それが幸せだ。
夕食を終えて書斎に入って目を閉じた。
あの三日間を振り返る。アリシアの毅然とした姿。真実を求める強い意志。リオネル殿下の後悔。過ちを認める勇気。レティシアの策謀。その破滅。エリザの忠誠。マーティンの証言。記憶結晶が明らかにした真実。
正義は必ず勝つ。それを僕は信じている。十年前は、友人を救えなかった。しかし今、アリシアの無実を記録できた。それは、友人への贖罪でもあった。
『ありがとう、ダニエル』
友人の声が聞こえた気がした。
窓の外を見ると、月が昇り始めていた。満月だ。その光が、王都を照らしている。
明日も、また新しい裁判が始まる。新しい事件、新しい真実、新しい正義。
書記官として、僕は真実を記録し続ける。どんな権力にも屈せず、どんな圧力にも負けず。ただ、真実のみを。それが、ダニエル・クロフォードの使命だ。
(了)
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