判決
短い休廷の後、大法官が最終判決を宣告するために法廷に戻ってきた。法廷内は静まり返っている。だれもが、固唾を呑んで大法官を見つめていた。
僕も羽根ペンを構えた。歴史的な瞬間を、一言一句漏らさず記録する。
大法官が判決の槌を手に取った。
「これより、王国法廷記録第472号の判決を宣告いたします」
重い沈黙。そして、大法官の声が響く。
「被告リオネル・フォン・エスフェリアは、原告アリシア・フォン・エスタークに対し、名誉毀損および婚約不履行の罪を犯したと認めます」
判決の槌が、一度打たれる。その音が、法廷内に響き渡った。
「被告は、第三者レティシア・ヴァンドールの讒言により、虚偽の情報を真実と誤認し、原告の名誉を毀損いたしました。また、正当な理由なく婚約を破棄し、原告に多大な損害を与えました」
大法官が続ける。
「ただし、本法廷は以下の事実を認めます。被告に悪意はなかったこと。被告自身も、レティシア・ヴァンドールの巧妙な陰謀の被害者であること。被告は、真実を知った後、速やかに謝罪したこと」
傍聴席が、少しざわめく。
「よって、本法廷は被告に対し、以下の処分を命じます」
大法官が、判決文を読み上げる。
「第一に、原告に対する公開謝罪。これは、王宮の正式な場にて、貴族および民衆の前で行うこと。第二に、賠償金の支払い。金貨一万枚を、原告に支払うこと。第三に、原告の名誉回復のための措置。王国内の全ての都市において、原告の無実を公示すること」
判決の槌が、二度目に打たれる。
「なお、本件に関連して、レティシア・ヴァンドールに対しては、別途判決を下します」
大法官が、レティシアの方を見る。彼女は呼び戻され、廷吏に両脇を支えられながら証言台の脇に立っていた。
「レティシア・ヴァンドール、あなたは以下の罪を犯しました」
大法官が一つ一つ罪状を読み上げる。
「第一に、名誉毀損の教唆。複数の証人に偽証をさせ、アリシア・フォン・エスタークの名誉を毀損しました。第二に、偽証の教唆。四名の証人に、法廷で偽証をさせました。第三に、王族への讒言。第一王子リオネル・フォン・エスフェリアに虚偽の情報を与え、判断を誤らせました。第四に、贈賄。証人たちに金銭を支払い、偽証を強要しました。第五に、策謀。三年にわたり、計画的に原告を陥れようとしました」
罪状の列挙が終わる。
「これらの罪は、いずれも重大であります。特に、法廷における偽証の教唆は、司法制度の根幹を揺るがす行為です」
大法官の声が、一層厳しくなる。
「よって、本法廷はレティシア・ヴァンドールに対し、以下の処分を命じます。第一に、爵位の剥奪。ヴァンドール家は、子爵位を失います」
傍聴席から、驚きの声が上がる。爵位の剥奪。それは、貴族にとって最も重い処罰のひとつだ。
「第二に、財産の没収。ヴァンドール家の財産の半分を没収し、国庫に納めます。第三に、禁固刑。五年間の禁固刑を科します。第四に、社交界からの永久追放となります」
判決の槌が、三度打たれる。レティシアが、膝から崩れ落ちた。廷吏が支えなければ、床に倒れ込んでいただろう。
「以上をもって、王国法廷記録、第472号の判決を下します」
判決の槌が、最後に打たれた。その音は、正義の勝利を告げる鐘のように響いた。
法廷内に、拍手が響く。最初は小さな拍手だったが、やがて大きくなり、法廷全体に広がった。傍聴席の人々が、立ち上がって拍手する。
アリシアは微笑んでいた。その笑顔は、勝利の喜びというよりも、安堵の表情だった。ようやく、重荷が降りたという。
リオネル殿下は、再度深く頭を下げていた。ただし、その背中は、後悔に震えているように見えた。
僕はすべてを記録し終えた。最後の一文字まで。羽根ペンを置き、記録帳を閉じる。
これで、真実が歴史に刻まれた。書記官として、僕は誇りを感じていた。十年前、友人の無実を証明できなかった。しかし今日、アリシアの無実を証明する記録を残すことができた。
正義は時に遅れてやってくる。しかし、必ずやってくる。それを、この裁判は証明した。