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第三日目の審理――真実の露呈

 最終日だ。法廷は、これまで以上に緊張感に包まれていた。傍聴席は、開廷前から満席だ。廊下にも、建物の外にも、人が溢れていた。この裁判は、もはや王国中の注目を集めていた。


 僕は記録席に座り、羽根ペンを構えた。今日、すべてが明らかになる。


 開廷の鐘が鳴り、大法官が入廷する。


「第三日、最終日の審理を開始いたします」


 判決の槌が響いた。その音は、いつもより重く感じられた。


「原告側、最後の証拠がございますか?」


 セバスチャンが立ち上がる。その手には、小さな箱が握られていた。保存箱(アーカイブ・ボックス)だ。


「最後の証拠を提出いたします」


 セバスチャンが箱を開けると、中から青白く光る結晶が現れた。法廷内の空気が、一瞬で変わった。


記憶結晶(メモリア・クリスタル)です」


 法廷内が静まり返る。記憶結晶。完全な記録装置。映像と音声を、偽造不可能な形で保存する魔法結晶。傍聴席がざわめき始めた。


「記憶結晶だと……」

「あれは、偽造できない……」

「ということは……」


 ヴィクターが立ち上がった。


「異議あり! 記憶結晶は、どこで、だれが、いつ設置したのですか? 盗撮ではないのですか?」

「お答えします」


 セバスチャンが冷静に答える。


「この記憶結晶は、エリザ・ドーソンが、三年前に設置しておりました」


 エリザが証言台に立つ。


「三年前、アリシア様の周囲で不審な動きがあることに気づきました。使用人の一部が、不自然に辞めていく。社交界での評判が、急に悪くなる。だれかが、アリシア様を陥れようとしている。そう感じました」


 エリザは続ける。


「私は、証拠を残すために、記憶結晶を設置しました。場所は、とある貴族の館。不審な会合が開かれていると聞いたからです」

「それは、盗撮ではないのですか?」


 ヴィクターが食い下がる。


「設置場所は、とある貴族の応接室です。また、王国法第三百二十七条により、犯罪の証拠収集のための記録は合法とされております」


 セバスチャンが法律書を提示する。


「また、魔法鑑定官による鑑定を経ております」


 魔法鑑定官が呼ばれ、結晶を調べる。鑑定官は、水晶球と複数の魔法道具を使って、詳細に鑑定を行った。


 数分後、鑑定官が宣言する。


「真正な記憶結晶であります。偽造の痕跡は一切ございません。記録日時は、三年前の秋。改ざんも、編集も行われておりません」


 大法官が頷いた。


「証拠として採用いたします。再生してください」


 記憶結晶が、法廷中央の魔法装置に設置された。装置が起動し、法廷内の空中に、映像が映し出される。


 映し出されたのは、豪華な部屋だった。壁には絵画が飾られ、家具は高級な木材で作られている。貴族の館の応接室だ。


 そこには、ひとりの令嬢が映っていた。栗色の巻き髪、茶色の大きな目。華やかなドレスを着た、愛らしい少女。可愛らしい笑顔を浮かべていた。


 傍聴席から、小さな悲鳴が上がった。


「レディ・レティシア……?」

「ヴァンドール子爵令嬢……?」


 レティシア・ヴァンドール子爵令嬢。社交界で「優しく、思いやりがある」と評判の人物だ。慈善活動にも熱心で、多くの人から愛されている。


 映像の中で、レティシアは数人の使用人を前に立っていた。彼女はおもむろに、金貨の入った袋を取り出した。


『よく聞いてちょうだい』


 レティシアの声が、法廷内に響く。可愛らしい声だが、どこか冷たい。


『アリシア様の評判を、落としてもらいたいの』


 使用人たちが頷く。その中には、メアリーの姿もあった。


『どうすれば……?』

『簡単よ』


 レティシアが微笑む。その笑顔は、愛らしいが、どこか計算されたものに見える。


『あなたたちは、アリシア様に虐待されたと証言するの。法廷で、涙を流しながら、ね』


 レティシアが、一枚の紙を取り出す。


『ここに、台本を書いたわ。この通りに証言してちょうだい。「お皿を割った時、頬を叩かれた」「遅刻した時、なんども叩かれた」と。日付は……三年前の冬、としておきましょうか』


 メアリーの証言と、完全に一致している。法廷内が、騒然となった。


「台本だと……」

「ということは、すべて嘘……?」


 傍聴席の人々が、動揺している。映像は続く。レティシアが、メアリーに金貨の袋を渡す。


『これは報酬よ。金貨五百枚。あなたの十年分の収入ね』


 メアリーが、金貨の袋を受け取る。その表情は、複雑だ。罪悪感と、金銭への欲望が入り混じっている。


『それから、あなたたち』


 レティシアが、別の三人に目を向ける。カロライン、イザベラ、オリヴィアだ。


『あなたたちは、舞踏会でアリシア様が「庶民は家畜と同じ」と言ったと証言するの』

『でも、アリシア様はそんなこと……』


 カロラインが躊躇する。


『言ってないわよ?』


 レティシアが、あっさりと認める。


『でも、あなたたちが言ったと証言すれば、それが真実になるの。三人の貴族令嬢が同じことを言えば、だれも疑わないわ』


 レティシアが微笑む。


『あなたたちの家は、どれも借金を抱えているわね。ヴァンドール家が、その借金を肩代わりしてあげる。それでいいかしら?』


 三人が顔を見合わせ、そして頷いた。映像の最後、レティシアがひとりでつぶやく。


『リオネル様は、私のものになるのよ。アリシアなんかに渡すものですか』


 その表情は、愛らしい外見とは裏腹に、とても冷酷だった。


 映像が終わった。法廷内は、しばらく沈黙に包まれた。誰もが、言葉を失っていた。


 傍聴席の右側、四列目から、ひとりの令嬢が立ち上がった。


「これは捏造です! こんな映像、信じられません!」


 レティシア・ヴァンドール。彼女が「指示者」だったのか。


 僕は記録する。「真犯人は、レティシア・ヴァンドール子爵令嬢」と。


 記憶をたぐり寄せる。


 メアリーの視線の先――レティシアだった。

 三人の令嬢の視線の先――レティシアだった。

 日付のずれ――いい加減な台本のせいだった。

 証言の矛盾――すべて台本通りだったからだ。


「捏造ではありません」


 セバスチャンが冷静に応じる。


「魔法鑑定官による鑑定を経ております。記憶結晶は、偽造不可能です。これは、科学的、魔法学的に証明された事実です」

「でも、これは……私は……」


 レティシアが言葉に詰まる。大法官が、厳しい声で呼んだ。


「レティシア・ヴァンドール、証言台へ」


 傍聴席のレティシアは、震えながら証言台に立つ。その足取りはおぼつかない。廷吏が支えなければ、倒れそうなほどだった。


 大法官が命じる。


「宣誓をしてください」

「わ、私……」


 レティシアの声が震えている。


「宣誓を」


 大法官の声は、容赦ない。レティシアが、か細い声で宣誓する。


「レティシア・ヴァンドール、宣誓……いたします……」

「あなたは、この映像について、なにか説明できますか?」

「これは……誤解です。私は、ただ……」


 言葉が続かない。真実の天秤が大きく傾いた。天秤の片側が、床に触れるほど傾いている。偽証検知だ。


「レティシア・ヴァンドール、真実を述べてください」


 大法官の声が、さらに厳しくなる。レティシアが、顔を歪める。涙が溢れ出す。しかし、それは悔恨の涙ではなく、怒りと絶望の涙だった。


 そして、感情的になり、彼女は叫んだ。


「だって! だって、リオネル様は私のものなのに! アリシアが邪魔だったの! あの女がいなければ、リオネル様は私を選んでくださったはずなのに!」


 法廷内が、再び騒然となる。


「私は、リオネル様を愛していた! 三年も前から! でも、アリシアとの婚約があって……だから、追い出そうとしただけです! それのどこが悪いのよ!」


 レティシアが泣き崩れる。それは完全な自白だった。名誉毀損の教唆。偽証の教唆。そして、陰湿な策謀。


 大法官が、厳しい眼差しでレティシアを見つめる。


「レティシア・ヴァンドール、あなたは名誉毀損の教唆、偽証の教唆、王族への讒言、その他諸々の重大な罪を犯しました」


 判決の槌が打たれる。


「後ほど、正式に判決を下します。それまで、拘留いたします」


 レティシアは、廷吏に連れられて退廷する。泣き叫びながら。


「リオネル様! リオネル様!」


 その声は、法廷から遠ざかっていった。


 大法官が、リオネルに視線を向けた。


「被告、第一王子リオネル・フォン・エスフェリア。なにか、申し述べることはありますか?」


 この三日間、ずっと黙していたリオネルが、震えながら立ち上がる。金髪の王子は、顔面蒼白だった。青い目には、後悔と苦悩が浮かんでいた。


「私は……私は、なんということを……」


 リオネルが、アリシアの方を向いた。


「アリシア……すまない。私は、真実を見抜けなかった。君を、疑ってしまった。君の言葉を、信じなかった」


 深く、深く、頭を下げる。王族が、公の場で頭を下げる。それは、異例のことだった。


「私は、愚かだった。レティシアの言葉を、鵜呑みにしてしまった。証拠も確認せず、君を断罪してしまった」


 リオネルの声が震える。


「どうか、許してほしい。いや、許されるとは思わない。ただ……謝罪させてほしい」


 アリシアが答えた。


「私が望んでいたのは、ただ真実が明らかになることだけです。リオネル様を恨んではおりません。ただ、真実を知っていただきたかった」


 その声は、穏やかだが、強い意志を感じさせる。


「あなたも、被害者です。レティシアに騙されたのですから」


 アリシアが、優雅に一礼する。


「ただ、婚約は……もう、元には戻りません」

「分かっている。それは……当然だ」


 僕はその様子を記録した。これで、すべてが明らかになった。真実は、必ず明らかになる。それを、この裁判は証明した。


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