担当書記官
王立法廷書記局に勤めて二十年になる。僕の職務は、真実を記録すること。それだけだ。
十年前、親友が窃盗の冤罪で投獄された。偽証人が次々と現れ、友人の声は届かなかった。三年後、真犯人が捕まったが、友人はすでに獄中で病死していた。
もしだれかが真実を記録していれば――。
二度と、あんな悲劇は起こさせない。それ以来、僕は一言一句、すべてを正確に記録することを誓った。
秋の午後。上司から今回の訴状を手渡された。表紙には、僕の名前、ダニエル・クロフォードと記載されていた。つまり、この件は、僕が担当書記官になったという事だ。開いてみると、次の一文が目に飛び込んできた。
『王国法廷記録 第472号』
王族が被告となる裁判。エスフェリア王国の歴史においても、片手で数えるほどしかない。
訴因は名誉毀損と婚約不履行。
原告はアリシア・フォン・エスターク伯爵令嬢。
被告は第一王子リオネル・フォン・エスフェリア。
資料を読み進めると、事件の概要が見えてきた。ひと月前、第一王子リオネルは、婚約者であるアリシア嬢との婚約を一方的に破棄した。ここに三つの理由が挙げられている。
『「庶民への暴言』
『使用人への虐待』
『慈善活動は偽装』
しかしアリシア嬢は、これらすべてを虚偽だと主張し、王子を訴えた。
証拠品リストの最後に記されていた一文に、目が留まった。
『記憶結晶』
記憶結晶。特定の場所で起きたできごとを完全に記録する、極めて希少な魔法結晶。偽造は不可能とされ、法廷での証拠能力は絶対的である。
記録帳を閉じ、窓外へ目をやる。王都アークライトの街並みが広がり、王宮の尖塔が夕日に染まっていた。
明日から三日間、この歴史的裁判のすべてを記録する。真実は必ず明らかになる。僕はそれを信じる。
この羽根ペンで真実を後世に残す。それが、書記官ダニエル・クロフォードの使命だ。