戦場で凍えた心に、人のぬくもりを ~戦場の恋人、ウォー・ラバー~
戦乱の世。
戦場に向かう、一つの傭兵団があった。
非戦闘員を含めると総員百三十人ほどの中規模傭兵団。
その中に一人、華奢な弓使いがいた。
少年の名は、レムス。
彼は、この傭兵団で二番目に若い。
そんな彼だが、今回初めて実戦に出る事になったのだ。
孤児院出身の彼は元々弓使い志望で入ったが、実戦経験が無かった事と実力不足から下働きをしていた。
しかし、今回遂に実戦参加が認められたのだ。
「つ、遂に実戦だ。大丈夫かな〰️」
「何度もうるさい。お前が望んだ事だろうが」
レムスの言葉に応えたのは、傭兵団最年少にして、最強の剣士、リアである。
彼は団長がどこからか連れてきた幼い子供なのだが、その圧倒的な強さから即実戦メンバーになった天才児なのだ。
つまり、レムスは傭兵団に長く在籍しているリアの先輩ではあるのだが、一方で実戦経験においてはリアの方が長かったりする。
「で、でも……やっぱり怖くて……」
「だったら後ろで震えてろ。俺の邪魔はするな」
「ひどいよ〰️リア〰️」
そう言って抱きつくレムスを、リアは無視して進む。
抱きつくレムスと、抱きつかれるリア。
年齢や身長差を考えれば普通は逆なのだが、周囲の仲間はそんな二人を面白そうに見つめていた。
元々、リアの面倒をレムスが見るように頼んだのは、団長だった。
リアは人付き合いが悪く、ほとんど喋らない。
しかも無表情。
その強さと相まって、不気味な存在として見られていた。
見かねた団長が、下働きながら皆に好かれていたレムスに面倒を見るように頼んだのだ。
レムスはこれを快く引き受けた。
しかし、それは大変な日々の連続だった。
なにせ、リアは一緒にいてもちょっと目を離すともういない。
一緒に食事しようとしても、どこかに行ってしまう。
せっかくレムスが作った料理が完全に冷めきった頃帰ってくれば良いくらいの話で、翌日の夜帰って来る事もあった。
そして、「何食べてたの?」と尋ねると、川で魚を捕っていたならいい方で、草をそのまま食べたという事もざらなのだから。
それでもレムスは諦めずリアに構い続け、ようやくリアは少し心を開いて今に至る。
食事も一緒に食べてくれるし、レムスの言葉に反応してくれる。
……相変わらず無表情だけど。
そんな二人を、団の仲間は楽しそうに見つめていた。
「そういえばさ、あれ、僕もやるのかな」
抱きついたま、レムス以外に聞こえないように小声で話しかけた。
「あれ?」
「ウォー・ラバーだよ」
「嫌ならしなければいい。そもそも誰も強制していない」
「で、でも皆してるし」
「俺はしてない」
「リアくらいだよ。してないの」
「だろうね」
ウォー・ラバー。
戦場の恋人。
これは、戦いの後行われる、仲間同士の性行為及びその相手を差す。
生き残った団員同士が体を合わせ、性行為をするのだ。
そして、傭兵団は男所帯なので、当然男同士になる。
この制度はレムス達の傭兵団だけでなく、ほとんど全ての傭兵団や軍隊が採用しているのだった。
「でも、僕分からないよ。中には妻子がいる人もいるんだよ。なのにあんな事するなんて」
レムスは、愛妻家で普段から妻や子供の自慢をしている団員ですらウォー・ラバーがいる事をずっと不思議に思っていた。
「実戦を経験すればわかる」
「そうなの?でも、リアはやらないよね」
「……俺には必要ない」
「そうなんだ〰️」
この時、レムスは知らなかった。
ウォー・ラバーが必要とされる意味を。
そして、必要無いと言いきった、リアの闇を。
「じゃあ、僕のウォー・ラバーはリアにお願いしようかな〰️(笑)冗談だって。睨まないでよ〰️」
そんな冗談を言いながら、傭兵団は進む。
そして、数日後。
他の傭兵団や兵隊と合流したレムス達は、遂に戦闘を開始した。
結果は、敗退。
レムス達の傭兵団は善戦したものの、他が次々と敗退。
撤退を余儀なくされたレムスたちは殿になり、敵の足止めをする事になった。
……そして。
「はぁ、はぁ……」
戦場から離れた場所で、レムスは、木に身体を預けながら息を整えていた。
「み、皆。ごめんなさい」
レムスは今回敵前逃亡こそしなかったものの、何も出来なかった。
緊張で身体が強ばり、矢が飛ばない。
仲間からは「邪魔だから下がってろ」と言われ、撤退戦が始まると「先に戻っていろ」と言われた。
情けなさ、そして恐怖。
戦場から逃げ出したレムスは、疲れて動けなくなってしまっていた。
「僕、僕は……」
何も出来なかった。
いや、それどころか皆の足を引っ張ってしまった。
「うっ……ひっぐ」
レムスが情けなさに泣いていると、
「見つけた」
「ひっ!」
いきなりの声に恐怖するも、その声の主は
「リア!」
そう、リアだった。
しかし、彼はとてもじゃないが無事に見えない。
「血、血が大量に……大丈夫なの」
「返り血。怪我は精々かすり傷。血の一滴も流してない」
そう、確かに彼は一滴の血も流していない。
しかし、体力のほとんどを使い果たし、息は荒かった。
「良かった。リアが死んだらどうしようかと」
「俺はこのくらいじゃ死なない。そんな事より、もっと遠くに逃げないと死ぬぞ」
「う、うん」
リアに連れられて、レムスは泣きながら歩きだした。
そして、もうすぐ後方部隊がいる合流地点に着くという時。
「……しまった」
「どうしたの?」
「囲まれた」
リアの言葉を聞いて、レムスは周囲を見渡した。
レムスには地面から生える高い草と木々しか見えない。
しかしリアが言うからにはそうなのだろうとレムスは思った。
「て、敵兵?」
「多分違う。敗残兵狙いの夜盗。でも逆に厄介だ。ここら辺は奴らの庭だから、地の利は奴らにある」
ゴクリ。
レムスは思わず息をのんだ。
「俺が合図したら走れ。幸い前方の囲みは薄い」
「で、でも」
「足手まとい。お前に出来る事は合流地点に行って仲間の助けを呼ぶ事だけ」
「わ、分かった」
レムスは頷いた。
彼の言う通り、今のレムスは足手まといだ。
自分にできる事なんて、逃げて逃げて仲間を呼ぶ事だけ。
「三、二、一……行け!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
レムスは合図とともに走り出し……
そして、夜盗の囲いの中から抜け出した。
リアと夜盗達が戦う音を背後にしながら。
そして、合流地点に着くと。
「皆、助けて!リアが夜盗に襲われて……」
合流地点にいた残っていた仲間たちと、戦場から退却してきた仲間たち十人程。
彼らは荷物を持まとめて退却を始めている所だった。
「待って!今、リアが夜盗に襲われて!!」
「はぁ?何言ってんだ?そんな事に構っていられるかよ」
レムスは驚きで一瞬思考停止した。
「この傭兵団はもう終わったんだ。団長も副団長も死んで、生き残ったのはここにいる奴らだけ。だからとっととおさらばさせてもらうぜ」
「そうそう、お前も早く逃げな。んで、新しい生き方を見つけるんだな」
死んだ?
団長も、副団長も?
一緒に戦場に向かった仲間もほとんど死んでしまった?
だが、呆けている訳にはいかない。
大切な人が今まさに一人で戦っているからだ。
レムスは去ろうとしている仲間達を必死になって引き留めようとした。
「ま、待ってください!リアは今一人ボロボロの体で夜盗と戦ってるんです。だから……」
「お、リアが夜盗を引き付けてるって事は……」
「今のうちに逃げられるって事だ。じゃぁな」
「待って!待ってください!リアを助けて!お願い!!」
レムスの引き留めも聞かず、傭兵団の仲間だった面々は逃げて行った。
一人残されたレムスは呆然として座り込んでしまった。
しかし……
「リア、リアを助けないと!」
レムスは走り出した。
自分に何が出来るか分からない。
だが、彼は来た道を走って戻った。
そして、レムスがリアと別れた場所に戻ると……
そこには夜盗の死体が多数倒れていた。
そして、リアは。
ちょうど一人の夜盗を切り伏せたところだった。
だが、その時、
レムスの直線上。
リアからは死角。
夜盗が、弓を構えてリアを狙っていた。
その瞬間。
レムスは無意識に、だが一瞬の間に。
夜盗が打つより早く、弓を構え、矢を放っていた。
リアは夜盗の矢をぎりぎりでかわし。
レムスの矢は夜盗の脳天を貫き、命を奪っていた。
「リア!」
レムスは戦い終えたリアに近づいて、抱きしめた。
「いきなり抱き着くな……敵が残っていたらどうするんだよ」
「だって、だって、リアが死ぬかと思って」
「弓兵の存在には気付いていた。だから避けられた。俺を舐めるな」
「ごめん……邪魔だった?」
「安心していい。邪魔なのはいきなり抱き着かれた事だけ。弓兵排除には感謝してる」
「……へ?」
レムスは驚いた。
だって、感謝なんて言葉、リアが発した事は一度も無いからだ。
「よかった、とりあえず戻……」
その瞬間、レムスの目に入ってしまった。
自分が殺した兵士の姿が。
「ひっ!」
戦乱の世だ。
死体を見た事は少ないとはいえ、ある。
それでもやっぱりなれない。
まして、自分が奪った人の命など。
生来優しいレムスには、覚悟していたこととはいえ、実際に自分が殺した相手の死体を見ると、ショックが大きかった。
青ざめるレムスの視線の先を見たリアは、全てを察し、
「いくぞ」
そう言うとレムスの手を引いて歩き出すのだった。
集合地点。
既に仲間の傭兵団も、他の傭兵団も誰もいない。
物資はほぼ全て持ち去られていたが、テントだけはいくつか残っていた。
リアは他に人の気配がいない事をレムスに伝えて、ここで休むことを提案した。
こうして、二人はここで休む事にしたのだった。
そんな中。
レムスは疲れとショックで呆然といた。
地面に座りながら、足に顔を埋めている。
その様子を見たリアは、さすがに少し心配して声を掛けた。
「大丈夫か?」
「……ごめん。ちょっと……ショックな事が続いて」
「……それって、団長が死んだ事?皆が自分勝手に逃げた事?初めて人を殺した事?」
コクリ。
レムスは体を震わせて頷いた。
寒い。
気温が寒いわけではないのに、レムスは寒さを感じていた。
自分に良くしてくれた人達が、あっという間に死んで。
仲間だと思ってた人が、自分達を見捨てて逃げて。
初めて自ら人の命を奪ってしまった。
そういった今までに無い経験が、彼の心を恐怖などの様々な感情で震わせていたのだ。
ギュッ。
急にレムスの体が暖かくなった。
「大丈夫。大丈夫だから」
そう言うリアの言葉を聞いて、レムスは心が温まるような気がした。
それと同時に、なぜウォー・ラバーと言われる者が必要なのか、レムスは理解した。
戦場で冷え切った心。
凍えた心。
それを癒すのは、生きている人の温かさ。
そして、それを最も感じるのは、大切な人とのふれあいなのだと。
そこに、性別の違いはない。
そして、疑問にも思った。
なぜ、リアはは必要ないと言ったのか。
「ねぇ、リア」
「なんだ?」
「なんで、リアはウォー・ラバーを必要ないって言ったの?前線に出て、人のぬくもりが欲しくならないの?」
「……」
レムスの言葉を受けて、リアはポツポツと話し出した。
彼は物心つく前には犯罪組織にいた。
売られたのか、攫われたのか、それすらも分からない。
そこで彼は戦闘訓練を受けさせられ、組織が金で請け負った仕事をこなしたそうだ。
それは、暗殺や戦争への参加、しまいにはショタ好き大人の性の相手までしたらしい。
そんな環境で育ったので、人のぬくもりなど今更欲しいとも思わない。
リアはそんな話をした。
「で、組織が潰れたから逃げ出したら、団長に拾われて、腰掛のつもりでこの傭兵団にいたわけ。ある程度稼いだら出て行く予定だった……しかしまさか傭兵団が先に潰れるとは思わなかった」
「……」
「こんなわけで、俺は人のぬくもりなんか必要ない。俺には戦場の日々は普通だか……」
そう話を終えたリアの口を、レムスの口が止めた。
さすがのいきなりのキスに、完全に油断していたリアは驚く。
レムスの舌がリアの口の中に入り、二人の舌が絡まる。
レムスはそのまま、リアを抱きしめた。
二人の舌が交わる音だけが響く。
しばらくしてレムスの口がリアの口から離れると、レムスは服を脱ぎだした。
「何する気?」
そう尋ねるリアに、レムスは当然の如く答える。
「ウォー・ラバーを今からするの」
「今からって、そりゃ、周囲に敵はいなそうだけど」
「だったらいいでしょ。ほら、リアも脱いで」
上半身を脱いだレムスは、リアを脱がそうと服に手を掛けた。
リアは特に抵抗も無く脱がされていく。
「別にいいけど、僕にウォー・ラバーは必要ないよ」
「違うよ。僕達二人には必要なんだよ」
上半身裸になったリアを抱きしめ、レムスは言う。
「僕は、君の凍ってしまった心を溶かして見せる。それは、きっと僕にしか出来ないと思うから。だから、僕はずっと君の傍にいる。ウォー・ラバーだけじゃない。ずっと。死が二人を分かつまで」
「凍った心?何を言って……ンムゥ」
再度レムスのキスでリアの言葉が止まる。
今度はすぐ口を離すと、レムスはリアを愛おしく見つめて行った。
「君は気づいてないだけ。僕には君が必要だし、君には僕が必要だ」
「それって、すごく傲慢だと思うが?」
「かもね。でも、お願い。君に関してだけは、傲慢でいて欲しい」
「……わかった」
そう言って、リアはズボンを脱ぎだした。
「俺の心が凍っているかなんて、おれには思わない。だけど、そんな事を言われたのは団長含めて二番目だ」
「団長も言ってたの?」
「あぁ、『レムスならお前の凍ってしまった心を溶かしてやる事が出来るかもしれない』そんな事を言っていた」
「団長……うわぁ!」
団長に想いを寄せているレムスがバランスを崩す。
服を全部脱いだリアが、レムスのズボンを脱がしにかかったからだ。
「そ、そんないきなり」
「ウォー・ラバーするんだろ。やるんならとっととするぞ」
「ち、違うよ、リア」
脱がされてこちらも全裸になったレムスは言う。
「ウォー・ラバーは、単なる肉体関係を持つことじゃない。二人で体と体を触れ合って、互いの体のぬくもりを感じ合う事なんだ。ただ肉体関係を持つだけなんて、そんなの本当のウォー・ラバーじゃない」
「じゃぁ、どうするんだ?」
「え~っと……」
具体的にどうしろと言われても、恋人もいなく、ウォー・ラバーもいた事もした事もないレムスにどうするかなんてわかるわけない。
「ハァ……仕方ない。じゃぁ、僕が知っている方法でやってみる?」
「よ、よろしくお願いします」
「……本当に凍ってたとしても、こいつじゃ溶かせられないだろ」
リアはそう言いつつ、レムスをそっと押し倒した。
二人の体が重なり、二人は夜遅くまでウォー・ラバーをした、いや、愛し合った。
翌日。
全裸のレムスが目を覚ますと、リアが服を着ている真っ最中だった。
「起きた?早く着替えないと置いて行くが?」
「ま、待って!」
レムスは慌てて体を起こすと服を着始めた。
服を着ながら、レムスはリアに尋ねる。
「ねぇ、これからどこに行くの?」
「とりあえず隣国へ行きたい」
こう言うリアに、レムスは嬉しさを感じた。
隣国へ行く、ではなく、隣国へ行きたい、と言ったのだ。
そう、レムスの意見を聞いてきたのだ。
「うん。僕もそれでいいと思う!」
そう言った後、レムスは着替えを終えて立ち上がった。
「じゃぁ、とりあえず来る時に通った街に行く。そこで朝食を食べて、隣国へ向かう。それでいいか?」
「もちろん!」
そう言って、二人は歩き出した。
「昨日はすごかったね」
「お前だけ気持ちよくなって、勝手に気を失っていたがな」
「ご、ごめんなさい……」
「凍った心を解いてみせると言いながら、勝手に気を失うなんてどういうつもりなんだ?」
「つ、次こそは君の心を……」
「次があればいいけどね」
「もぉ~」
そんな話をしながら、二人は街へ向かう。
満面の笑みを浮かべたレムスと、相変わらず無表情のリア。
二人の旅は、始まったばかりだ。
時々書きたくなるBL物語。
お楽しみいただけましたでしょうか?
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