9-2(プロローグ2).
バルベリとレヴィアとの定例の情報交換を執務室で終えたベルゼフは王宮にある王と王の家族のためのプライベートエリアにある私室に戻っていた。
ベルゼフが私室に戻ると先客がいた。そこが、ベルゼフの、すなわち王太子ストレイドの私室であるにもかかわらずだ。
「相変わらず神出鬼没だな」
「俺の職は知っているだろう?」
この男は、この世界ではデイラムと名乗っている。『迷宮物語』では…忘れた…。だが、この男が『迷宮物語』で処刑人だの執行者だのと呼ばれていたことは知っている。痩身でこの世界では珍しい黒髪…。この男の職に相応しい外見だ。
この男の職はアサシンだ。『迷宮物語』では伝説職のイヴィルアサシンだった。今はイヴィルの付いていない最上級職のアサシンだが、この男が邪悪なことには変わりないことをベルゼフは知っている。
「今日は何の用だ?」
「あいつのお守りにも飽きた」
ベルゼフは、デイラムに王族派の4大貴族であるアルメッサー辺境伯家を監視させている。具体的にはアルメッサー辺境伯の嫡男アモスに側近として仕えているのだ。
「十分な報酬は払っているはずだが?」
「俺の欲しいのは金じゃない」
わかっている。こいつは人を殺したいのだ。しかも、できるだけ強いやつを…。
「お前から聞いていなかったら俺がタロスを殺したかったんだがな」
ベルゼフは、デイラムの存在を『流浪の傭兵団』の仲間にも言っていない。マスターにもだ。マスターは『迷宮物語』時代から得体の知れないところがあった。『流浪の傭兵団』のメンバーを探す過程で見つけたデイラムはベルゼフの隠し玉だ。
『迷宮物語』で処刑人だの執行者だのと呼ばれていたデイラムはPKの専門家だ。『迷宮物語』はPKが許されていたゲームだ。陣営戦や闘技場などのPVPコンテンツだけでなく、通常のフィールドでも時間帯や場所によってPKが許されている仕様だったのだ。そしてデイラムはその第一人者だ。『TROF』や『流浪の傭兵団』のメンバーであってもデイラムの被害に遭うことは少なくなかった。
デイラムとはそう言う存在だったのだ。そして最上級職のアサシンになる条件は一定の人数以上のプレイヤーを殺していることだった。それも自分よりレベルが上のプレイヤーをだ。
そして、デイラムはこの世界でもアサシンになっている…。
「まあ、ちょうどいい。一つ仕事を頼みたい。もちろん暗殺だ」
「それはいいな」とデイラムは心からうれしそうに返事をした。
ベルゼフはデイラムに殺してほしい人物の名を告げる。
「いいのか?」
デイラムは少し驚いた様子だ。ベルゼフは、デイラムのような男を少しでも驚かすのは気分がいいと思った。
「ああ、そろそろだと思っていたところだ。なかなか強力な護衛が常時ついているが大丈夫なのか?」
ベルゼフは少し挑発するように言った。
「俺を誰だと思ってるんだ」
デイラムは人殺しのプロだ。ベルゼフとて本気でデイラムが失敗すると思っているわけではない。
一通り話を聞いたデイラムは「俺に任せておけ」とだけ言って、あっさりとベルゼフの前から姿を消した。アサシンのスキル『隠密』を使ったのだ。
これで、いよいよ戦乱の時代に近づく……。ついに『TROF』奴らに勝ってベルゼフが真の支配者になるのだ。期待のあまり体が震える。ベルゼフの顔は醜く歪んでいる。
本物の狂人はデイラムでもマスターでも、それこそコレオグラファーでもない。だが、当の本人はそれに気がついていない。
★★★
「ベルゼフこれはどういうことなの?」
ベルゼフはレヴィアの詰問調の問い掛け対して、ベッドから半身を起こして「どういうこととは?」と訊き返した。
「これはマスターの指示にはなかったことよね?」
「そうかもしれないな?」
ベルゼフは相変わらず何を考えているのかわからないような口ぶりだ。
「マスターの指示は、イベントに乗じて犯人の背後にいるのはアルバートだと噂を流せ、だったよな?」とバルベリが質問した。
「そうよ」とバルベリの問に答えたのはレヴィアだ。
「要するに、アルバートを、いや、その陣営にいるヴィガディール男爵、『TROF』を討伐する理由を作ることだ。それがマスターの指示だ」と再度バルベリが確認する。
最終的には『TROF』の奴らと決着を着ける。陣営戦でだ。そして『流浪の傭兵団』の勝利は疑いない。魔獣狩りで相手の実力は把握できた。今なら『流浪の傭兵団』のほうが遥かに強い。むしろ相手にならなさすぎてつまらないくらいだ。
レヴィアは薄笑いを浮かべているベルゼフを見て不気味だと思った。
「要はアルバートの仕業に見せかけて『TROF』の奴らと戦う理由さえできればいいんだろう? 今回の件もアルバートの仕業だと噂を流している。いや、噂どころかアルバートの側近からの自白だってある。具体的な証拠さ」
もちろん、それはベルゼフがでっち上げたものだ。
「これならマスターも納得してくれるさ。それに、これで僕がこの国の王になることも決定的になった」
「なるほど、そういうことか」とバルベリはあっさり納得した。
確かに、マスターの狙いは『TROF』の実力がこちらに劣っている状況で早めに仕掛けるだ。時間が経てば追いついてくる可能性も十分ある。しかも陣営戦で決着を着けるなんて皮肉が効いている。最初に聞いた時、マスターらしいとレヴィアは思った。レヴィア達は転生したことにより最後の陣営戦には参加できなかった。マスターは、それをこの世界でやろうというのだ。
だが、レヴィアは、今回の件にはバルベリほど納得していない。
レヴィアは王都カイルのクラン『グリフォンの鬣』のサブマスターを務めている。『グリフォンの鬣』のマスターも一応マスターということになっている。だが、実質的にはレヴィアがマスターのようなものだ。そして、これまで、少なくない『グリフォンの鬣』のメンバーを失ってきた。迷宮での事故も多かった。それは多くの場合ベルゼフの指示による無理なレベル上げが原因だった。迷宮で主人公達を襲わせた時も優秀なメンバーを3人も失った。レヴィアは、後から、あれはマスターの指示ではなくベルゼフの独断だったと知った。むしろ、そのことでマスターの怒りを買ったとベルゼフは言っていた。
そう、レヴィアはクランメンバーを始めとしたこの世界の人達を、自身も気がつかない内に、NPCとは思えなくなってきている。それに対してベルゼフとバルベリの二人は…特に最近のベルゼフはおかしい。
「それで、イベントのほうはどうするの?」とレヴィアは訊いた。
レヴィアが言っているのは、ジギルバルト団長が闇落ちするきっかけとなるイベントのことだ。もともとのマスターの指示はこれを利用してアルバート陣営、ひいてはヴィガディール男爵達『TROF』と決着を着けることだった。だが、ベルゼフの行動によって既にそれどころではないはずだが…。
「そっちも手を打っている」
「ベルゼフ、まさか…」
レヴィアはベルゼフの暗い目を見て言葉を途中で止めた。
「みんないなくなればこの国は王太子である僕のものだろう? 『TROF』の奴らを殺した後は…そうだなー、他の国を手に入れてもいいな」
「なるほど、それはいいな! この世界に俺達に勝てる者なんていないんだからな」
みんないなくなる…。この二人は何を言っているのだろう? 本来、あのイベントで全員死ぬわけではない…。マスターだってそんな指示はしていない。
レヴィアは笑っている二人が理解できない。レヴィアはそんな二人を全く見知らぬ者であるかのように眺めていた。
ベルゼフは「そろそろ、二人とも帰ってくれ。僕はこれでも療養中の身なんだからね」と言ってベッドに横たわった。
ベルゼフの言葉により、レヴィアとバリベリの二人は、来た時と同じで親衛隊の手引きで誰にも見とがめられずにベルゼフが療養中の私室から退出した。




