9-1(プロローグ1).
ははっ、また僕達が勝った…。勝っただけじゃない。僕の描いたシナリオ通りの勝利だ。
ただ、勝つだけなんて面白くない。
みんなが僕の思い通りに動いて、その結果が勝利なだけだ。
現実世界では何一つ思い通りにならなかったのに…。いや、そもそも、僕の思い通りじゃなくて父さんと母さんの思い通りにならなかったのだ…。僕は期待に応えられなかった。僕は見捨てられ、そして自由になった。
きっと、僕は病気なんだろう…。
人が思い通りになるのが面白くて仕方がない。そうせずにはいられない。でもゲームの中なら問題ない。ああー、これがゲームで良かった。もし、これが現実だったら…僕は…。
あれ? 今は…。
★★★
レヴィアがいるのは『グリフォンの鬣』の本部だ。『グリフォンの鬣』は大手探索者クランだ。レヴィアはこのクランのサブマスターを務めている。レヴィアはまだ17才だが既にザルバ大迷宮20階層をクリアしている。
だが、そのことは公表されていない。『グリフォンの鬣』の中でさえほんの一部の者しか知らない…。
レヴィアの職は賢者だ。『迷宮物語』時代には大魔導士だった。後衛職にもかかわらずPVPを得意にしてた。狂姫と呼ばれていた『TROF』のプリマドンナと並んでその苛烈な戦い振りで有名な女性プレイヤーだった。レヴィアとしては、この世界でも大魔導士を目指したかったのだが、パーティーの都合で回復もできる賢者を選択した。『流浪の傭兵団』は他のゲームでもPVP強者として有名だった者が集まって『TROF』に対抗しようと作ったクランだ。といっても、陣営戦で『TROF』に勝つことは少なかった。それでも最大のライバルであったとレヴィアは自負している。
トントンとレヴィアの執務室をノックする音に「入れ」とレヴィアが返事をする。部屋に入って来たのは幹部の一人のカニーノだ。いつもふてぶてしいカニーノが少し緊張している。
「カニーノ、どうした?」
「マスターがお見えです」
「マスターが?」
「既にマスター室におられます。レヴィア様をお呼びなので…」
「わかった。すぐ行く」
マスター…ずいぶん久しぶりだ。
レヴィアは慌てて部屋を出るとマスター室に急いだ。レヴィアの表情には先ほどのカニーノと同じ緊張の色がある。先ほどレヴィアとカニーノの間で行われたやり取りが今度はマスターとレヴィアの間で行われ、レヴィアはマスター室に入った。
くるりと椅子を回転させてレヴィアの方を見たマスターは「久しぶり、レヴィア」と言った。マスターはフード付きのローブを纏っている。いつもそうだ。それでもフードから青い髪がチラっと覗いている。マスターはレヴィアと同じ年のはずだ。転生者はみんな同じ年なのだ。そして性別は日本人だった時と同じ。だからマスターは女性だ。いや、少女と言ったほうがいいのか…。
レヴィアは自分が緊張しているのを感じていた。レヴィアは、こんな少女を前に緊張する自分が不思議だった。だが、マスターを前にするといつもこうなってしまうのだ。『迷宮物語』時代もそうだった。
「マスター、それで今日は?」
「うん。ちょっと相談があってね」
「相談?」
「うん」
「それは…?」
「そろそろ、決着を付けようかと思うんだ」
「『TROF』の奴らとですか?」
「もちろん、そうだよ。ボク達の目的はそれしかないからね」
「それは、もちろん。それで、どうやって」
「どうやって? 『TROF』と決着をつけるんだ。決まってるだろう陣営戦だよ」
陣営戦…。『迷宮物語』時代、『TROF』の奴らに何度も煮え湯を飲まされたエンドコンテンツだ。陣営戦で『TROF』に勝利する。それはレヴィアにとっても悲願だ。
「レヴィア達はザルバ大迷宮の20階層をクリアしてるでしょう。そして今では3人ともレベル50を越えている。でも。インプレサリオ達も15階層をクリアして最上級職になっているみたいだ」
マスターによるとヴィガディール男爵とはインプレサリオらしい。そしてベルゼフが魔獣狩りでインプレサリオとその仲間達の大体のレベルを確認した。彼らも最上級職にはなっているようだ。
「やっと15階層をクリアしているようでは、私達の相手ではないでしょう」
「うん。それはそうなんだけど、レヴィア、彼らがダゴン迷宮を持っているのを忘れてはいけないよ」
もちろんレヴィアも知っている。ダゴン迷宮…通常の倍の経験値が入る迷宮だ。
「例え彼らが、20階層をクリアしていないとしても、ダゴン迷宮があれば、すぐに45くらいまではレベルアップできるだろう。対してこっちはだんだんレベルアップの速度も遅くなっている。ましてや、もし彼らが20階層をクリアしたら…。ね。」
「それは、確かに…」
「だから、今のうちに決着を付けようと思うんだよ。彼らが20階層をクリアする前にね」
レヴィアはこの世界に生まれ変わってベルゼフに見つけ出された。ベルゼフはなんとこの国の王太子に生まれ変わっていたのだ。そしてベルゼフの王太子としての権力とマスターの知識でレヴィアは強くなった。ベングラウ迷宮で帰還の腕輪が潤沢に手に入るおかげもある。そして、この世界でザルバ大迷宮20階層を初めてクリアすることに成功した。成功した直後に一緒にクリアしたタロスは死んでしまったが…。だが、『TROF』との差はだんだん縮まっている。
「はい」
レヴィア達が20階層をクリアしたのはレベルが45になってからだ。クリアできたのは13回目の挑戦でだった。攻略適正を上回るレベルだったにも関わらず思った以上に苦戦した。だが、よく考えてみれば『迷宮物語』でもボスの初回クリアには時間が掛かることが多かった。特に15階層からはそうだ。数えきれないほど周回しても一日ではクリアできないボスもいた。そう考えれば13回目というのは悪くないのかもしれない。
かつて、この世界最強と謳われるジギルバルト王国騎士団長を含む王国騎士団のパーティーは20階層のボスに20回以上挑戦してクリアできずに諦めた。ジギルバルトが今よりかなり若い頃だ。ギミックやボスの特殊攻撃を何も知らない中でクリアするには20回程度の挑戦では足りなかったのだ。レヴィアはそれをベルゼフから聞いた。
無理もない…。
レヴィアは自分達が20階層ボスであるヒュドラを最初に討伐した時のことを思い出した。ギミックや特殊攻撃を知っていても想像以上の難易度だった…。
レヴィア達には、最初からギミックやボスの特殊攻撃についての十分な知識があった。それでも…あの難易度は…。知識があるだけでゲームと同じ動きが現実ですぐにできるかと言えばそれは違う。ここまでレベルを上げる中でレヴィア達は、それをいやというほど思い知らされた。
「ここまでレベルアップできたのはマスターのおかげです」
「いや、ベルゼフが帰還の腕輪を大量に用意できたからだよ」
帰還の腕輪は貴重なアイテムだ。確かに、この世界ではあれがなければ無理だ。だが、それでも…。
「いえ、マスターの知識がなければ無理でした」
レヴィアはお世辞をいっているわけではない。いくら、ベルゼフのおかげで帰還の腕輪を用意できたとしても、ここまで速くレベルアップできたのはマスターの知識のおかげだ。レベルの割に経験値が多い魔物が湧く場所はもちろん、おそらく運営が意図していない、もしくは隠し要素として実装していた、滅多に現れない異常に経験値が多い魔物を沸かせる方法など、マスターの知識は豊富だった。
「ボクは、たくさんのサブキャラを育てていたからね。実はそれだけじゃなくてサブアカウントも結構持っていたんだ。だから、そういことにはちょっと詳しかったんだ」
その手の情報はネットにも溢れていたが、マスターはネットでも知られていない知識を持っていた。特にあの、延々とスライムが湧き続ける部屋をクリアした時には、しばらくの間、レヴィアはスライムを見ると気持ち悪くなった。いつまで経っても終わらないそれをレヴィアは地獄だと思ったものだ。あの部屋はなんと17階層に隠されていた。湧き続けるスライムの中にもの凄い経験値を持ったスライムが紛れているのだ。マスターはちょっとした壁の色や模様の違いなどから複数の隠し部屋の存在を把握していた。
「それでね。話を戻すんだけど、魔獣狩り以降、彼らもレベルを上げているとしても、今ならボク達のほうが『TROF』の奴らより強い。レベルにして最低でも5以上、もしかしたら10近くはリードしているだろう。それになんと言っても親衛隊がいる」
「ええ、ベルゼフもそう言ってました」
マスターは「うん」と頷くと「だけど、時間が経てば追いつかれる」と続けた。
レヴィアは口を挟まずマスターの話の続きを待った。
「ザルバ大迷宮の25階層より下は、たぶん、まだ解放されていない。だからレヴィア達が今すぐ伝説級の職に就くことはできない。解放されるとしたら主人公がカイル探索者養成学園を卒業する時だろう。だけど、それまで待っていたら『TROF』の奴らに追いつかれてしまう。なんせ彼らにはダゴン迷宮があるからね」
「それで、決着ですか」
「そういうこと。今ならこっちのほうが強い。ヴィガディール男爵の従者の数はまだ50人に程度。おまけに平均レベルはせいぜい30くらいだろう」
「こっちは、マスターの指示通り親衛隊を100人近くまで拡大しています。『グリフォンの鬣』在籍させたままの者も入れれば200です。平均レベルも40近くあります。上位陣にはレベル41を越え最上級職になっている者も複数います」
マスターはレヴィアの言葉に「うん、うん」と頷いた。
『グリフォンの鬣』は王太子ストレイドの息が掛かったクランだ。『グリフォンの鬣』を使って高レベルの探索者を育てる。これはと思った才能のある者はストレイドの親衛隊に引き上げマスターの知識も使ってさらにレベルアップさせる。そうやって親衛隊を強化してきた。王太子ストレイドに転生したベルゼフは『流浪の傭兵団』のサブマスターだった。
「だから陣営戦だよ。とは言っても、なんの理由もなくいきなり攻め込むわけにもいかない。そこで作戦がある。それをこれから説明するから、あとでレヴィアからベルゼフとバルベリに伝えといてね」
ベルゼフは王太子ストレイドであり、バルベリはその親衛隊長だ。タロスが副隊長だったのだが…。
「それで、マスターは?」
「ボクは、今まで通り、作戦が上手くいくように裏から動くよ」
レヴィアはわかりましたと頷いた。これは『迷宮物語』時代からのマスターのやり方だ。
「それで、作戦なんだけど…」とマスターは話し始めた。




