8-4(魔獣狩り1~セルゲイ).
僕達はアルバート殿下が率いる本隊から左側に位置している。
「セルゲイ様、俺達が先頭に立ちます」
ラングレー達のパーティー4人を先頭に僕達はアルデ樹海を進む。ラングレーのパーティは、上級重剣士のラングレー、火属性魔法を得意にしている上級魔法使いのイリヤ、上級槍士のノイマン、神官のケクランの4人だ。4人ともレベル35を越えている。彼らは僕達に続いてメデューサをクリアしたパーティーとなった。従者団の中で最もレベルが高い。一方で既にレベルが上がり難くなっている。
一方、僕、プリマドンナ、マエストロ、グレアムの4人はメデューサをクリアして以降も順調にレベルを上げて4人ともレベル41を越えて最上級職になっている。僕が聖者、プリマドンナが最上級槍士、マエストロが最上級重剣士、グレアムが魔導士だ。『迷宮物語』ならもう20階層のヒュドラに挑戦してもいい頃だが、いくらウィークリーイベントで帰還の腕輪を確保することができるようになったとはいえ、数に限りがあることに変わりはない。従者団の強化にだって帰還の腕輪は必要だ。そのためヒュドラにはもう少しレベルが上がってから挑むつもりだ。ちなみにヒュドラはザルバ大迷宮でも20階層のボスに採用されているとても手強い相手だ。
「そろそろかしら?」
プリマドンナが囁くように言った。アルデ樹海の中で自然と小さい声で話すようになっている。辺りを見回すように観察したマエストロがメデューサの盾を手に一歩前に出た。そのさらに前にラングレー達のパーティーがいる。そして僕達の後ろには従者団50人も続いている。ラングレー達の次にレベルが高いパーティーはレベル35に近い。3組目のメデューサクリアパーティーが出る日も近い。10階層や15階層のボスをクリアすることで僕達だけでなく従者団の装備も日々強化されている。だが平均ではまだレベル30には届いていない。
この魔獣狩りで出現する魔獣はどの程度のレベルなのか? 『迷宮物語』通りレベル40程度であったとしたら相当に難易度の高いイベントになる。まともに対応できるのは僕達とラングレー達くらいになってしまう。主人公のレベルに合わせて難易度が設定されるとすればもう少し低いのだろうか…。
「血濡れ熊です」
ラングレーの声に緊張が走る。最初に現れたのは熊の魔物である血濡れ熊だ。レベルはわからない。魔物や魔獣は同じ種類でも、現れる場所や状況、イベントの種類などによってレベルが異なる。
血濡れ熊は3体だ。
ガキン!
ラングレーが盾で血濡れ熊の前足で殴りつけるような攻撃を受けた。ラングレーは顔顰めている。ラングレーのレベルからしてあの血濡れ熊のレベルはかなり高そうだ。
「左だ!」
誰かが叫んだ!
左からワイルドボアが突進してきた。しかも次々に現れる。そこからは乱戦になった。想像以上の数の魔獣が次々と現れたからだ。
「右からはグレートウルフです」
「ワイルドボアの後ろからブラックハウンドの群れが!」
まずい!
「一体に複数で掛かれ!」
僕は大声で指示した。現れたのは魔獣と呼ばれることが多い獣系の魔物ばかりだ。まさに魔獣狩りだ!
「『黒炎爆陣』!」
ドゴーン!!!
グレアムの範囲魔法がさく裂する。その威力に従者隊は少し落ち着きを取り戻した。さすがグレアム様だなどの声も聞こえる。
「はあーっ!!」
プリマドンナが魔物、いや魔獣達が密集している辺りに飛び込んで槍を振るっている。プリマドンナは皮鎧はあっという間に魔獣の血で染まった。それでもプリマドンナは微笑んでいる。『迷宮物語』で狂姫と呼ばれていたプリマドンナの真骨頂だ。
「おー!!」
「マリア様に続け!」
プリマドンナの姿に従者団の士気が上がる。
「『シールドバッシュ』!」
マエストロがガシガシと盾で魔獣達の攻撃を受けながら、時々『シールドバッシュ』でまとめて魔獣達を弾き飛ばしている。
「これは…レベル35以上はありそうっスね」
マエストロの言葉に僕は「『範囲回復』!」と範囲回復魔法スキルを使いながら頷いた。僕は聖者だけど、クレリックを経由したのでまだ『大範囲回復』は使えない。本来、聖者なら『大範囲回復』どころか『超範囲回復』まで使えるようになる。その代わり、僕はいくつか風属性の攻撃魔法が使えるのだが牽制程度にしか役に立たない。これなら、最初から回復専門職を目指した方が良かった。どっちにしても、今は回復に徹したほうが良さそうだ
「できるだけ、魔獣を一か所に追い込むようして戦うんだ!」
僕は引き続き回復魔法を使いながら指示を飛ばす。
「グレアム! 今だ!」
グレアムが僕の言葉に「『黒炎爆陣』、『黒炎槍』!」と魔法スキルを連発する。グレアムの魔法は同系統の『炎爆陣』、『炎槍』に比べて威力が高い。それにダゴン迷宮で手に入れた魔法スキルの威力をアップするアイテムなども身に着けている。最上級職の魔導士になったので、さらに攻撃魔法スキルを強化することだってできるはずだ。
「グググオォォォー!」
「ぐぎゃあーー!!」
「ガオゥゥーー!!」
魔獣たちの咆哮や悲鳴が響く。
「セルゲイ!、まずいっス!」
マエストロが僕をセルゲイと呼んで話しかけてきた。マエストロはまだ冷静さを保っている。
だけど…。
「まともに戦えているのはこの辺りだけっス。あれを!」
300の王国騎士団を従えているアルバート殿下だが、王国騎士団はかなり苦戦しているようだ。ただ、樹海の中は見通しが悪いのではっきりしたことはわからない。騎士達はなんとかアルバート殿下の周りに集まって殿下を守ろうと奮戦はしているようだが…。
マエストロは盾で魔獣を弾きながら言葉を続ける。
「うおー! インプ、いや、セルゲイ、やっぱり、こいつらはレベル35は越えているような魔獣ばかりっス。俺達はともかく王国騎士団にはあきらかに荷が重いっスよ。このままでは…」
王国騎士団には強者もいるが平均すればレベル15程度だろう。マエストロの見立て通り魔獣のレベルが35を越えているとすればとても相手にならない。
「ピエール、アルバート殿下のほうに移動するぞ!」
「わかったっス。『挑発』、『シールドバッシュ』!」
マエストロは『挑発』で魔物達を自分の傍に集めると『シールドバッシュ』で弾き飛ばした。
「『刺突』、『3連突き』、『大薙ぎ払い』!」
プリマドンナがマエストロが弾き飛ばした魔獣達を次々と血祭りにあげている。こうやって見るとプリマドンは多数の相手を次々にその槍の餌食にする戦いに向いている。目が生き生きとしている。僕は、そのプリマドンナに『大回復』を使った。
「『黒炎槍』!」
グレアムが魔法スキルで道を切り開き、そこをマエストロとプリマドンナが突破してアルバート殿下に近づく。僕とグレアムも後に続く。その間も行く手を塞ぐように猪だの狼だの熊だのいろんな種類の魔獣が次々に現れる。
「従者団も僕達に続け!」
僕は従者団も引き連れてアルバート殿下の方へ移動する。王国騎士団と違い、従者達は一体に複数で当たることで、なんとか魔獣に対応できている。ただ、やっぱり魔獣の数が多い…。
「『範囲回復』!」
魔獣狩りが始まってから、僕は回復系の魔法スキルしか使っていない。
「『大回復』! マエストロ、大丈夫か?」
つい、マエストロと呼んでしまったが、誰も気がついていない。
「はあ、はあ、だ、大丈夫っス」
アルバート殿下はもう目の前だ。
「殿下!」
「おおー! ヴィガディール男爵か!」
「殿下、一旦、アルデ樹海を出ましょう。ここは、私達が…」
「わ、わかった」
一瞬、迷ってたような素振りを見せたアルバート殿下だが、周りの様子を見て撤退を決断したようだ。実際、魔獣は全く減っていない。考えてみれば1000人単位のプレイヤーが集まって行うイベントなのだから、これくらいの数の魔獣が出現するのは当たり前だ。
「グレアム!」
「はい」
グレアムは頷くと「『黒炎爆陣』!」と魔法スキルを放った。アルバート殿下が撤退する方向だ。そこへマエストロが盾を持って飛び込む。
「『回転斬り』!」
マエストロは盾を持ったまま3回転して魔物達を追い払う。飛ばされた魔物をプリマドンナが槍で次々に突き刺している。
「殿下! こちらです」
3人が切り開いた道をアルバート殿下を連れた僕が進む。その時だった。マエストロの盾を飛び越えた一体のグレートウルフが僕に飛び掛かってきた。
「セルゲイ様!! 危ない!!!」
グレアム……!!
「がはっ!!!」
首から肩の辺りをグレートウルフに噛みつかれたグレアムが首元から血をまき散らしながら仰向けに倒れた! グレアムは僕とグレートウルフの間に飛び出して、僕の代わりにグレートウルフの牙の餌食となったのだ。グレートウルフはさらにグレアムに圧し掛かるようにしてグレアムを攻撃している。グレアムは苦しそうな声を上げていている。
「グレアム!」
頭が真っ白になった僕は慌ててグレートウルフに飛び掛かった。
「インプレサリオ! どけ!」
いつも飄々としているマエストロが真剣な口調で怒鳴った。僕は慌ててグレートウルフから離れた。ガシガシと音がしてマエストロがグレートウルフをグレアムから引き離した。僕も『風刃』でマエストロを援護する。
「ぐぎゃー!!」
グレアムから引き離されたグレートウルフは最後はプリマドンナの槍の餌食になった。僕は慌ててグレアムを抱き起す。
「だ、大回復…」
僕はグレアムに『大回復』を使ったが意識は戻らない…。マエストロとプリマドンナが僕達を守るような体制を取っている。
プリマドンナが「ラングレー! あなたが殿下の撤退を援護しなさい!」とラングレーに指示した。ラングレーは「わかりました」と頷くと、自身のパーティーのメンバーや従者団に指示してアルバート殿下の撤退を援護すべく行動に移った。
「ぐ、グレアム…」
『大回復』でグレアムの傷はかなり塞がっているが意識が戻らない。倒れるときに相当の量の血が噴き出していた…。その後もしばらくグレートウルフの攻撃を受けていたのだ。グレアムは最上級職の魔導士だがあくまで後衛職だ。魔獣のレベルも35を越えているとすれば、そこまで僕達と変わらない。
僕は抱き起したグレアムのローブが濡れているのに気がついた。グレアムの血に僕の涙が混じっている…。僕は泣いているのか?
グレアムなんて、ただのNPCじゃないか…。
なのにどうして、グレアムは会議でもレベル上げの時も余計なことは言わずに常に僕に従ってくれた。奴隷から解放した僕のことをまるで神様のように崇めていた。僕はただ僕の目的のために利用しようと思ってグレアムを探し出して奴隷から解放しただけなのに…。
そんな僕を…。
「い、インプレサリオ、ま、まずいっス」
前方に迫る凄い数の魔獣達の中に一際巨大な魔獣の姿が見えた。
「撤退よ。取り敢えず私達も撤退しなきゃ。樹海の外に出ましょう」
僕は未だに目を開けないグレアムを抱き上げて、マエストロとプリマドンナと共に、ラングレー達を追ってアルデ樹海の外へ向かった…。




