8-3(魔獣狩り前夜2).
「王家もいろいろ複雑なんだよ」とシルヴィーが言った。
俺、アディ、アルス、サラ、そしてシルヴィーの5人は、サラの実家であるフィッシャー家に集合した後、馬車に乗って魔獣狩りの集合場所であるコート伯爵領を目指している。クリスティナ王女陣営の一員として魔獣狩りに参加するためだ。
これは、『迷宮物語』のフィールドイベントの一つである魔獣狩りの第1回目だと思う。魔獣狩り自体はこれまでも行われていたようだが…。どっちにしても『迷宮物語』と同じく2年生も後半に入ったこの時期に魔獣狩りは開催される。これがゲームの強制力なのか…。
ところで、最近ではシルヴィーも仲間の一員として行動を共にしている。アディやシルヴィーがなんとか揃えた帰還の腕輪を使ってシルヴィーもケルベロスをクリアした。俺達のレベルは順調に上がっている。この調子なら、2年生のうちに全員最上級職に就けるだろう。
「複雑?」
平民のアルスがシルヴィーに訊き返した。
「今の王様には3人の子供がいるんだよ」
「王太子のストレイド殿下、長男のアルバート殿下、そしてクリスティナ王女の3人よ」とアディが補足する。
アルスはアディの言葉に「王太子のストレイド様は長男じゃないの?」と訊き返した。
「問題はそこよ。3人のうち王妃様の子供はクリスティナ王女だけ。王太子のストレイド殿下は側妃の子供、長男のアルバート殿下もね」とアディが説明する。
「ならなんで次男のストレイド殿下が?」
これが問題を複雑にしている。
「同じ側妃でもストレイド殿下の母親は伯爵家の娘、それに対してアルバート殿下の母親は子爵家の出だからよ。それに幼い頃からストレイド殿下の優秀さは知られていたわ」
「そう言うことか…」
「でも、ストレイド殿下は優秀かもしれないけどクリスティナ王女も負けていないわ。それにクリスティナ王女は王妃様の娘で、しかも最上級回復魔法スキルの『超回復』を持っているのよ」
「うん。クリスティナ様が生まれつき『超回復』を持っているのは有名な話だよね。僕でも知っている」
実は、生まれつきじゃなくてガガス迷宮で後天的に得たものだ。しかも、それはストレイドが王太子に選ばれた後のことだ…。
「クリスティナ王女を後継者にという勢力があるのかな?」
「そういうことよ。それにゴドウィン王自身が迷っているという話もあるわ」
アルスは、ふーんと言って何か考えている。アルスはいつも冷静で思慮深い。それはそうと、今回の魔獣狩りの件で俺には気になっていることがある。
「それで、シルヴィー、例の話は本当なんだよな」
「本当よ、レオ。私、ストーリに関してはちょっと詳しいのよ」
シルヴィーは陣営戦主体の『TROF』のメンバーには珍しくカンストする前のストーリーに比較的詳しい。どんなゲームであってもストーリーを丁寧にやり込むのがシルヴィーのスタイルだと言うのだ。それにしても、シルヴィーはみんなの前で平気でストーリーとか口にするからハラハラする。
「それなら、シルヴィー、魔獣狩りが始まる前に一応確かめてみるよ」
魔獣狩りがどの程度の規模や難易度になるかわからない。懸念材料は排除しておいたほうがいい。
「私も付き合うわ」
付き合うという言葉にアディの眉がちょっと動いた。
俺の隣に座っているアルスは、シルヴィーの話がわかっているのかわかっていないのか真剣な表情で考え込んでいる。向かいのサラはそんなアルスを見てなぜか顔を赤らめている。何か顔を赤らめるような要素があっただろうか?
反対側の隣ではアディがシルヴィーと睨み合っている。シルヴィーと俺が愛称で呼び合うたびにアディの眉間がピクっと動く。シルヴィーはそれを見て微笑んでいる。前世も入れればシルヴィーのほうが精神年齢が上なので余裕がある。俺はシルヴィーを友人として信頼している。シルヴィーは転生者だが俺と同じくこの世界を大切しているからだ。だが、あくまで友人だ。シルヴィーはきっとそれを知ってからかっているのだ。
俺は、ふーっと溜息を吐いた。
★★★
「男爵、期待しているぞ」
「はっ!」
僕はアルバート殿下の言葉に膝を折って返事をした。アルバート殿下は馬上から僕に頷くと他の陣営の者達の士気を高めるため馬の向きを変えた。
「ふーっ」
僕が大きく息を吐くと、僕の後ろに控えていたプリマドンナが含み笑いをしながら「アルバート殿下ごときで緊張し過ぎね」と言いながら立ち上がった。
「仕方がないだろう。僕はあんまりこういうことが得意じゃないんだ」
「そうだっんスか? 『TROF』のリーダーだったのに意外っスね」
「こういうことが一番得意そうなのはヴィルトゥオーゾだったわ」
僕、プリマドンナ、マエストロ、グレアム、その後ろには50人のヴィガディール男爵従者団が控えている。従者団の団長はラングレーだ。
「魔獣たちの平均レベルが僕達の予想通りなら、僕達しかまともに対応できない可能性がある。みんな油断するな」
僕の言葉に全員が頷いた。これから僕達は3つの陣営に分かれてアルデ樹海に入る。もちろん僕達はアルバート殿下の陣営だ。僕達だけでなくアマデオ侯爵、コート伯爵、フッシャー子爵など地元勢も三つに分かれてそれぞれの陣営に参加することになっている。ストレイド王太子の陣営には100人規模の親衛隊がいるので、それらも配慮して不公平のないように地元勢は配分されている。アルデ樹海はアルディス山脈の麓にあり我がヴィガディール男爵領の他、コート伯爵領、フィッシャー子爵領などに近い。
★★★
「皆、油断せずに気を引き締めて行こう!」
今回の魔獣狩りの総大将である王太子のストレイドが大声で言った。よく通る声で王太子らしい威厳に加えて若々しさもある。ストレイドはクリスティナと同じ年であり、実際に若い。ストレイドの両側には親衛隊のカニーノとヴェライアが控えている。カニーノは立派な盾と槍を持っている。ヴェライアが手にしているのは杖だ。
「セシル様、よろしいのですか?」
「何がだ?」
セシルは側近で上級重剣士のデオハガに訊き返した。
「いえ、本来、ストレイド殿下の隣にいるべきはセシル様のはず」
セシルはしばらくの沈黙の後「どうでもいいことだ」と答えた。だが、セシルがどうでもいいと思っていないことは明白だ。王国騎士団長のジギルバルトがクリスティナ王女の陣営でクリスティナ王女の隣に控えている以上、王太子ストレイドの陣営を実質的に率いるのはセシルであるべきだ。第一師団の師団長を兼ねるジギルバルト以外の師団長達は今回の魔獣狩りには参加していない。したがってジギルバルト団長の次に地位が高い王国騎士はセシルということになるからだ。
ジギルバルト王国騎士団長が総大将のストレイドではなくクリスティナ王女の陣営にいること自体、そしてそれがゴドウィン王の指示でもあることが、今回の魔獣狩りにおける王の意図を示している。セシルはデオハガが指摘した不満を押し殺して王太子ストレイドを見た。
ストレイドの両側に控えるカニーノとヴェライアは間違いなくかなりの強者だ。もしかしたらセシルと同程度の力を持っているのかもしれない。カニーノとヴェライアだけではない。あの100人ほどの親衛隊…全員が相当な強者の集まりだ。
それでもとセシルは思う。我が王国騎士団第一師団第一大隊ほどではないだろう。
後は…そうだ、クリスティナ王女の陣営にいるカイル探索者養成学園の生徒の一人は、セシルが全く相手にならずに気絶させられた黒い魔物から皆が逃げる時間を稼いだ少年だ。結局、瀕死のところを救出されたのだという。
あの黒い魔物は…。
セシルは、正直、今でも思い出すと体が強張る。あの後、しばらくザルバ大迷宮は7階層辺りを中心に調査が行われたが、結局何も発見されなかった…。
とにかく、何もなければいいのだが…。
セシル達も含めた魔獣狩り参加者は、ストレイド王太子、アルバート殿下、クリスティナ王女の3つの陣営に分かれて、それぞれ事前の打ち合わせ通りにアルデ樹海に足を踏み入れた。
★★★
「レオ、いたよ」
シルヴィーが小声で俺に教えてくれた。本当にシルヴィーの言った通りだった。茂みの奥から覗くと怪しい3人組が何か魔導具のようなものを設置しようとしている。
それにしても、アルデ樹海のこんな奥まで来ているのに魔物にはほとんど出会わなかった。偶に現れた魔物もシルヴィーと二人で簡単に討伐できた。やっぱりイベントがスタートしないと現れないのか…。
「あれが『魔物寄せの香』か…」
「ええ、古代文明の遺物の一つって設定だよ」
「あれを使わせなければ魔獣は出てこないのか?」
「それはないんじゃないかなー。あくまで魔獣狩りの規模を大きくしてやろうっていう企みだもの」
それにしてもシルヴィーはよくそんなことを知っていたものだ。シルヴィーによると、単にストーリーを進めるだけでは説明されないらしい。『迷宮物語』の中では起こったイベントなどを後から振り返ったり検索したりできる。検索すると現れる文章の中に…この魔獣狩りの背後ではミタリ帝国から古代文明の遺物である『魔物寄せの香』を借りたギグス王国が動いていた…という一文があったそうだ。確かにここはギグス王国からも近い。だけど…。
そんなの知らねえよ!
「とりあえず、あいつらが『魔物寄せの香』を使う前に…」
シルヴィーは俺の隣で小さく頷いた。




