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1-9(御遣様).

 一体のバジリスクが俺に気づいて近づいてきた。見かけ以上に素早い。大きいだけあってその一歩一歩であっという間に距離を縮めてきた。


 しまった!


 余計なことを考えている間に逃げるべきだったと後悔しながら、俺は踵を返して懸命に走る。ドンドンと足音と言うよりは地響きのような音を立ててバジリスクが追いかけてくる。


 とにかく懸命に走る。胸が苦しいを通り越して痛い。


 バジリスクの顔が見る見る大きくなり追いつかれそうになった寸前にバジリスクの巨体では入り込めない狭い通路に飛び込んだ。この世界のバジリスクが蛇というより亀のような巨体でよかった。


「ハアハア」


 俺は胸を押さえて蹲る。


「た、助かったのか?」


 少し呼吸が戻ってきたので、さらに通路の奥に逃げる。


 ガリガリ!

 ガリガリ!


 通路の入り口辺りから岩を削るような音がしている。バジリスクはまだ諦めていないようだ。はっきり言って生きた心地がしない。ここはレベル6程度の14才の子供が一人で生き残れるような場所ではない。


 その後も俺は全力で狭い通路を奥に向かった。


 しばらくすると、ガリガリという岩を削るような音が聞こえなくなっているのに気がついた。俺はその場に倒れこみ仰向けになる。今度こそ助かったのか…。そう思ったら、全く体に力が入らなくなったのだ。


 ようやく息が整い。再び考える余裕が出てきた。


 どうやらこの狭い通路は本来のものではなく地震によって迷宮が崩れてできたもののようだ。だとすると、いずれ迷宮の力により修復されるだろう。そうなって迷宮が本来の姿を取り戻したらバジリスクから隠れる場所もなくなる。だいたい食べ物や水だってない。ポーションも使い切ってしまった…。


 落ち着くんだ! 俺は自分に言い聞かせる。もう一度状況を整理しよう。


 バジリスクがいるということはここは10階層だ。そして10階層はこの迷宮の最下層だ。この迷宮は3回目の大型アプデで追加された迷宮で、その目的は雷系魔法を取得しやすくするためだ。この迷宮に出現する御遣様を倒すと雷系魔法スキルを取得しやすい。といっても、他の迷宮よりも雷系スキル獲得確率が高いというだけで絶対ではない。

 そんなことより重要なのは、ここがゴレイア迷宮の最下層だということだ。最下層には帰還するための転移魔法陣がある。だがそれを使うためにはボスを倒す必要がある。迷宮には5階層毎にボスモンスターが配置されている。ここ10階層にもいる。そしてボスを倒した先には必ず転移魔法陣がある。転移魔法陣を使えば一階層の安全地帯に戻れる。だが、俺が10階層のボスを討伐することは不可能だ。


 うーん…。どう考えても俺は詰んでいる。改めてステータスを確認する。




【レオニード・メナシス 14才】


 <レベル>   6

 <職業>    剣士3

 <スキル>   スラッシュ、二段斬り

 <魔法スキル> 雷弾




 『迷宮物語』の運営が設定した10階層のボスの攻略適正レベルは20前後だ。21を越えて上級職になっていればなおいい。適正レベルとはあくまで4人のパーティーでの適正だ。もちろんゲームなら適正レベル以下のパーティーで攻略するプレイヤーは少なからずいる。しかし、いくらなんでもレベル6でソロなんて無理だ。話にならない。しかもこの世界は現実であり失敗すれば待っているのは死なのだ。


 レベル6で、たった一人…。


 かといって、上層に抜けるのはもっと無理だ。迷宮は広い。食べ物や水もない状態ではそんな時間はない。いや、『迷宮物語』の知識を使って最短距離を行けばどうだ?


 やっぱりだめだ…。


 そもそも俺のレベルでは9階層や8階層の魔物を相手にすることだって全然無理だ。転移魔法陣のある5階層までは長い。しかも5階層のボスすら倒していない俺が5階層の転移魔法陣を使用できるかどうかもわからない。いくら最短距離を行っても巨大な迷宮を全く魔物と戦闘せずに何階層も抜けるのは不可能だ。


 上か下か…。どちらも無理そうだ…。絶望で足が動かない。頭も考えることを拒否してしまっている。とにかくボスと転移魔法陣を探そう。考えるのはその後だ。俺はなんとか気持ちを奮い立たせた。


 しばらく狭い隙間のような道を歩くと本来の迷宮の通路と思われる場所に出た。魔物に警戒しながら探索を続ける。迷宮が地震により大きく崩壊しているので『迷宮物語』の知識を使ってもかなり分かり難い状態だ。そもそも俺の記憶は不完全なのだ。

 迷宮の崩壊により、さっきのようにバジリスクが入り込めない狭い場所があちこちにできている。俺は、常に逃げ込める場所を確保しつつ探索を続けた。上層も同じような状態なら、やっぱり上層に抜けることを考えた方がいいのだろうか? 


 あまりの絶望的な状態に考えも纏まらない。


 この階層に出現する魔物はバジリスクだけのはずである。警戒を怠らずバジリスクを見つけると、その巨体では入り込めない場所に逃げ込み。バジリスクが立ち去るのを待つ。そんな探索をどのくらい続けただろうか。一応『迷宮物語』の記憶を頼りにボスの方に向かっているはずなのだが…。ここに落下してきてから随分時間が経ったような気がする。


「グゥゥゥゥーーーー」


 魔物の鳴き声だ! 俺はあらかじめ確認しておいた狭い場所に走りこんだ。


「グゥゥゥゥーー」


 まだ魔物の鳴き声が聞こえる。こちらに近づいて来る気配はない。


「グゥゥゥゥー」


 これまでのバジリスクの咆哮とは何かが違う。低く唸るような鳴き声で迫力はある。だけどその声は小さく、なんだか苦しんでいるようだ。


「グゥゥゥゥー」


 魔物の鳴き声はだんだん小さくなっている。魔物は近づいてこないが離れてもいかない。ただ鳴き声がする間隔はだんだん長くなり益々小さくなっている。


 俺は勇気を出して隠れている場所から通常の通路に出た。そしてゆっくりと鳴き声がするほうに近づく。この辺りの通路はとても広い。それこそバジリスクが横に2体並べるほどだ。その通路は緩やかに右に曲がっていた。


 そしてそれが…通路の先のそれが、俺の目に入った。


 巨大な体を蹲らせて苦しんでいるその魔物は、それは確かにバジリスクではあるのだが明らかにさっきまでのバジリスクとは異なっていた。一回り大きいし額から大きな角が一本伸びている。全体的にはバジリスクなのだが、まるで魔物の最強種であるドラゴンのようだ。

 さっきの地震で崩れた巨石が魔物を直撃したのだろうか。よく見るとその魔物は頭部から血を流しており周りには大きな岩の破片のようなものが散らばっている。蹲っている魔物の周りに血だまりが広がっている。もう今にも魔石を残して消えてしまいそうな状態に見える。


 こいつは明らかに普通のバジリスクとは違う。しかしこの魔物はボスではない。なぜならボスはボス部屋にいる。ボスでないとすれば答えは一つだ。


 これは特殊個体…この世界で御遣様と呼ばれている存在、そう、俺に『雷弾』を授けてくれた紫色のスライムと同種の存在だ!


 特殊個体はその階層の一般魔物よりはかなり強く危険な存在だ。その分経験値は非常に多い。その点ではボス魔物に近い存在だ。おまけに倒すとスキルが得られる。ゲームの中では出会えればラッキーな魔物と言える。しかし、ここは現実の上、俺のレベルは6に過ぎない。


 普通なら絶対に倒せない。だがこの御遣様は瀕死の状態に見える。今の状況を考えれば、これは正に神様からの贈り物だ。


 俺は意を決して剣を構えると御遣様に近づく。気配を感じたのか御遣様は首を少しだけ持ち上げた。薄っらと目を開け俺を見ると諦めたようにまた目を閉じて首を下げた。


「よし!」


 俺が気合を入れてさらに御遣様に近づこうとした瞬間、御遣様が突如首を持ち上げたかと思うと体全体に紫の靄のようなものを纏い、バチバチと音を立てた。そして大きく口を開いた。


 ブ、ブレスでも来るのか? バジリスクの攻撃は物理攻撃だけじゃなかったのか? それとも…噛み殺されるのか?


 どっちにしても終わりだ!


 まるで体全体の毛が逆立つような威圧感を感じた。

 

 ああ、俺はここで死ぬのか…。


 俺は思わず剣を落とした。カランと間の抜けた音が迷宮にこだました。恐怖で体が動かない。死にかけだからチャンスだなんてとんでもない。


 父さん、母さん…ごめん。どうやらもうすぐ会えそうだよ。


 ここは前世のゲームのような世界だけど、俺にとって父さんや母さんはゲームの中のNPCなんかじゃなかった。俺を愛してくれたかけがえのない両親だった。そう思ったらなんだか腹が立ってきた。


 くそー、こんなとこで死んでたまるか! まだ、アディだって助けてない!


 俺は歯を食いしばって落とした剣を拾い上げた。父さんの形見の剣だ。


 どのくらい時間が経ったのだろう…。


 俺と御遣様は睨み合っていた。御遣様はなんだか俺を見極めようとでもしているみたいだ。御遣様は攻撃してこない。それどころか御遣様は頭を下げ目を瞑ると最初に見たときと同じ態勢で蹲った。いや、最初に見た時以上に弱っていて、いよいよ死を待つばかりのように見える。


 突然、御遣様が目を開けて俺を見た。


 倒されることでふさわしい人間にスキルを与える。それが御遣様という存在だ。もしかして…自分を殺せと促しているのか?


 御遣様は、まるでそうだとでも言うように目を閉じて頭を下げた。


 俺はゆっくりと御遣様に近づく。


 ぴちゃ


 足元から音がする。血だまりを踏んだのだ。御遣様は目の前にいた。目を瞑って、まるで俺に首を差し出しているようだ。


 それがお前の役目なら俺がスキルを貰ってやる!


 心の中でそう呟くと、俺は御遣様の首に剣を振り下ろした。


 何度も何度も…。


 剣を…振り下ろした…。

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