8-2(魔獣狩り前夜1).
「今回の魔獣狩りは初回のやつじゃないかと思う。ストーリーの中のイベントの一つだよ」
「インプレサリオ、どういう意味なの?」
「プリマドンナ、魔獣狩りは曜日とか時間が決まっていて繰り返し行われるフィールドイベントだ」
「それは知っているけど…」
「だけど、最初はストーリーの中のイベントとして発生するんだ。そのあとは定例のフィールドイベントとして定着する。場所や曜日によって推奨されるプレイヤーのレベルも違う」
「そうか。今回のはストーリーの中で発生する最初のやつってことね」
「なるほどっス」
魔獣狩りはストーリーの中で1回発生すると、その後は、いろいろなレベルのプレイヤーのために様々な場所で開催される。
「初回の適正レベルってどのくらいだったか覚えていますか?」
「初回のは主人公が二年生も後半になる頃に発生するイベントよね」
「今がそうっスね」
マエストロも主人公も二年生だ。
「『迷宮物語』での今の時期の主人公のレベルって40くらい? もっと上だったかしら?」
『迷宮物語』では主人公はカイル探索者養成学園を卒業する頃にはレベル59でカンストする。二年のこの時期ならレベル40を越えているくらいだろうか? だが、現実には…。
「『迷宮物語』ならともかく、この世界で主人公がレベル40になっているとは思えないっス」
「そうね。でも、もしこの世界の魔獣狩りが『迷宮物語』の時の主人公に合わせたような難易度なら…」とプリマドンナが少し顔を顰めて考え込んだ。
「ええ、僕が心配しているのはそこです」
『迷宮物語』での魔獣狩りは、1000人以上のプレイヤーが参加するイベントだ。一応参加上限数もあったはずだが…。
「この世界の騎士団に対応できると思いますか?」
「無理っスね」
「マエストロの言う通り無理だわ」
レベル40が適正なイベントをこの世界の騎士団がクリアできるとは思えない。
「この世界の主人公のレベルに合わせて難易度が決まるのかもしれない」
「その可能性もあるわね。マエストロ、今の主人公のレベルってわかるの?」
「わからないっスよ。ああいうのは個人情報っスから。そういえば主人公のパーティーが10階層をクリアしたって話はだいぶ前に聞いたっス。だから、上級職にはなっていると思うっス。主人公が『光の守護者』のおかげで普通より強いとしても、せいぜい25くらい…30にはなってないと思うっスけど…」
普通に考えればそのくらいだろう。ただ、主人公は、セシル・バークリーが相手にならなかった魔物から生き残っている。例のアルメッサー辺境伯領での戦争でもアデレード・アルメッサーと一緒にいたらしい。
もしかして主人公が…。
「今の主人公のレベルに合わせた難易度の魔獣狩りになるとしても、騎士団にとってはかなり手強い相手だ」
「そうっスね」
「もし、『迷宮物語』通りの難易度なら…」
「無理ゲーっスね」
「インプレリオ、これまでも、この世界では魔獣狩りはあったのよね? この世界では初回じゃないわ。そして、なんとかなっているわ」
プリマドンナが指摘したことは正しい。確か去年は王の子供のうちアルバート殿下だけが参加したと聞いている。
「確かに。だが、これまでのはストーリーと関係ないやつだったんだと思う。注意するに越したことはないよ」
「そうね」
「とにかく、僕達はアルバート殿下の陣営で魔獣狩りに参加する。この世界の者達のレベルを確認するいい機会でもある」
「わかったっス」
「わかったわ」
グレアムは黙って頷いている。
「それで従者団を全員参加させるの?」
「ああ、そうするつもりだ。まだ50人ほどだけどね」
ヴィガディール男爵従者団は着実に人数を増やして今や50人に達した。全員魔獣狩りに連れて行く予定だ。さっきの話の通り、魔獣狩りが想像以上に難易度の高いイベントである可能性だってある。
「従者団のレベルって平均でまだ30にはなってないっスよね」
「そうだね。平均したらまだ30には足りていない。だが35を越えているラングレー達もいる。王国騎士団に比べればはるかに上だ」
王国騎士団ではレベル10を越えて15くらいになれば小隊長になれる。ほとんどの騎士はレベル10程度だ。それ以下の新人だっている。一方でジギルバルト団長のような強者もいる。中隊長でレベル25、大隊長でレベル35といったところだ。アマデオ侯爵騎士団はさらにそれよりレベルが下だ。王国騎士団と比較してもヴィガディール男爵従者団がかなりの強者集団であることは間違いない。
「普通に考えれば、僕達が力を貸せばアルバート殿下の陣営が一番活躍できるはずだ」
僕達は最近になって最上級職になることができた。だけど、20階層のヒュドラはクリアできていない。ちなみにダゴン迷宮20階層のボスであるヒュドラは、ザルバ大迷宮20階層のボスでもある。ダゴン迷宮のボスはすべて他の迷宮のボスの使い回しである。
「私達の次に活躍するのはクリスティナ王女の陣営かしら」
「だな。ジギルバルト騎士団長はクリスティナ王女の陣営だ」
「ちょっと不公平じゃないの」
「うーん、どうだろう。ジギルバルト団長はアルメッサー辺境伯派の領地の出身だから仕方ないんじゃないかな」
「クリスティナ王女の母でもある王妃様はアルメッサー辺境伯派の有力の貴族の出ですものね」
「とにかく、アルバート殿下の陣営が一番なのは間違いない。僕達が力を貸すんだからね」
従者団もかなり育ってきたし、僕達自身が全員最上級職になっているのだから、そうなるはずだ。僕達よりレベルが上なのはジギルバルト団長くらいだろう。
★★★
「クリスティナ様…」
考え込んでいるクリスティナを前にジギルバルトが心配そうに尋ねた。
「ジギルバルト…。そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫ですわ」
似ている…。クリスティナの憂いのある表情を見てジギルバルトは思った。クリスティナの母は幼い頃からジギルバルトがよく知るヴィクトリアだ。今ではこの国の王妃だ。
ヴィッキー……。
「今回の魔獣狩りにレオニード達を誘ったようですな」
ジギルバルトはガガス迷宮で会ったレオニードのことを思い出した。アルメッサー辺境伯の娘のアデレードが連れて来たのだ。只者ではなかった。
「ええ」
クリスティナはジギルバルトからガガス迷宮であったことを報告を受けている。だが、レオニード達を魔獣狩りに誘ったのはその報告を受ける前だ。クリスティナはザルバ大迷宮であのセシル達が全く相手にならなかった黒い魔物からレオニードが生き残った時から彼に注目していた。
ジギルバルトは黙ってクリスティナを見つめている。クリスティナにはジギルバルドが訊きたいことがわかった。クリスティナは聡明な王女だ。
「私にはよくわからないのです」
「よくわからない?」
「ええ、ストレイドお兄様のことが…です」
「ストレイド様が?」
「ええ、私はもともとお父様の後継者になりたいと思ってはいません。後継者はアルバートお兄様でも、ストレイドお兄様でもかまわないと思っていました」
そしてゴドウィン王はストレイドを選んだ。しかし、その後ガガス迷宮でクリスティナが『超回復』を授かったことによって、ゴドウィン王の心はたぶん揺れている。クリスティナが『超回復』を授かったことを神からの啓示か何かだと思っていることは間違いない。
「考えが変わったのですか?」
クリスティナ自身も女王になりたいと思い直したのだろうか? そう思ってジギルバルトは尋ねた。しかし、クリスティナはその質問には直接答えず別のことを口にした。
「最近、ストレイドお兄様の周りに黒い靄のようなものが見えることがあるのです。私にしか見えないのかもしれませんが…」
「黒い靄のようなもの…?」
「ええ、それに、ストレイドお兄様は王国騎士団とは別に自身の親衛隊を組織しているでしょう」
それはジギルバルトも日頃から苦々しく思っていることだ。しかも…。
「親衛隊は尋常でない強さを持っています」
クリスティナの言葉にジギルバルトは頷いた。ジギルバルトとて何も知らないわけでも調べていないわけでもない。探索者クラン『グリフォンの鬣』がストレイドの息のかかったクランだというのはわかっている。もともとあのクランは王家との繋がりがあった。調べるのはそれほど難しいことではなかった。ストレイドはあのクランを使って親衛隊を組織し強化している。
尋常ではない強さの親衛隊を…だ。
その強さはジギルバルトもはっきりとは把握はできていない。だが『グリフォンの鬣』や親衛隊のメンバーが頻繁に20階層近くまで行っているのをジギルバルトは把握している。そもそも15階層より下に行ける者は限られている。
「ジギルバルト、さっきの質問に答えましょう。もし、ストレイドお兄様がこの国のためにならないことを考えているのなら、私は女王になるも厭いません」
今後のことを考えて、クリスティナは不思議な力を持っているのではないかと思ったレオニードを魔獣狩りに誘った。お父様がこの魔獣狩りを子供達の力を確かめるために利用しようとしていることは明らかだ。
なるほど、そういうことか…。ジギルバルトは一人納得した。
ジギルバルトはもともと贔屓目でなく王の後継者にふさわしいのはクリスティナだと思っている。だが、クリスティナが望まないのらそうならなくてもいいとも思っていた。
だが、クリスティナが望むのなら…。
それにクリスティナの言う通り、最近のストレイドの動きには不穏なものを感じる。クリスティナが見た黒い靄のようなものとは…。
もしかすると…。




