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8-1(プロローグ).

 僕は父さんと母さんに見放された…。


 著名な音楽家である父さんと母さんは僕に小さなマンションを買い与えた。僕は隠れるように生活をさせられている。サラブレット中のサラブレットなのに全く走れない僕は彼らの汚点だ…。


 どうせなら、父さんと母さんの金を使って好きなことをしよう。これまで、練習しかしてこなかったんだから…。


 練習からは解放されたけど僕は自由になったとは言えない。僕にはピアノを弾く以外何もできなかった。そのピアノですら人前に立つと満足な演奏ができない。


 そんな僕にも輝ける世界があった。それは作られたゲームの世界だ。


 そこでは僕は主人公だった。そして他のあまたいる主人公達、プレイヤー達も僕の前にはひれ伏すしかないのだ。


 僕は他のプレイヤーを自分の思うまま動かすことに夢中になった。


 どうしても、そうぜずにはいられなかった。


 僕は狂っている。


 でも…ゲームの中ならそれで捕まったりすることもない…。


 そう、ゲームの中なら…。





★★★





「今年はストレイド殿下自ら参加されるのですか?」

「ああ、今年はクリスティナも参加するらしいじゃないか」

「そのようですな」

「ならば、王太子の私が参加しないというわけにもいくまい」

「仰せの通りで」


 ストレイド王太子派である宰相のウィリアム・シザーズは恭しく同意した。


 ゴドウィン王の後継者は一応ストレイドと決まっている。ストレイドが王太子に定められたのはもう6年近くも前のことだ。それには宰相のウィリアムもいろいろと根回しに動いた。だが、未だに後継者争いは決着しているとはいえない。ちょっとしたことで覆るかもしれない。特にクリスティナ王女の存在は厄介だ。4大貴族の中で唯一王族派であるアルメッサー辺境伯はクリスティナ王女派だ。クリスティナの母である王妃がアルメッサー辺境伯派の重鎮であるアッパーヒル侯爵家の出身だからだ。年もストレイドとクリスティナは同じだ。母が違うのである。王妃の子供はクリスティナだけだ。


「クリスティナの国民からの人気は高い」

「それは…。ストレイド様とて」

「世辞は良い」


 クリスティナは兄のストレイドから見ても可愛らしい容姿をしている。容姿というのは意外に大事だ。しかもクリスティナは生まれつき最上級回復魔法スキルを持っている。しかも近年それが公表されたことによりクリスティナの人気はさらに高まった。巷ではおとぎ話の中の存在である伝説の大聖女とクリスティナを同一視する者達さえいる。別にストレイドだって不人気というわけではない。だが、クリスティナの人気には到底及ばない。それは自分でもわかっている。


 それに…。


「アルバート兄上も迷宮の発見によって存在感を増している。こんな状況だ。とりあえず、今年の魔獣狩りでは王太子としてふさわしい活躍を見せる必要がある」


 魔獣狩り、これは王家が国民のために汗を流していることを見せるパフォーマンスの一つだ。今年は昨年参加したアルバートだけでなくストレイドとクリスティナも参加する。どうやら今年の魔獣狩りは3人の王の子供達が国民に競ってアピールする場になりそうだ。実際に民の間でも話題になっているらしい。


 そろそろ多少力を見せてもいい時期だろう。ストレイドはそう思っている。ストレイドは転生者だ。そしてこの世界はストレイドが前世でプレーしていたゲームの『迷宮物語』の世界だ。ストレイドはその権力を使って『迷宮物語』時代のクラン『流浪の傭兵団』の仲間であるタロス、レヴィア、バルベリの3人を探し出した。マスターも自ら訪ねて来てくれた。そしてストレイドの地位とマスターの知識のおかげでストレイド達はこの世界で並ぶものない力を手にした。だが、最初にその成果を試す場となるはずだったアルメッサー辺境伯領での戦争は中途半端な結果に終わっただけでなくタロスの死という思いもかけない結末を迎えた。


 タロス…。必ず敵は討ってやる。


 『迷宮物語』のシナリオでは、ほっておいても王家の後継者争いに4大貴族が絡んで戦乱の時代になるはずである。それはストレイドにとっても望むところだ。このまますんなり王太子から王になっても面白くない。魔獣狩りは現在の『流浪の傭兵団』と『TROF』の力を計る良い機会になるだろう。


 だが、気になることもある…。


 死んでいるはずのアデレードが生きている。どうやら、既にシナリオからは外れている。今後、この国がどこへ向かうのかはストレイドにもわからない。


「今年の魔獣狩りにはストレイド様、アルバート様、クリスティナ様の3人が王国騎士団300人ずつを率いて参加する。これが陛下のご指示です」


 ストレイドの父であるゴドウィン王はストレイドを王太子に指名しながら未だに後継者を誰にするか迷っている。少なくともストレイドはそう感じている。だから、いろんな機会に子供達の能力を試そうとしているのだ。

 ストレイドとクリスティナは同じ年である。母が違うだけだ。ストレイドもカイル探索者養成学園に入学しようと思ったこともあった。もちろん実力を表に出せば入学することは可能だった。だが、結局それは止めておいた。『迷宮物語』でストレイドはカイル探索者養成学園の生徒ではなかった。そのストレイドが学園に入学していることを、おそらく存在するだろう他の転生者、特に『TROF』の奴らに知られたくなかったからだ。 


「僕の親衛隊を魔獣狩りに同行させるのは問題ないだろうね」

「はい。殿下が自力で整えた戦力ですから陛下もお認めになるでしょう。それはアルバート殿下やクリスティナ王女も同じです」


 ストレイドの親衛隊は100人規模で『迷宮物語』の知識、特にマスターの知識を使って迷宮で鍛え上げた者達だ。実は『グリフォンの鬣』から席を移していない者を含めると実際には倍の200人の戦力を有している。すべてを表には出してはいない。そして彼らはの平均レベルは40に近づいている。上位の者達の中には、少数だがレベル41を越え最上級職に至る者が現れ始めている。マスターの知識のおかげだ。あんなにいろいろなバグのようなレベル上げの方法があるとは…。もちろんストレイドの王太子の権力による人材発掘おかげでもある。


「わかりました」と馬鹿丁寧に頭を下げた宰相のウィリアム・シザーズはストレイドの執務室を辞した。





★★★





 ストレイドことベルゼフはふーっと溜息を吐いた。食えない奴だ。ベルゼフは宰相のウィリアムのことを頭から追い払うと、今後のことに思考を移した。 


 ベルゼフの現在のレベルは51である。職は最上級職の聖剣士だ。『迷宮物語』でのベルゼフは神聖剣士だったから同じ道を歩んでいる。回復もできる継戦能力の高い職だ。ベルゼフ達4人は既にザルバ大迷宮20階層をクリアしている。ただし、一緒にクリアした仲間の一人タロスは死んでしまった。これまでのところ、タロスの件だけが想定外だ。


 そろそろ25階層に挑戦してもいい頃だ。だが、タロスを失った今、3人で挑戦するのは躊躇われる。ただ、それは大した問題ではない。25階層に到達しさえすれば必ずしも25階層のボスをクリアしなくても59に達することは不可能ではないからだ。まあ、時間は掛かるが…。

 ただ、ベルゼフ達がリードしている間に、早めに決着をつけたほうがいいかもしれない。なんといっても奴らはダゴン迷宮を確保しているのだから…。


 とりあえずは魔獣狩りだ。


 魔獣狩りに連れて行く親衛隊100人の中にはカニーノとヴェライア、それにマガロもいる。問題ないだろう。カニーノは最上級重槍士、ヴェライアは魔導士、マガロは回復役で聖者だ。彼ら3人は親衛隊の中でもトップクラスで最近になって最上級職に就くことができた。それでも、ベルゼフ達には劣るし3人に続く者も多くはない。


 レヴィアかバリベリを連れて行けばいいんだろうが…。


 先だっての件を考えると手札をすべて晒すのはまだ早い。それに今回の目的は多少力を示すこと、ダゴン迷宮を確保している『TROF』に奴らの現状のレベルを確認することの二つだ。それによって、今後の行動を決めるつもりだ。それが、マスターの判断だ。


 それにしてもマスターはどこにいるのか? 


 ベルゼフは、しばらくマスターには会っていない。前回会った時には、ベルゼフが勝手に主人公達を迷宮で襲わせたことを、きつく叱られた。実際、迷宮で何があったのかはわからない。主人公の可能性がある平民の生徒を襲えと指示したのだが、返り討ちにあったのだ。なんなら平民の生徒を3人とも殺せばいいとベルゼフは思っていた。ベルゼフにとってはこの世界の人間などただのNPCだ。


 そして、コレオグラファーが関わっていることがはっきりした。なんとコレオグラファーは「グリフォンの鬣」を脅してきたのだ。


 コレオグラファー…。


 主人公の周りにはコレオグラファーがいる。まさか、主人公自身がコレオグラファーなのか? ありえるが、生存者がいない以上、何があったのか確認する方法はない。


 ベルゼフだけではない。オルデン聖国の奴らも失敗したらしい。当然ベルゼフは探索者狩りの犯人を知っていたが、ベルゼフ達以外の有望な探索者が殺されるのは悪くないともって見逃していたのだ。まあ、探索者狩りはもともと主人公に潰されるイベントだから仕方がないが、それにして決着の仕方がベルゼフの知っているものとはちょっと違った。それにしても…あれは…。


 タロスの死後、ベルゼフに伝えられたマスターの指示はとりあえず魔獣狩りに参加しとけだ。


 くそー! 面白くない。


 ベルゼフは…ストレイドは王太子だ。この世界ではマスターより権力を持っているのだ。


 まあ、いい…。


 ベルゼフはマスターすら利用してやろうと思っている。ただ、コレオグラファーのことを考えるとベルゼフは不安になる…。実際に『迷宮物語』では何度も煮え湯を飲まされた。だから、もう少しマスターの力が必要だ。マスターが『迷宮物語』に参加したのはコレオグラファー達より遅かった。そうでなけば勝っていたのは『流浪の傭兵団』のほうだ。今でもベルゼフはそう思っている。実際に何度か陣営戦で『TROF』に勝利したこともあった。


 まあ、コレオグラファーのことがはっきりするまではマスターに従う振りをしておこう…。そうすれば、この世界で勝つのは『TROF』ではなく『流浪の傭兵団』に、いやベルゼフになるだろう。


 その後は…。


 ベルゼフの周りに黒い靄のようなものが漂っていた…。それはまるでベルゼフの心の裡のようだ。

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