1-8(滑落).
カイル探索者養成学園入学まであと1ヶ月だ。俺は今日もゴレイア迷宮2階層でレベル上げに励んでいる。
2階層では、左の通路を行くと角兎、真ん中の通路行くと狼の魔物が、右の通路を行くとワイルドボアに似た猪の魔物が出現する。狼の魔物と猪の魔物はいずれもかなり力があるし素早さもなかなかだ。HPも高いので『スラッシュ』でも一撃とはいかない。その代わり角兎と違って今のところ一匹でしか現れない。
今日は真ん中の通路を選び俺が魔狼と呼んでいる狼の魔物を討伐している。既にかなりの数の魔狼を討伐した。
そろそろ帰るか…。
「んっ!」
通路の枝道から一匹の魔狼が飛び出してきた。既にこの辺りに慣れている俺は魔狼の突進を難なく回避した。別にスキル『回避』を持っていなくてもこのくらいはできる。
「『雷弾』!」
バリッ!
次の瞬間には俺の放った『雷弾』が魔狼を捉えていた。
「グフッ」と魔狼が苦しそうな声を上げて蹲ったのを見逃さず『二段斬り』『スラッシュ』とスキルを使った。
これで終わりだ。魔狼は既に魔石に変わっている。
『二段斬り』は打ち終わりにほんの少し隙がある。なので『雷弾』の硬直効果が続いている間に『二段斬り』から『スラッシュ』まで繋いだ。このようなスキルでの連続攻撃のことを『迷宮物語』ではコンボと呼んでいた。コンボは繋がれば繋がるほどスキルの威力が上がっていく仕様だ。なので最後の『スラッシュ』は単独で放った『スラッシュ』よりかなり威力があったはずだ。
こうして迷宮でレベル上げをしている間に、俺には気がついたことがある。
それは、『迷宮物語』でPSと呼ばれていたものに近い技術がこの世界にも存在するってことだ。それは訓練や努力で身に着ける必要がある技術だ。単にレベルが上がりステータスが上昇しただけでは足りない何かがこの世界にもある。そう、俺が幼い頃からやってきた剣の訓練は無駄ではなかったのだ。考えてみれば、『迷宮物語』時代もお金の力で最強装備を得たプレイヤーをPSの差で打ち負かすのは気分が良かった。ゲームの時代ですらステータスや装備以上にPSは重要だったのだ。
「あー」
俺は思わず間の抜けた声を発してしまった。これまで何度か感じたあの感触、そうレベルアップした手応えを得たからだ。
俺は急いで頭の中でステータスを見る。
【レオニード・メナシス 14才】
<レベル> 6
<職業> 剣士3
<スキル> スラッシュ、二段斬り
<魔法スキル> 雷弾
やっぱりレベル6になっている!
だけど、レベル6ではアディたち特待生にはまだまだ及ばない。それに、記憶がはっきりしないところがあるのだが、アディの死を防ぐには単にカイル探索者養成学園に入学すればいいというわけではない。俺はまだ第一関門を突破しただけだ。あれを防ぐためには、この世界でも有数の強者になる必要がある。そう、あの時点では主人公にさえ防げないのだから…。
それにしても…。
カイル探索者養成学園には主人公がいるのだろうか? 『迷宮物語』はMMORPGだからプレイヤーは全員主人公だった。だが、さすがにこの世界では一人だろう。あと気になるのは俺以外の転生者の存在だ…。カイル探索者養成学園に入学すれば会いそうな気もするが…。
まあ、焦ってもしょうがない。今日はこの辺にしとくか…。
1階層まで戻った俺はスライムを倒しながら出口を目指す。もうスライムはスキルを使うまでもなく倒せる。俺にとっては既に通い慣れた道だ。だが、油断は禁物だ。ここは死んだら終わりの現実世界なのだから。スライムに殺されて死ぬ人だって毎年のようにいる。
俺の視線の先に一際明るい場所が見えた。出口だ。ほっとする気持ちが広がるのを押さえて、まだ油断するなと自分に言い聞かせる。
その時、突然周りの景色ブレた!
ゴゴゴゴォォォーー!
な、なんだ!
そうか! この辺りは地震が多い地域だ。
それが地震だと気がついた俺は頭を庇うようにしてその場に蹲った。天井から岩のようなものが降ってくる。
痛い!
ゴゴゴオォォー!!!
後方から一際大きな音がしたので振り返る。俺が目にしたのは、俺が歩いてきた方からこっちに向かって迷宮の床が崩れていく様だ。
なんで、こんなことが!
まるで現実離れした光景だ。俺は慌てて出口に向かって走る。焦りで足がもつれる。
ああー、間に合わない! 気持ちばかりが焦り足が前に出ない…。
既に床の崩壊は足元まで迫っていた。
ゴゴゴゴォォォーー!!!!!
また地面が大きく揺れた。同時に俺の体は地面に吸い込まれるように沈み、あっという出口の明かりは見えなくなった。
「ああああーーー!!!」
俺の悲鳴は地面が崩れる轟音にかき消される。俺は崩れた迷宮の壁に沿ってかなり高さを滑り落ちて行く。ほぼ垂直に近い角度で落ちている。
このまま死んでしまうのか…。
いや、死ねない。父さんのように立派な騎士になるのが俺の目標だ。カイル探索者養成学校にだって通えるようになったんだ。それに、まだアディを助けていない…。
俺は持っていた剣を迷宮の壁に突き立てようと試みた。迷宮の壁に剣を突き刺すこと無理だったが、落下速度は少し緩やかになった気がする。
ギギギィィィーーー!
迷宮の壁と剣が擦れて鈍く耳障りな音を立てる。
剣を離さず壁に押し付ける手に力を籠める。
グゥギギギギギィィィィーーー!
迷宮に一層耳障りな摩擦音が響く。
しばらくするとほぼ垂直だった壁に角度が付いてきた気がした。落下速度が一層緩む。それでも体のあちこちが壁に当たり気が遠くなる。
まだ死ねない!
俺はまだ何も成し遂げてない。父さんと母さんのところに行くのはもう少し先だ。
俺は、既に感覚の無くなっている剣を握る手に一層の力を籠めた。
★★★
次に気がついた時、俺はひんやりとした迷宮の床にうつ伏せに倒れていた。すぐ傍には俺の命を救ってくれた剣が落ちている。父さんの形見の剣だ。
俺は自分の状態を確かめる。
全身擦り傷や打ち身だらけで、両手の掌は血塗れだ。でも、なんとか命は助かったし大怪我はしていない。それでも体中が痛い。持っていた下級ポーションが一本だけ残っていたので飲むと少し楽になってきた。残りの2本は落下する時になくしてしまったようだ。それにしてもかなりの距離を落ちてきた。
辺りを見回すと、俺が倒れていた場所から前後に通路が伸びている。一方の先には少し開けた場所があるのが見える。ゆっくりと立ち上がり、体のあちこちを動かしてみる。打ち身や擦り傷だらけではあるものの、下級ポーションのおかげかなんとか動けそうだ。運がいいとしか言いようがない。
俺は落ちていた剣を拾うと少し開けた場所がある方に向かって歩き出した。地震で崩れた場所から何層も落下してきたようだが、こんな深い場所でもある程度の明るさがある。学者によると迷宮とは魔素の濃い場所にあり、その影響らしいが俺には当然理解できない。本当のところはゲームに都合よく設定されているだけだと言っても誰も信じてくれないだろう。
「グルルルゥゥー」
魔物と思われる不気味な声が、ここが迷宮の、しかもかなりの深層であることを思い出させる。俺は、声の聞こえた少し開けた場所を覗き込む。
その広間のような場所の奥にいたのはバジリスクだ。しかも2体。バジリスクは蛇の魔物で目を合わせると石化すると言われることもある。このバジリスクは蛇というより尻尾の長い巨大な亀のような姿で鱗に覆われている。それに4本の足がある。『迷宮物語』と同じなら目を合せても石化したりはしない。こいつの攻撃は物理攻撃だけで、尻尾でのなぎ払い、踏みつけ、頭を振り上げるなどだ。『迷宮物語』では比較的よく登場する魔物だ。
『迷宮物語』で見慣れたバジリスクが本当に生きた姿で目の前にいる。現実の世界で見ると凄い迫力だ。その威容に俺は圧倒されていた。
バジリスクは出現する場所によってレベルに違いがある。ゴレイア迷宮のバジリスクと言えば…。
ゴレイア迷宮はプレイヤーが雷系魔法スキルを取得しやすくするために3回目の大型アップデートで追加された迷宮だ。レベル上げが目的の迷宮ではないので比較的クリアするのは容易だ。その最深部は10階層である。そして10階層で登場する魔物こそバジリスクだ。
ここはゴレイア迷宮最深部の10階層で間違いない。『迷宮物語』のプレイヤーにとっては比較的クリアするのが容易な迷宮かもしれないが、現実世界の住人でレベル6の俺にとっては死と隣合わせの場所だ。『迷宮物語』の運営が設定した10階層の攻略適正レベルは20だ。安全マージンを取っての攻略が一般的なこの世界なら25は欲しいところだろう。しかもそれは4人パーティーで挑んだ時の話なのだ。
絶望的な状況だ…。




