7-1(プロローグ).
「み、みんな死んじゃった…」
俺は泣いている彼女を黙って見ていた。
「わ、私だけが生き残って…。回復役の私だけが生き残って…。み、みんな…ごめんなさい…」
俺の前で震えているのは、探索者クラン『月夜の誓い』に所属するパーティーの回復役であるメアリーだ。ザルバ大迷宮の12階層でメアリー以外のパーティーメンバーが殺されたのだ…。
「リーダーは私を庇って…。他のパーティーが近づいてこなかったら私も殺されていた…」
俺は黙ってメアリーの話を聞いていた。この世界に転移してきた俺にとってメアリーはNPCにすぎない。なのに…。
俺は、初めてメアリーに会った時のことを思い出した。
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俺はこの世界に転移した。あのオフ会の時、俺達『TROF』の幹部が集まっていたテーブルを黒い靄のようなものが包んだと思ったら、床が光り魔法陣が浮かび上った。不愉快な音が脳内に響き渡り気がついたら俺は迷宮の中で倒れていた。後でわかったのだが、そこはザルバ大迷宮の25階層のボス部屋を抜けたところにある部屋だった。転移魔法陣のある部屋だ。そして部屋は行き止まりだった。26階層より下へ行く通路は見当たらなかった…。
俺はゲームの世界に、『迷宮物語』の世界に転移したのだ。俺が使っていたゲームのキャラクターそのままの姿で…。
転移魔法陣で一階層の安全地帯に転移した俺が迷宮の外に出ると、そこは『迷宮物語』で見た王都カイルそのままの街だった。いや、全く同じではない。それは俺自身もだ。皆、生きている。肺に街の空気が流れ込む感覚はゲームではなかったものだ。
これからどうしたらいいのか? 俺には全くわからなかった。誰だって自分の身にこんなことが起こればそうだろう。そもそも、あの時一緒にいた『TROF』の仲間達はどうなったのだろうか?
俺はそれからしばらくカイルの街で過ごした。金には全く困らなかった。状況を理解した俺は、怪しまれないようにアイテムボックスの中に入っていた初期装備を身に着けて情報取集した。街でいろいろ訊き歩いた結果、この世界はちょうど『迷宮物語』がスタートした時期だと知った。
「今年はクリスティナ王女様が入学したんだよ。生まれつき『超回復』という最上級回復魔法スキルを持ってるんだって。凄いよね」
最初に俺にそう教えてくれたのはメアリーという探索者だった。銀髪を短く切り揃えた人懐っこい女性の探索者で、いかにも怪しい俺の質問にものおじせずに答えてくれた。メアリーの髪は女性の髪などに疎い俺でも短く切るのはもったいないと思うほどの美しい銀色だ。パーティーでは貴重な回復役らしかった。メアリーは20代前半の若者達でパーティーを組んでいた。しかも若いのに『月夜の誓い』というクランを設立している。この世界で知り合いもいない俺は、メアリーからいろいろとこの世界のことを聞くうちにメアリーのパーティーメンバーとも親しくなった。彼らは『月夜の誓い』の幹部でもある。この世界で独りぼっちだった俺に、ものおじせずに話しかけてくれたメアリー達のことを、俺は思った以上に気に入った。
「なるほどねー。それにしてもヴィルトゥオーゾさんは詳しいですね」
俺が15階層のボスであるケルベロスの特徴や攻略方法を説明すると、そう言って感心してくれたのはメアリーのパーティーの盾役のグレンだ。なんでも15階層から上の迷宮ボスの攻略方法などは公表されていないのだという。俺はメアリー達から話を聞いてこの世界の探索者達が思いの外レベルが低いことに気がついていた。
「まあ、帰還の腕輪は貴族が独占してますから、なかなかボスに挑戦するのは難しいですけどね。うちのクラン程度ではなかなかね…」
そう言ったのは、クランリーダーでありメアリーのパーティーのリーダーでもあるコールマンだ。
この世界ではボス攻略は文字通り命がけだ。だから帰還の腕輪とかいう一回だけ撤退できるアイテムを身に着けてボスに挑むのが常識とされているらしい。だが、その帰還の腕輪は非常に貴重らしく貴族の奴らや大手クランが独占しているという。その大手クランも貴族と繋がっているところが多いらしい。
帰還の腕輪も攻略方法も貴族や大手クランが独占している…。帰還の腕輪っていうのはゲームと違って死んだら終わりのこの世界のために用意されているアイテムなんだろう。
「なるほどな。じゃあ、メアリー達はどうやって5階層のボスや10階層のボスをクリアしたんだ?」
俺が15階層のケルベロスについて話したのは、メアリー達が10階層はクリアしていると言ったからだ。この世界ではメアリー達のようにレベル21を越えて上級職に就いているのは者は稀だ。メアリー達はちょっと名の知れた探索者だと言う。だからこそ若くしてクランを設立できたのだ。
「最初は『月夜の誓い』を設立する前に所属していたクランのマスター達のパーティーに一人ずつ入れて貰ってクリアしたんだよね」
なるほど、そんな方法があったか…。いわゆるパワーレベリングを一人づつしてもらったということだ。
「私が最後だったんだ」
「それは…?」
「回復役が初めてなのが一番危険だからだよ。かなり詳しく説明された上に、練習もして、さらに私の時が一番レベルが上がってからやってもらったんだよ」
なるほど。回復役は重要だ。パワーレベリングと言っても命がけには変わらないからそうなるのは頷ける。
「でも、それも10階層までね」
そう言ったのは、魔法使いのシーラだ。
「そうだよな」と盾役のグレンが肩を竦めてシーラに同意した。確かに『迷宮物語』でも15階層のボスからは飛躍的に難易度が上がる。
「せっかく、ヴィルトゥオーゾさんがいろいろアドヴァイスしてくれたけど、実際に15階層に挑戦するとなると、やっぱり帰還の腕輪がいる。まあ、前に所属していた大手クランとかいろいろ伝手を使って調達しようとはしてるんだが」
コールマンがそう言って話を締めくくった。
この世界では全体的にレベルが低い。だが、あの主人公らしき男は俺の黒獅子王を倒した…。一体どうやって? やっぱり主人公はチートな存在なのか? それともゲームの強制力ってやつなのか? そして、俺はその後エトワールにも会った。
黒獅子王を嗾けて主人公の実力を見るつもりが、まさかあんなことになるとは…。途中でケルベロスに遭遇したのも予定外だった…。俺は『迷宮物語』への興味を捨てきれず主人公の様子を見に行ったのだ。
だが、その主人公でさえ、とうてい俺の相手になるとは思えなかった。エトワールだってそうだ。つまらない。あの時、俺はそう感じた。
そうそう、俺は主人公を見に行く前にカイルに支店のある『B・リュス』という商会の存在に気がついてアマデオ侯爵領にある『B・リュス』の本店まで行ってみた。予想通り、俺はそこで『TROF』の仲間に会った。インプレサリオだ。だが、そこで会ったインプレサリオは『迷宮物語』でのインプレサリオではなかった。話を聞いてみると、どうやら俺と違ってこの世界に生まれ変わったようなのだ。その後に会ったエトワールと同じだ。
俺とは違う…。
そんな俺が、NPCであるはずのメアリー達には不思議なことに親しみ感じていた。だから15階層のボスであるケルベロスのギミックや攻略法も教えた。この世界に転移したのは今のところ俺だけだ。俺は世界最強だが孤独だ。そんな俺のこの世界における始めての知り合いがメアリー達だった…。
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俺は目の前のメアリーを見た。短く刈った銀髪をぐしゃぐしゃにして手で顔を覆って涙を流している。
「メアリー達を襲ってきたのは最近噂になっている探索者狩りの奴らか?」
「た、たぶん…」
それなら、俺のせいでもある。俺はアイテムボックスに山ほど入っているアイテムの中から、メアリー達に『迷宮物語』を始めた頃に手に入れたレア級の武器をプレゼントしてやったからだ。それを狙われた可能性がある。神話級や伝説級でもよかったのだが、ある程度メアリー達と親しくなった頃には俺にもこの世界の常識があった。
それでも、4人はびっくりして遠慮していた。それはそうだろう。レア級でもこの世界では貴重なものだ。それをただでくれる奴なんているはずがない。それでも俺は押し付けた。この世界のことを最初に教えてくれたお礼だ。俺なりのけじめのようなものだったのだ。
いや、正直に言えば、そんなことに関係なく俺はメアリー達が気に入っていたのだ…。
それはともかく、探索者狩りの話は俺も知っている。この世界の噂だけじゃない。あれは『迷宮物語』のイベントの一つだ。主人公のクラスメイトの何人かが犠牲になるはずだ。最後は主人公が王国騎士団と一緒にアジトというか黒幕であるクランを潰すとかいう話だったはずだ。
そのクランの名前は『南斗死星』だ。死星というのは4人の幹部のことを表しているらしい。厨二病的というかゲームでありそうな名前だ。クラン『南斗死星』には何か裏設定があったような気もするが覚えていない。
俺は目の前で泣いているメアリーを見た。メアリーはただのNPCだ。そして、これはゲームで決められたイベントの一つに過ぎない。主人公が強くなるためのイベントの一つだ…。
「メアリー、コールマン達の仇を取りたいか?」
「もちろんよ。許せないよ」
そうか…。




