6-1(アルバート殿下).
「アルバート殿下、こんな辺境までお越しいただき恐縮です」
僕は目の前の豪華な衣装に身を包んだファミール王国の国王ゴドウィン・ファミールの長男であるアルバート殿下に恭しく挨拶した。正直、こういうのは苦手だが、僕もこの世界で貴族になった以上慣れるしかない。
「うむ。男爵より送られてきたマントは見事なものであった」
「ありがとうございます」
僕はアマデオ侯爵を通じてアルバート殿下に贈り物をしていた。贈り物はマントで迷宮ボスからドロップするアイテムの一つだ。魔力(MP)を持続的に回復させる効果がある。アイテムは一度に異なった種類を5つまでしか身に着けることができない。ただし、この世界ではゲームとは違い別に5つを越えてアイテムを身に着けられないわけではない。ただ、6つ以上のアイテムを身に着けると効果が発動しなくなってしまう。
僕がアルバート殿下に送った妖精のマントは、ダゴン迷宮10階層のボスからのドロップ品だ。等級としてはレアだ。上位アイテムとして伝説級の上級妖精のマントや神話級の妖精王のマントなどがある。妖精のマントは珍しい上に見た目も華やかだ。これは贈り物にピッタリだと思ったのでアマデオ侯爵を通じてアルバート殿下に送った。アルバート殿下はアマデオ侯爵と親しい。殿下は僕が叙爵するのにも一役かってくれたのだ。もちろん、それにはアマデオ侯爵を通じて大金を投じたのだが…。
そのアルバート殿下が、アマデオ侯爵と一緒ではなく直接領都リュスを訪ねてきたのだ。僕には何か予感のようなものがあった。
アルバート殿下は長男だが王太子は次男のストレイドだ。アルバートもストレイドも側妃の子供だが、同じ側妃でもストレイドの母が伯爵家の娘であるのに対してアルバートの母の実家は新興の子爵家だ。そしてクリスティナ王女は正妃の子供である。ゴドウィン王の判断で王太子はストレイドを決まったが、長男のアルバートを押す勢力や正妃の子供であるクリスティナを女王にという勢力がある。特にクリスティナは正妃の娘である上に生まれつき最上級の回復魔法を持っている。その容姿から国民の人気も高い。
そしてアマデオ侯爵はアルバート殿下と親しい。理由はアルバート殿下の母の実家の子爵家はシュタイン侯爵派であり、アマデオ侯爵は大きく分けるとシュタイン侯爵を中心とした地方貴族派だからだ。ちなみに王太子のストレイドの母の実家は中立派で王妃はアルメッサー辺境拍派の重鎮であるアッパーヒル侯爵家の出身だ。
とにかく王家の子供達の関係は複雑だ。
そして、このことが将来国を二分する戦乱の時代に繋がる。さらに言えば、それが「迷宮物語」のエンドコンテンツである陣営戦に繋がっている。僕としてはゲーム通りに戦乱の時代になってほしいと思っている。その戦乱の時代の中で、ダゴン迷宮でレベルを上げた僕と仲間達、それに従者団がのし上がっていく。簡単に言えば、それが僕の描いているシナリオだ。個人の力が戦争の行方に大きな影響力を持つこの世界では十分に可能だと思っている。僕達の存在は『迷宮物語』にはなかったものだ。ほかにも既にストーリーから外れていることもある。それでも僕は、いわゆるゲームの強制力によって大きな流れはストーリーに近いものになるのではないかと考えている。
「それにしても男爵は思った以上に若いな」
「恐れ入ります」
「その若さでミスリル鉱山を発見しただけでなく商会を設立し貴族になった。大したものだ」
僕はアルバート殿下の言葉に恭しく頭を下げる。
「妖精のマントを手に入れたとこを見ても相当優秀な従者を確保しているようだな」
「はい、自慢の従者達です。アマデオ侯爵のおかげでヒューロン迷宮で鍛えております。思いの外才能のある者が多くいまして…」
「なるほど。確かラングレーと言ったか?」
アルバート殿下はよく調べているようだ。ラングレー達は僕の代わりに神官を一人入れてパーティーを組んでいる。あまり疑われないようにダゴン迷宮だけでなくアマデオ侯爵領にあるヒューロン迷宮にも潜らせている。彼らは既に30近いレベルになっており、かなり名を知られた探索者だ。僕達のパーティーの隠れ蓑にもなるのでラングレー達には実力を隠す必要はないと言ってある。ラングレー達はヴィガディール男爵の従者だが探索者クラン『リュス』のメンバーでもある。このために『リュス』の入会希望者は後を絶たない。『リュス』には信用できかつ才能のあるものだけを加入させている。さらにその中から特に厳選した者を従者に加えている。それでも従者の人数はまだ20人程度にすぎない。実力がありかつ信用できるものは少ない。
「今年は魔獣狩りがある」
アルバート殿下は突然話題を変えた。
この世界では迷宮の外にも魔物がいる。外の魔物は獣型がほとんどなので魔獣と呼ばれることも多い。外の魔物は倒しても魔石にはならないが食用になったり毛皮、角、牙などが防具や魔道具などの素材になる。ミスリルなど魔鉱石と並ぶ貴重な素材だ。一方で魔物は危険だ。そのため王国では定期的に魔獣狩りと呼ばれる一斉討伐を行い増え過ぎないように管理している。そして今年、なんと我がヴィガディール男爵領にも隣接しているアルディス山脈の麓で魔獣狩りが行われる。この辺りはアルデ樹海と呼ばれ、ヴィガディール男爵領の他、コート伯爵領、フィッシャー子爵領などにも接している。
「今年はアルデ樹海で行われるんでしたね」
「ああ、アルディス山脈の麓一帯で行われる」
「ヴィガディール家としてもありがたいことです。本陣はコート伯爵領に設置されるんでしょうね?」
「そうだ」
僕はアルバート殿下の言いたいことがわかってきた。魔獣狩りには王都から騎士団が参加する。もちろん地元のアマデオ侯爵騎士団もだ。
「今年は王国から900人の騎士団が参加する。王太子のストレイド、私、クリスティナの3人がそれぞれ300ずつの騎士を率いる」
「今年はストレイド王太子とクリスティナ王女も参加されるのですか」
一応そう尋ねたが、僕は既にそのことを知っていた。貴族の間では今年の魔獣狩りは王の3人の子供たちのアピールの場になると噂になっている。
ストレイド王太子とクリスティナ王女はまだ16歳だ。前回の魔獣狩りには参加していない。母の違うストレイド王太子とクリスティナ王女は同じ年でアルバート殿下とは少し年が離れている。そして、今年は王の3人の子供たちが全員魔獣狩りに参加する。
「ああ、クリスティナは去年カイル探索者養成学園に入学したしな」
王の子供達は伝統的に先頭に立って魔獣狩りに参加する。国民に対するアピールだ。
「クリスティナにはジギルバルト団長が同行するだろう」
ジギルバルト団長はアルメッサー辺境伯派の領地の出身だ。そして…クリスティナ王女の母である王妃はジギルバルト団長の想い人だったのだ。だが王妃になった。それでもジギルバルトは王妃やその子供のクリスティナのことを気にかけている。このことが後にストーリーの最後でジギルバルトがラスボスして登場する伏線にもなっている。そして、それは戦乱の時代を迎えるきっかけになる。
「それで、ラングレー達を貸してもらいたい」
そう言うことか…。
魔獣狩りは王の子供達が国民にアピールする場だ。そこでの活躍は娯楽の少ないこの世界で大いに話題になる。アルバート殿下はそこで活躍したいのだろう。地元であるアルデ樹海に接している貴族家の従者達やアマデオ侯爵騎士団は、王の3人の子供達に協力する形で魔獣狩りに参加することになるだろう。魔獣狩りの主役はあくまでアルバート殿下達3人だ。
「もちろん、かまいません。もしよろしければ私もアルバート様の陣営の一員として魔獣狩りに参加するわけにはいかないでしょうか?」
「男爵、自らがか?」
「はい。私もアマデオ侯爵の配意で幼い頃からヒューロン迷宮で鍛えておりますので多少のお役には立てると思います。どちらにしても立場上参加することになるでしょうから、できれば殿下の陣営でと思いまして。もちろんラングレー達以外の従者も一緒です」
「それは願ってもない。男爵の従者団は優秀だと聞いているしな」
「お任せ下さい。仰る通りでラングレー達以外の従者もなかなか優秀な者が揃っております」
実際、従者達の平均レベルは20を越えて25に迫っている。王国騎士団の平均レベルよりかなり高い。アルバート殿下は「それは、楽しみだ」と言ってニヤリと笑った。
アルバート殿下がわざわざアマデオ侯爵を通さずにここを訪れたのはこれが目的だったのだ。
「アマデオ侯爵には私のほうからヴィガディール男爵家はアルバート様に協力したいと伝えます」
僕はアマデオ侯爵には気に入られているし、そもそもアマデオ侯爵はアルバート殿下派なのだから問題なく許可されるだろう。だいたい強いと評判だといっても従者団はまだ20人程度なのだ。
とはいえ、僕の従者団の噂がアルバート殿下の耳にも届いているとなると…もちろん真の実力が知られているとは思えないが…そろそろダゴン迷宮のことがバレるのも時間の問題かもしれない。もしかしたら、その点でもアルバート殿下を利用できるかもしれない。




