5-16(戦争の終わり).
「レオ、誰かが近づいてくるわ」
確かに森の中から足音がする。やがてガサガサと音がして木々の間から顔を出したのはウラニア公国軍の男だ。たぶん様子を窺いにきたのだろう。男の視線は俺達とエルロンの死体の間を何度か行き来している。男の表情が見る見る驚愕に染まった。エルロンの死が信じられないのだろう。
「え、エルロン様が…」
「そこのお前、お前らの大将が死んだことを早く伝えに行ったほうがいいぞ」
男は「ひっ!」と小さく悲鳴を上げると、ガサガサと音を立てて再び森の中に走り去った。
「これで戦争って終わるのかな?」
俺は思わず呟いた。あいつがエルロンの死を伝えたら戦争は終わるのだろうか?
「レオ…」
突然アディが俺に抱き着いてきた。俺はびっくりして棒立ちのままだ。なんだかアディが不満そうな顔だ。俺は恐る恐る両手をアディの後ろに回してアディを引き寄せるようにした。アディはよろしいという顔した。するとアディが俺を抱きしめる力がちょっと強くなった。俺達はしばらくの間抱き合っていた。
「また、レオに助けられたわね」
「また、助けられてよかった」
俺達は顔を見合わせて笑った。
俺とアディは馬を置いてきた辺りまで手を繋いで戻った。俺は隣を歩くアディを見た。アディは生きている。よかった。これからも俺はアディを絶対に守る。何度ゲームがアディを殺そうとしてもだ…。
「レオ、あれは」
「うん」
どうやらエルロンが死んだことを知った50人の強者軍団がここまで戻ってきたようだ。俺とアディに気がついた軍団が近づいてきた。
「お前らの大将は1対1の勝負に負けた! お前たちもさっさとウラニア公国へ帰れ!」
1000人に上るウラニア公国軍が侵入しているはずだが、目の前にいるのはエルロイが率いていた50人ほどの部隊だけだ。残りは深追いはせずどこかで待機しているのだろう。
「お前たちがエルロン様を…」
先頭の男は信じられないと言った表情だ。
「お前たちも斥候から聞いたんだろう。エルロンは死んだ。間違いない。死体を回収したいのなら向こうだ」
俺はエルロンと戦った場所がある方角を顎で示した。強者だという50人の軍勢は明らかに俺にびびっている。それはエルロンのレベルを知っているからこそだろう。
「くそー! 全員でかかれば!」
先頭の槍を持った男が悲鳴のような気勢を上げると、50人が一斉に俺達に襲い掛かって来た。
「『天雷』!」
俺は両手を天に向かって広げて叫んだ。剣と盾を持ったままなのでちょっと重たい。別に両手を広げる必要はないのだが…。
するとバリバリと辺り一面に無数の稲妻が光の線となって降ってきた。『天雷』は最上級の魔法スキルだ。範囲魔法なので集団を相手にするには最適な魔法スキルだ。たちまち辺りは阿鼻叫喚となった。俺は50人の兵士達の中に飛び込むと剣と盾を振り回した。
「『スラッシュ』、『二段斬り』、『回転斬り』」
スキルを次々に使う。『天雷』の効果で硬直している兵士達にスキルが当たりまくる。
「『炎弾』、『炎槍』!」
アディも魔法スキルで俺に続いた。
「『集中』、『雷剣』!」
さらに『集中』と『雷剣』を使って魔剣ソウルイータで斬りまくる。相手は多人数で襲い掛かってくるが俺は構わず斬りまくる。さすがに全員の攻撃は捌き切れない。それに、魔法スキルを使う者もいる。だが、俺は耐久力が高いし魔剣ソウルイータの効果もある。もうしばらくはいける。それでも、長引くとやばい…。
「『雷弾』!」
今度は『雷弾』の効果で兵士達が硬直する。『雷剣』の効果で硬直している者もいる。俺はCTが空けたスキルから順に使って攻撃する。もちろん通常攻撃も挟んでいる。硬直している者達は俺の攻撃を避けきれず大ダメージを負って次々と戦線を離脱している。
「『炎弾』、『炎槍』!」
アディもCTが空け次第、魔法スキルで攻撃している。くそー! 結構きつくなってきた。俺のダメージも蓄積している。さすがにこの人数を相手にするのは無理がある…。
「まだ、やるのか! またあの稲妻を食らいたいのか?」
俺は天に向かって両手を広げるポーズを取った。本当はMPの関係でしばらく『天雷』は使えない。はったりだ。
「に逃げろー!」
その一言で既に戦闘可能な者が半分近くにまで減っていた強者軍団は総崩れになった。もともとエルロンがやられたことで奴らは俺にびびっていた。
「ふーっ」
はったりに効果があって良かった…。
★★★
結局、今回の戦争でウラニア公国は多少その実行支配する地域を増やした。エルロンがやられたせいかそれ以上攻め込んで来る気配はなかった。ファミール王国のほうはアルメッサー辺境伯騎士団の騎士団長ハイゼルフを失い。サイモン様、王国騎士団のユリウス大隊長、ナゼル大隊長と指揮官クラスが皆負傷した。アモスはどうでもいい。しかも50人もの大隊長クラスからなる集団を目撃した以上、反攻に転じる余裕はなかった。あの集団のことは、未だに信じていない者も多いようだが…。
とにかく、結果だけを見れば、いつもの勝ったり負けたりの小競り合いと同じく、実行支配地域の多少の変更だけで終わったわけである。
「これでウラニア公国、いえリアブルク連合国は目的を達したのかしら?」
「たぶん…」
俺は、やっと思い出したのだが、スランヤ地域は魔物の素材を採取するのに適しているだけでなく魔鉱石の鉱脈がある。インプレサリオ達も鉱山を確保しているが、こっちのほうがより貴重なアダマンタイトも採掘できる鉱脈があるのだ。『迷宮物語』にはMMORPGではよくある制作職というのも存在して貴重な素材が手に入る場所はよく知られていた。今頃こんなことを思い出すなんて…。俺の記憶が未だに完全でないことが他の転生者に比べて不利になっている。この辺りはシルヴィーの協力に期待するしかない。
「多少領土を広げたとしても、あの少年を失ったほうが損失だった気がするわ。だって、どう見てもジギルバルト団長クラスの強者だったもの。まあ、それを倒したレオは凄いけど…」
アディがちょっと甘えたような目で俺を見た。いつも強気なアディのこんな顔を見られて少し誇らしい。俺はアディと抱き合った時のことを思い出した。
「レオ、ちょっと顔が緩んでいるわよ」
すかさずアディに指摘されてしまった。
「いや、それよりも、エルロンは何者だったんだろう」
俺は慌てて誤魔化した。実際、エルロンが誰だったのかは気なる。少なくともスランヤ地域の鉱山のことを知っていたはずだ。転生者で間違いない。
仲間はいるのか?
エルロンは『TROF』のメンバーではない可能性が高い。『TROF』のメンバーは俺も含めて、少なくとも転生した場にいた幹部の居所は大体わかっている。だとしたら、俺は『TROF』以外の有力なクランを思い浮かべた。『流浪の傭兵団』か、それとも『レティシアと愉快な仲間たち』辺りか…。
「あの強者軍団も気になるわ」
アディの言う通りだ。あの50人の軍団…。とりあえず『天雷』で追い返したが、実際には、まとめてかかってこられたら危なかった。シルヴィーの情報ではインプレサリオ達もダゴン迷宮を使って似たようなことをしているんじゃないかという。だがインプレサリオ達はまだあそこまでは進んでいないはずだ。例えダゴン迷宮を使ったとしてもだ…。死んだら終わりのこの世界で、なぜインプレサリオ達を上回る成果を上げることができるのか?
「うっ!」
「レオ、どうしたの?」
アディが心配そうな顔で俺を覗き込んでいる。
「だ、大丈夫だ…」
まただ…。何か思い出そうとすると…。
とにかく、方法はあるのだ…。『迷宮物語』にはバグすれすれのレベルを早く上げるための方法がいくつか存在している。そして、そんな方法に特に詳しいプレイヤーが何人かいる。俺だって…。
まだ、心配そうにアディは俺を見ている。俺は頭を振って「うん、ほんとうにぜんぜん大丈夫だ」と言ってアディに微笑んで見せた。
「なら、いいんだけど…。それよりみんなにあの少年をレオが倒したって言わなくてよかったの? レオの手柄なのに?」
インプレサリオ達も含めて他の転生者には俺のことをできるだけ知られたくない。あの戦いを見ていたのはアディだけだ。だからアディにも頼んで秘密にしている。




