1-6(ゴレイア迷宮2階層).
2階層の攻略を諦め撤退した次の日、俺は1階層でレベル上げに励んでいた。もう少しで2階層への通路が見えるという辺りで一匹の紫色をしたスライムが現れた。この辺りで一匹だけとは珍しい。1階層もここまで来るとたいていは複数で現れるのだが。
「『スラッシュ』!」
俺はいきなり『スラッシュ』を使った。スライムは一瞬で魔石に変わり消えた。同じ『スラッシュ』でも最初の頃よりレベルが上がった分威力が増している。
「うっ!」
スライムを倒した瞬間、俺は頭の中に小さな光のようなものを感じた。レベルアップなのか? だけど、この感覚はいつものレベルアップとちょっと違うような…。
急いで、脳内でステータスを確認する。
【レオニード・メナシス 14才】
<レベル> 4
<職業> 剣士2
<スキル> スラッシュ
<魔法スキル> 雷弾
まさかとは思ったがレベルアップではなくスキルを取得している。魔法スキル欄に『雷弾』と表示されている。
頭の中のウィンドウにはゲームと違ってHP(体力)とMP(魔力)は表示されない。他にもゲームの時には、筋力、耐久、器用、俊敏、知力、精神とか細かなステータスが表示されていた。それらはレベルが上がると上昇するのだが、何割かの部分はプレイヤーが自分で割り振ることができた。しかし、この世界ではそういう細かなステータスは表示されないし自分で割り振ることもできない。この世界はゲームと全く同じではないのだ。
それはともかく今取得したらしい魔法スキル『雷弾』だ。雷系の魔法スキルとは珍しい。
スキルは職業レベルを上げることにより取得できる。それぞれの職によって取得できるスキルは決まっている。俺の場合『スラッシュ』がそれだ。剣士レベル1で覚えた。その後は職レベルが2つ上るごとにスキルを一つ覚えることができる。そして職レベルはレベルが2つ上がるごとに一つ上がる。
だが、それ以外にもスキルを取得する方法がある。
迷宮に稀に出現する御遣様と呼ばれる特殊個体を倒すとレベルや職業に関係なくスキルを授けてくれるのだ。深い階層に出現する御遣様ほどより強力なスキルを授けてくれると言われている。ただ、低階層に出現した御遣様が非常に強力なスキルを授けてくれたという例もある。要は確率というか運次第ってことだろう。
俺はもう一度ステータスを確認する。間違いなく『雷弾』を取得している。さっき倒した紫色のスライムは御遣様だったようだ。
『雷弾』は雷系で最も基本的な魔法スキルだ。なので強さからいえば大したことはない。だが、そもそも魔法使い系の職を持つものが多くない上に、その中でも雷系の魔法を使える者は少ない。
実は、この迷宮の御遣様を倒して得たスキルが『雷弾』だったことはそれほど不思議なことではない。なぜなら3回目の大型アップデートでゴレイア迷宮が追加された理由は雷系の魔法スキルを取得しやすくするためだからだ。
御遣様がどんなスキルを授けてくれるのかは確率なので必ず雷系の魔法スキルを授けてくれるわけではない。ただ、この迷宮の御遣様は雷系の魔法スキルを授けてくれる確率が他の迷宮の御遣様より高く設定されている。御遣様に遭遇して目的のスキルを取得するまで何度でも周回できるゲームではそれで十分だった。ちなみに御遣様から取得できるスキルは最高3つまでだ。4体目からは、御遣様を倒すとそれまでに御遣様から得たスキルのうち一つを捨てるか新たに覚えるかの選択を迫られる。俺は『迷宮物語』で寝る間も惜しんで迷宮を周回していたことを思い出した。今考えても、あれはやり過ぎだった。
『雷弾』を取得した俺は2階層に降りた。昨日と同じように広間から一番左端の通路を選んで進む。しばらくすると角兎が3匹現れた。昨日と全く同じだ。
早速『雷弾』を使ってみる。使い方はなぜか自然にわかった。
頭の中で(『雷弾』!)と唱え、掌を広げ右手を突き出すと、突き出した手の前方に紫色の小さな魔法陣が出現した。そして魔法陣が一瞬光ると直径10cmほどの紫色の球体が魔法陣から角兎に向けて発射された。凄いスピードだ!
うん、簡単だ。
雷弾はバチバチと放電しなが一瞬で真ん中の角兎に命中した。
バリバリッ!
雷弾は角兎に当たると音を立て爆発した。その瞬間、角兎は消えて魔石となった。左右の角兎は動きを止めている。
俺は素早く間合いを詰めると『スラッシュ』で左側の一匹を魔石に変えると最後の一匹を袈裟懸けに斬った。最後の一匹は一撃では倒せなかったが、返す刀で斬り上げると魔石になった。すべてはあっという間の出来事だった。
『雷弾』は単体攻撃の魔法スキルだが直撃した魔物だけでなく近くにいる魔物にも短時間硬直のデバフを与える。素早い角兎の動きを止めるのにピッタリの魔法スキルだ。
その後も『雷弾』のおかげで角兎を順調に討伐することができた。偶に硬直がレジストされることがあって多少攻撃を食らう場面もあった。それでも角の直撃だけは避けるように注意しながら戦った。レジストされるかどうかはお互いのステータスと確率による。相手よりレベルが高いと硬直のようなデバフはレジストされ難く、相手よりレベルが低いほどレジストされる確率が高まる。
レベル4の4人パーティーでの攻略が適正である2階層をソロで探索したおかげなのかしばらくするとレベルアップの感覚がやってきた。
やった!
これでレベル5になったはずだ。アデレードと一緒にカイル探索者養成学園に入学できるレベルだ。少なくとも『迷宮物語』のスタート台には立てる。剣士レベルも3になり新しいスキルを覚えたはずだ。
俺は頭の中のウィンドウでステータスを確認する。
あれ、頭の中に…。
この世界ではゲームの時と違って職業スキルを選択することはできないと聞いている。ある意味運に任されている。実際、最初に『スラッシュ』を覚えたときも…。いや、剣士の最初のスキルはゲームでも『スラッシュ』と決まっていた。
もしかして俺は『迷宮物語』の時と同じで職業スキルを選択できるのだろうか? 前世の記憶があることと何か関係があるのか…。
今、俺の頭の中のステータスウィンドウに『二段斬り』、『3連撃』、『スラッシュ強化』、『回避』の4つのスキル表示されている。どれかを選択しろという意味にしか思えない。
とすれば、どれを選択すべきか?
この中で一番威力があるのは『3連撃』だ。しかし3連撃は打ち始めと終わりの隙(硬直)が大きい。『二段斬り』は威力は『3連撃』にやや劣るが隙があるのは打ち終わりだけでそれも『3連撃』より短い。『スラッシュ強化』は魅力的だが、一回強化しただけでは威力としては『二段斬り』に劣る。しかし『スラッシュ』は単純だが発動も速くCT(再使用期間)も短い。『回避』はその名の通りのスキルだ。攻撃を避けることは普通に身体能力を使ってもできるがスキル『回避』を使うと確実に避けられる。それに使用している間は無敵になって硬直などのデバフも受け付けない。PVP(対人戦)では必須のスキルだ。
うーん、悩む。これがゲームならPVPをメインに遊ぶのか、PVEがメインなのかでビルドは異なる。現実世界ではどれが正解なのか?
俺は少し悩んだ末、今回は一番無難な『二段斬り』にしておくことにした。俺は頭の中のウィンドウを操作して『二段斬り』を選択した。『回避』は魅力的だが、すぐにPVPをする予定もないし攻撃を避けること自体は自分の技術を使ってもできる。この辺りもゲームとは違う。
【レオニード・メナシス 14才】
<レベル> 5
<職業> 剣士3
<スキル> スラッシュ、二段斬り
<魔法スキル> 雷弾
『二段斬り』はその名の通り剣で素早く2回斬るスキルで『スラッシュ』より威力が高い。その代わり二段目の後に少しだけ隙というか硬直時間がある。対人戦などでは注意が必要だ。なんにせよ、今日はスキルを二つも覚えた上にレベルも上がった。一日の成果としては上々だ。
何よりも、俺はついにカイル探索者養成学園に入学する条件を達成したのだ!




