5-11(戦乱の兆し).
その報せがもたらされたのは春休みの半分以上が終わろうとした頃だった。
「ウラニア公国が1000人規模の軍を国境付近に集結させているですって!」
その報せを聞いたアディの声が思わず大きくなった。
リアブルク連合国のウラニア公国とはしょっちゅう小競り合いを繰り返している。父さんが亡くなったのもその小競り合いの一つでだ。だが1000もの軍を…。
早々軍議が行われるという。
俺はシグルド様とアディのおかげで軍議が行われる屋敷の会議室に入室することができた。
そこにはアルメッサ―辺境伯騎士団長であるハイゼルフ、王国騎士団第三師団の第一大隊長のユリウス、第二大隊長のナゼルを始めとしたこの戦いにおける指揮官やその副官等と辺境伯のサイモン様、嫡男のアモスとその護衛で相変わらず得たいの知れないデイラム、ほかにも急遽集められた王国北東部の貴族達やその代理の者を含めて全部で20数名がテーブルを囲んでいた。もちろんアルメッサー辺境伯騎士団の大隊長であるシグルド様もいる。俺はアディの後ろに立っている。アディの護衛のような立場だ。
一通りお互いの紹介が済んだ後、ハイゼルフ騎士団長が口を開いた。
「まずウラニア公国軍が陣を敷いているスランヤ地域には、辺境伯騎士団500と王国騎士団第三師団から第一大隊300、今回援軍に駆けつけてくれた諸侯の従者達200を加えた1000で向かおうと思う」
この地域の防衛は、アルメッサ―辺境伯に任されており、それに王国騎士団が協力するという形なので今回の戦いにおいての総指揮官はハイゼルフ騎士団長だ。ちなみに、この地域には王国騎士団第三師団の第一大隊と第二大隊の合計600人の騎士が常駐している。
ハイゼルフ騎士団長は40歳を超えた偉丈夫で毎年のように繰り返されるウラニア公国との小競り合いで経験は豊富だ。恐らくレベルは40近くで王国の騎士団大隊長であるユリウスやナゼルと同程度だろう。
「第二大隊と残りの辺境伯軍はアルヘイム近郊で待機ですか」
質問したのは第一大隊長のユリウスだ。王国の騎士団大隊長であるユリウスは30代半ば、もう一人の大隊長ナゼルは20代後半で、ハイゼルフ騎士団長よりはかなり若い。だが若いと言っても王国騎士団の大隊長であればレベル35以上はあるはずだ。レベルと言うのは10代前半から20代にかけてが最も上がりやすく、その後20代半ばまでそこそこ上がり、それを過ぎるとかなり上がり難くなる。このため20代で大隊長まで上り詰めることは珍しくない。
「ええ」
「慎重ですね」
「ええ、今のところ敵の狙いが分かりませんからな」
「わかりました。慎重なのは良いことです」とユリウス大隊長は頷いた。
ハイゼルフ騎士団長の説明によれば、ウラニア公国軍は1000人程度で、スランヤ地域に陣を張っている。スランヤ地域はマランヤ山脈が途切れる北の裾野で適当な強さの魔物が多く生息している。魔物由来の素材を手に入れるのには適した場所だ。スランヤ地域はウラニア公国との境に当たる場所でもある。この地域を巡っては毎年のように小競り合いが繰り返されている。ただし、近年1000人規模の戦闘が起こったことは無い。
「繰り返しになるが、なぜ今回に限って1000人もの軍を投入していきたのか。その理由は今のところ不明だ」
サイモン様が全員に確認するように言った。
「普通に考えればいよいよ本格的にスランヤ地域をウラニア公国の領土に組み込むためということになりますが…」とハイゼルフ騎士団長が言う。
「それにしては逆に1000は少ない…と?」
シグルド様がハイゼルフ騎士団長の言葉を引き継ぐように言った。
「ええ、アルメッサ―辺境伯領には600人の王国騎士団が常駐しています。アルメッサ―辺境伯騎士団や予備役の者、さらに協力してくれる探索者や周辺貴族の従者達も入れれば最大3000人規模の兵力動員することが可能です」
「それはあくまで最大兵力で直ぐに動員できるわけではない」
「それは、その通りです。しかしそれにしても…」
シグルド様とハイゼルフ騎士団長は皆に状況をわからせるために会話しているようだ。
ここで王国騎士団第三師団第二大隊長のナゼルが「確かに、本気でスランヤを手に入れるにしては1000は少ないですね。1000なら常駐している王国騎士団だけでも対応できますからね」と言った。
王国騎士団は強い。二つの大隊の計600でウラニア公国軍1000に対処できるとナゼルは言っている。若いだけあって自信がある様子だ。皆考え込んでいる。
「やはり公国の目的はスランヤ地域の占領のように思えます」
皆がウラニア公国の目的を測り兼ねている中、アゼルリア子爵の三男であるアンセムが発言した。アンセムはアゼルリア子爵の従者隊を率いてこの戦い参加している。アンセムは相当な切れ者だという噂だけだ。
「しかし、アンセム殿、1000人では…」
「ハイゼルフ団長、ウラニア公国は1000人でもそれが可能だと考えていると言うことでは?」
「アンセム殿それはどういう意味かな?」
「1000人でもそれが可能な人物が来ているのではと言う意味です。たとえばジギルバルト団長のような」
「まさか、そんなはずは……そもそもウラニア公国にはそれほどの者はいないはずだ」
「ウラニア公国にはそうかもしれませんが、リアブルク連合国全体ではどうでしょうか?」
アンセムの言うことには一理ある。だが、俺の知識ではリアブルク連合国は9つの公国の比較的緩やかな連合国家だ。辺境の地域を占領するためにそれほどの人物が協力するだろうか? それにそもそもこの世界にジギルバルト団長ほどの強者がほかにいたという記憶はない。
「ジギルバルト団長ほどではなくとも、相当な強者がこの地域に来ているとは考えられませんか?」
この世界ではレベルやステータスが存在することによって個人の力量に大きな差がある。突出した個人の力は前世の常識よりも戦争の行方を大きく左右する要因となる。
そもそも俺が気になるのは『迷宮物語』でこんなイベントがあった記憶がないことだ。ただし、主人公にあまり関係のないアルメッサー辺境伯領で起こった出来事だからゲームでは描かれなかっただけかもしれないが…。
結局、アルメッサー辺境伯騎士団の団長であるハイゼルフの提案が採用され、辺境伯騎士団500、王国騎士団の第三師団第一大隊の300、今回援軍に駆けつけてくれた諸侯の従者達200を加えた1000でスランヤ地域に向かうことになった。
「レオ、私も行くわ」
「でも…」
「私のレベルならアルメッサー辺境伯騎士団なら中隊長になれるわ。たいていの騎士より強いんだから辺境伯の娘として参加しないわけにはいかないわ」
アディのレベルは19だ。王国騎士団の中隊長ならレベル25前後だが、アルメッサー辺境伯騎士団ならなれるかもしれない。アディの目には強い決意の光がある。この世界の4大貴族の娘に生まれたアディには自分の立場に対する責任感と矜持がある。だけどサイモン様は反対すると思う。
俺は前世では平和な国である日本で生まれた。ゲームの中ではPVPが好きで敵を殺しまくった。だが、現実世界とゲームとを混同するほど俺は馬鹿ではない。
まあ、シルヴィーが言うにはそんな馬鹿がいるらしいが…。
それでも、この世界での俺の大きな目的の一つはアディを守ることだ。例のイベントは乗り切ったが、それで終わりとは限らない。ゲームの強制力なんてものがあるかもしれない。そもそも、この世界は危険なのだ。もし、アディがこの戦争に参加するのなら俺も行く。人殺しは嫌だが、それぞれの世界や時代によってやるべきことや常識が違うのも、また事実だ。
それにウラニア公国の行動には気になるものがある…。




