5-2(シルヴィア).
俺が目を覚まして最初に目に入ったのはアディの顔だった。せっかくの美人が涙と歪んだ顔で台無しだ。
「アディ、無事だったんだな」
俺はアディが死ぬはずだったイベントを防ぐことができた…。安堵の気持ちが体全体に満ちて力が抜けた。
「レオ、何を言っているの。無事でよかったのはレオのほうでしょう」
そうだった。俺はヴィルトゥオーゾに一撃でやられて…。ヴィルトゥオーゾは『迷宮物語』のままの姿で、俺の前に現れた。黒獅子王はヴィルトゥオーゾの召喚獣だったのだ。
魔王ヴィルトゥオーゾ…。
「俺は何で助かったんだ?」
「シルヴィアさんが、瀕死のレオを連れて…。それでクリスティナ王女が回復魔法で…」
アディが涙声で説明してくれた。
そうだ。あの場にシルヴィア・ギルリームが現れて…。シルヴィアはエトワールだと言っていた。俺と同じで転生したんだ。俺と違ってモブじゃなくて『迷宮物語』の登場人物の一人シルヴィアに…。
俺はシルヴィアに助けられて、クリスティナ王女の最上級回復魔法で命を取り留めた。そう言うことか…。マエストロは俺やシルヴィアをあれ以上攻撃せずに引き上げたのだ。
「ここは?」
「学園の治療室よ」
カイル探索者養成学園には立派な治療施設がある。俺は上半身を起こして周りを見回した。なるほど、学園の治療室のようだ。恐る恐る体のあちこちを動かしてみる。どうやら怪我は完治しているようだ。魔力も回復している。
「あれから丸一日寝てたのよ」
「全学年合同訓練は?」
「なに言ってるの。当然中止よ」
それはそうか…。
「あんな魔物が出現したんだから当然でしょう。セシル大隊長たちのパーティーが王国にも報告しているわ」
アディ達は黒獅子王は見ているがヴィルトゥオーゾは見ていない。俺が黒獅子王を倒したことも知らない。
でも…。
その時、治療室のドアがノックされた。アディが俺の顔を見た。俺が頷くと「どうぞ」とアディが返事をした。
治療室に入って来たのは、シルヴィア・ギルリームだ。シルヴィアは『迷宮物語』のクラン『TROF』の仲間の一人であるエトワールだ。
シルヴィアはベッドのそばの椅子に座っていたアディに会釈をすると、俺の方を見て『あなた日本人じゃないの?』と言った。
一瞬何を言われたのかを意味を理解できなかった。彼女が話したのは前世の言葉、日本語だった。
『ねえ、あなた日本人でしょ。違うの?』
彼女は再び日本語で問いかけてきた。
『キ、キミは、え…』
俺は日本語で返した。久しぶりの俺の日本語はたどたどしい。
『やっぱりそうか、うんうん。私はエトワールよ』
彼女は嬉しそうな表情で頷いた。
「あ、アディ、ちょっとシルヴィア様と二人で話したいんだ。お礼も言いたし…。あの時のことで確認したいこともあるんだ。いいかな?」
「え? それはいいけど…」
アディは戸惑いながらも、さっきの日本語の会話で何かを察したのか治療室を出てシルヴィアと二人にしてくれた。
「レオニードはマエストロかコレオグラファーね。どっちなの?」
「そ、それが…」
俺の記憶はまだ曖昧だ。どうやら転生した時のこと、あのオフ会のことはぼんやりと思い出した。それに『迷宮物語』の仕様とかはかなり思い出している。だけど…。
「どうしたの?」
「記憶がまだ…」
「ふーん」
「でも、たぶん…」
「まあ、コレオグラファーなんでしょうね。あの軽そうなマエストロには思えないもんね」
俺自身もどちらかといえばそうだと思う。
「でも、なんでコレオグラファーかマエストロだってわかるんだ?」
シルヴィアは顔の前に人差し指を立てると「まず、私はインプレサリオには会ったことがあるの。そして昨日ヴィルトゥオーゾに会った。だから、レオニード、あなたがマエストロかコレオグラファーのどちらかだとわかったの」と言った。
そう言うことか…。
「だけど、コレオグラファーだとしてもちょっと意外な感じがするんだよね」
シルヴィアの言いたいことはわかる。『迷宮物語』のコレオグラファーならあらゆる手段を使ってこの世界の覇権を握ろうとでもするんじゃないか、おそらくシルヴィアはそう思っているのだ。
「俺は、ゲームと現実を混同するほど馬鹿じゃない」
「なるほどね。みんながそうだといいんだけど…」
「どういう意味だ?」
「まあ、それは置いといて、コレオグラファーさん。情報交換したいんだけど」
「レオニードでいい。この世界では俺は平民でシルヴィア様は伯爵令嬢だ」
「わかった。でも私は伯爵令嬢だけど同級生だし呼び捨てでいいよ」
俺が黙っていると「命の恩人の頼みが聞けないの?」と言った。
「わ、わかったよ、シルヴィア」
シルヴィアは、よろしいとでもいうように頷くと「それで情報交換なんだけど、まずこの世界が『迷宮物語』の世界だっていうことはいいよね」と言った。
「ああ、だけど、ゲームとは違うところもある」
「そうね。今のところ最初に実装されていた迷宮しか発見されていないし、それにこの世界の人達は全体的にゲームのときよりレベルが低いよね」
「え! そうなのか?」
「レオニードは気がついてなかったの?」
そうか…。
俺がずっと感じていた違和感はこれだったのだ。アルスと一緒に経験したチュートリアル、あのときも魔物が強すぎると感じたけど、あれはアルス達のレベルのほうが低すぎたのか…。
「そもそも、学園への入学条件はレベル10以上だったし特待生はレベル15以上だったのよ。ゲームではね」
俺が前世の記憶を思い出したのは5才の時だ。だが、その記憶は曖昧で徐々にはっきりしてきたのだ。だが、まだ曖昧なところがある。
この世界の人達のレベルが低いのは納得できる。例えば、10階層のボスの攻略適正レベルは20前後だ。そしてボスを周回してレベル25くらいまで上げる。これが『迷宮物語』では一般的だ。だが、この世界の人は安全マージンを取ってレベル25くらいになって初めて10階層のボスに挑む。これではボスを倒しても大してレベルは上がらない。この繰り返しだからレベル上げは非効率なものにならざる得ない。
「シルヴィアは『迷宮物語』のことを詳しく思い出しているのか」
「詳しくって言うか、ゲームで知っていたことは思い出していると思うよ」
「そうか…。俺のほうは徐々に思い出してきたって感じなんだ。まだはっきりしないところもある」
「そうなのね」
シルヴィアと情報交換することは、どうやら俺のほうにメリットが大きいようだ。
「シルヴィア、まずはゲームシステムについてなんだけど、何か『迷宮物語』と違うことってあるかな?」
「システム?」
「ああ、例えば俺が気がついているのは、この世界の人たちはどうやらスキルを選択できないということだ」
「うん。職レベルが上がることによって得られるスキルは選択できないみたいだね」
「シルヴィアはできるのか?」
「できるよ。ということはレオニードも?」
「ああ」
「やっぱり転生者ならできるってことか。だとしたら上級職の選択もそうね」
「上級職の選択? この世界の人たちは上級職を選択できないのか?」
「選択できないっていうか、そもそも上級職の取得条件が知られていないから大体みんな基本的な職になるみたいだね」
そういうことか。一部の職には特殊な取得条件がある。俺の魔剣士もそうだ。それ自体が知られていないってことか…。いや、王家や4大貴族が隠している可能性もある。あとは、そうだ…。
「この世界ではゲームの時のような細かいステータスは表示されないよな?」
「うん。それで合っていると思う。筋力、耐久、器用、俊敏、知力、精神とかは表示されない。それに武器の細かい能力も表示されないよね」
「ああ、わかるのは武器の等級と特殊効果や補助効果くらいで、基本的な攻撃力、攻撃速度、魔法攻撃力、魔法攻撃速度、それにクリティカル威力やクリティカル率も表示されないよな」
「そうだね。それにそもそも防具は表示すらされない。表示されるのは迷宮でドロップしたものに限られるんだと思う」
そうだ。そもそも防具は表示すらされていない。シルヴィアが言ったように表示されるのは迷宮でドロップした武器とアイテムに限られている。
やはりいろいろと違いがある。その後も俺とシルヴィアはお互いの認識を照合したが大きな違いはなかった。ただ、ゲームシステム以外にも確認したいことがある。
だけど、その前に…。
「シルヴィアに一つ言っておきたいんだけど」
「なに?」
「俺は生まれたときからこの世界で生きている」
「私もそうだよ」とシルヴィアは頷いた。
「ゲームではNPCだった人達はNPCじゃなくて感情を持った、そう俺達と同じ人間だ。その人たちの命も俺達と同じでたった一つの命だ。もう亡くなってしまったけど俺の両親は断じてNPCじゃなかった。今の友人たちもそうだ」
俺の言葉を聞いたシルヴィアは我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。
「それは私が言おうとしていことだよ、レオニード。だから私はインプレサリオの協力者にはならなかった」
インプレサリオ…?
そう言えば、シルヴィアはインプレサリオに会ったと言っていた。
「やっと、まともな考えを持った転生者に会えた。今日から私とあなたは友人よ、レオ、私のことはシルヴィーって呼んでね」
シルヴィアは、いやシルヴィーは俺に右手を差し出した。俺は恐る恐るシルヴィーの手を握った。シルヴィーはその外見からは意外なほどの力で俺の手を握り返すと大きく振った。
今日、初めて前世で日本人だった友人ができた。




