5-1(プロローグ).
今回もダメだ……。
大学に入るまでは順調だった。父さんも母さんもあんなに喜んでくれたのに…。
どうしても本番になると緊張してしまう。そもそも僕はステージに立つのに向いていない。ましてやコンクルールなんて…。
父さんや母さんとは違うんだ…。
僕のこれまでの人生は父さんと母さんに支配されていた。今はそう感じる。
だけど、もう期待に応えられない。
僕はどうすればいいのか…。
★★★
ウラニア公国の東の都市ザナルは、ウラニア公国では3番目の人口を誇る街でファミール王国との国境に近い。現在そのザナルの行政庁の一室に4人の人物がいた。行政庁らしく飾り気のない実用的なその部屋に4人しかいないのは話される内容の秘匿性が高いからだ。
「魔鉱石の鉱山はあったんですよね?」
質問したのは3人の中で飛びぬけて若く、その誰にも物おじしない態度で異彩を放っている体格のいい少年だ。その少年の名はエルロンだ。エルロンは、ある人物の命によりここに派遣されてきた。50人の傭兵を率いてだ。
「はい。事前の情報通りの場所です。しかもミスリルだけでなくアダマンタイトも含まれていると確認済みです」
エルロンの質問に答えたのはウラニア公国軍のグルジフ将軍だ。
「アダマンタイトまで…。間違いないのか?」
アダマンタイトのことをこの場で初めて聞かされたウラニア公国の宰相ワドルが確認した。
「すでにデストリア公国から借りた魔道具で確認済みです」
「プロブニスをつかったのか……」とエルロンが呟くように言った。
「まあ、我々としても簡単に信用するわけにはいきませんからな。あの方の立場を考えれば…」
プロブニスとは古代文明の遺跡から発見された魔道具で鉱山の調査に使われる。
「それにしても、プロブニスのことをご存知とは…。さすがにあの方の側近だけのことはありますな」
グルジフの言葉は丁寧だが警戒心も混じっている。
「この世界にある貴重な古代文明の遺物についていろいろ調べているのは当然でしょう。その辺りはお互い様なのでは? とにかくこれで私の言うことが信用できたでしょう」
エルロンは自身より遥かに年長で将軍であるグルジフの言葉にも全く臆するところがない。
「さすがのプロブニスでも地表からの調査ですから、正確な埋蔵量は分かりません。ですが、かなりの規模の鉱山でミスリル主体の鉱山ながらアダマンタイトの存在も確認しています」
「だが、問題がある」
断固とした口調でそう言ったのはウラニア公国の公主ギルリスだ。威厳のある白い髭を生やしている。ギルリスの言葉を受けてグルジフ将軍は頷くと「鉱山の発見されたスランヤ地域はファミール王国との小競り合いが絶えない場所です。奴らに隠れての今回の調査も大変でした」と言った。
スランヤ地域はウラニア公国とファミール王国の間に跨るマランヤ山脈の北端の裾野に広がる森林と平原がある辺りのことを指す。適度な強さの魔物が多く生息しており、魔物由来の素材を手に入れるのには適した場所だ。長年、両国がその占有を争っている場所でもある。そのスランヤ地域になんと魔鉱石の鉱山まであるというのだ。
「まあ、私が来たからには心配ありません」
エルロンは自信満々に言った。
「ですが、あの方が関わっているということは秘密です」
「もちろんだ」と言ったのは公主ギルリスだ。ギルリスは「我らとてあの方と繋がっているなどと知られたくはない」と続けた。
リアブルク連合国の盟主であるロイジア公国、そのロイジア公国の公主ザジギスにはあまり領土的な野心はない。むしろ他国へ干渉することは嫌っている。ウラニア公国としても今回の件には色々と気を使っている。
「それなら、結構です」
そもそも鉱山についての情報をくれたのはエルロンとその背後にいる皆があの方と呼んでいる男だ。実際約束通り傭兵という体を取ってエルロン自ら50人の援軍を率いてやって来た。ただ、50人ではグルジフ将軍の期待には程遠い。
「相手の戦力はどのくらいなのですか?」
エルロンは緊張感のない口調で尋ねた。
「通常時のアルメッサ―辺境伯騎士団は1000人ほどです。予備役の者や傘下の周辺貴族の従者等を総動員しても2000が限界でしょう。それに常駐している王国騎士団2個大隊の600が加わります」
「予備役などを除けば1600ですか?」
この世界ではレベルや職による個人の戦闘能力に大きな差があるので、騎士団や軍の規模は小さい。少数精鋭である。それだけに各国ともその精鋭の育成に力を割いている。迷宮が国の宝といわれる所以だ。
「はい。ですが、今回のスランヤをめぐる領土争いにいきなり全軍を投入してくるはずもないでしょうから、多くても、アルメッサ―辺境伯軍の半分の500と王国騎士団の1個大隊の300くらいではないかと」
「800か…。多くても1000、まあ、そんなもんでしょうね」
「ですが、我々が動員できるのもせいぜい1000くらいです。当然、ロイジア公国を始め他の公国に支援を求めることはできません。数に大した違いがないとすれば、残念ながら、個々の兵は相手のほうが強いです。それに長引けば、奴らはさらに援軍を送ってくるでしょう」
グルジフはエルロンの方を見ながら説明した。言外に、思ったより援軍が少ないせいだと言っている。
「グルジフ将軍、どうやら私の連れてきた騎士達の数が少ないことが不満なようですね。ですが、少数かもしれませんがとっておきの強者を連れてきているのです。だいたいこの僕がいます。心配いりません」
エルロンは連れてきた兵達のことをつい騎士と呼んでしまった。普段はそう呼ばれているからだ。エルロンの自信満々な言葉を聞いた他の3人は何とも言えない表情でエルロンを見た。無理もない。いくら体格がいいと言っても、エルロンはまだ少年といっていい年齢だ。
「うーん、まだ心配なようですね。それではギルリス様とグルジフ将軍はこちらへ」
不遜にもエルロンは公主と将軍に自分のそばに来るように手招きした。それでも、二人は渋々立ち上がってエルロンの席に近づいた。
「ほら、これなら心配ないでしょう?」
エルロンは自分のステータスを一瞬だけ二人に見せた。
「ま、まさか…」
「45だと…」
二人が見たエルロンのレベルは45だった。あの世界最強と言われているファミール王国の騎士団長ジギルバルトと同じだ。
「ね、僕がいれば大丈夫でしょう。僕の連れてきた50人も選りすぐりの精鋭ばかりです。平均してもレベル35以上ありますよ」
平均でレベル35以上…。レベル35なら一人で戦況を左右できるほどの強者だ。ファミール王国騎士団なら20人しかいない大隊長クラスだ。ウラニア公国の将軍であるグルジフのレベルも35だ。
「ば、馬鹿な…。平均レベル35以上の50人の部隊など…」
公主ギルリスは驚きのあまり口を半開きにしている。グルジフのほうは口を真一文字に結んで何かを考えている。
「本当ですよ。僕のレベルを見たでしょう」
ギルリスとグルジフは機械仕掛けの人形のように頷くことしかできなかった。
「それでグルジフ将軍、作戦はどうしますか?」
エルロンのレベルを見た驚きからやっと立ち直ったグルジフは「初戦で正面からぶつかります。相手がこちらと同数程度の戦力で相対すると予想される初戦で一気に壊滅的な打撃を与え戦いの流れを作ってしまいましょう」と言った。
「単純だな。作戦とさえ言えない」
グルジフは「その通りです。ですが、エルロン殿がいるのですからそれで問題ないでしょう」と自分より遥かに年下の少年に媚びるように言った。
レベル45の者が率いる平均レベル35以上の50人の集団がいれば策を弄する必要はないとグルジフは判断した。それに、ウラニア公国軍の被害を最小限に抑えるためエルロン達に先陣を切ってもらおうと考えていた。




