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4-1(グレアム).

 僕は、四大貴族の一人アマデオ侯爵の推薦で男爵となることができた。国王から爵位を授かるため王都カイルへ行って帰ってきて既に一週間だ。ちなみにこの世界の1年は336日、1ヶ月は28日、1週間は7日だ。

 王都では、ちょっとだけ『迷宮物語』の舞台であるカイル探索者養成学校とその近くにあるザルバ大迷宮の入口を見た。心がざわめいた。だが、こちらは予定通りマエストロに任せておくつもりだ。

 僕が今いるのはアマデオ公爵領の領都チュニではない。ヴィガディール男領の領都リュスにある僕の屋敷だ。リュスという名前は、僕の運営する商会の名前である『B.リュス』から取った。『B.リュス』は僕が『迷宮物語』で最初に設立したクランの名前だ。屋敷のほうはまだ全部が完成しておらず今も工事中だ。

 王都ではかなり気を遣ったようで思った以上に僕は疲れていた。この世界の覇権を握ろうというのに国王に謁見するだけで疲れているようでは、僕もまだまだだ。


「ふーっ」


 僕は大きく息を吐いた。その時、執務室のドアをノックする音がした。


「ぼっちゃん、いえ、セルゲイ様、見つかりました」


 僕の返事もそこそこに執務室に入って来たアランが開口一番そう言った。


「見つかった?」

「ええ、セルゲイ様が前から言われていた」

「グレアムか!」


 ガタン!


 僕は思わず椅子から立ち上がっていた。


「はい」


 そうか、グレアムが見つかったか…。


「セルゲイ様が仰られていた通りで奴隷として運ばれていました。オルデン聖国からの船です。シズメア教徒ではない少数民族の出身のようでずいぶんと差別に苦労した挙句、家族すべてを失い奴隷になったようです」


 『迷宮物語』で知っている通りの身の上だ。彼はこの世界全てを呪っている。


 グレアムはレベルキャップ解放の後に追加されたストーリーで登場するキャラクターだ。その時点では既にこの国は二つの陣営が争う戦乱の時代に入っていた。それがエンドコンテンツの陣営戦に繋がっている。そして、追加ストーリーでのラスボスがグレアムだ。


 グレアムの職は魔王だ!


 追加ストーリにおいてレベルキャップが解放され伝説級の職が解放される。レベルの61になると伝説職になれるようになりレベルの上限はそれまでの59から79に引き上げられる。そして解放された伝説職の中には勇者や魔王がある。レベル79とは伝説職がカンストしたレベルだ。

 ストーリーが最終盤になり主人公がグレアムを倒す時点では、主人公のレベルも上限近くになっており伝説職に就いている。このため最後のグレアムとの戦いは魔王対魔王になる場合もある。この辺りはゲームのご都合主義だ。グレアムは追加された伝説職の紹介も兼ねているキャラクターだ。もともと『迷宮物語』はMMORPGであり多くのプレイヤーが一緒に陣営戦を始めとしたエンドコンテツを楽しむゲームだ。ストーリーはそのおまけのようなものだ。だがこの世界に転生した僕にとってはストーリーは無視できない。


「それで?」

「はい。すぐにグレアムを買い取りました」

「うん。よくやってくれた」

「奴隷といっても魔法使いの職についており魔力もなかなかとのことで値段はそれなりにしましたが…」

「そんなことはどうでもいいよ。すぐにここへ連れてきて」

「かしこまりました」


 アランは部屋を出て行くとすぐに一人の男、いや僕より年下のみすぼらしい身なりの男の子を連れて戻ってきた。 『迷宮物語』で見たグレアムと違ってまだ子供だ。追加ストーリーは最初のストーリーが終わって何年後に起こる設定だっただろうか? 3年か、いや、5年くらいだったか? だが、確かに面影がある。


 グレアムで間違いない。


 この世界では少ない日本人のような黒髪を長くぼさぼさに伸ばしている。何も映っていないような虚無的な目をしている。暗い目だ…。その身の上を考えれば無理もない。首には奴隷の印である隷属の首輪を着けている。


「アラン、外してやって」

「はい」


 アランが自分を主人として買い取ったはずだ。主人のアランなら隷属の首輪を外せる。アランはペーパーナイフで親指を切って隷属の首輪に刻んである魔法陣に血を一滴垂らした。そしてアランは隷属の首輪に手を触れる何事か祈るように目を瞑った。それだけだ。すると隷属の首輪は音もなく外れてアランの手に納まった。


 グレアムは戸惑ったような表情で僕とアランを見ている。


「なぜ…?」

「グレアム、僕はセルゲイ・ヴィガディール、これでも一応男爵だ」

「貴族様…」


 グレアムはおずおずと床に跪いた。隷属の首輪が嵌っていないに首に手をやって何度も確かめている。長い間奴隷だったのだろう。


「グレアム、きみはもう奴隷じゃないんだよ」


 僕はできるだけ安心させるよな口調で言った。


「奴隷じゃない?」

「そうだ。僕はきみを仲間として迎えたい」

「僕は奴隷じゃない。仲間…。男爵様の仲間…」


 僕はグレアムの反応を待った。


「嘘だ!」


 突然、グレアムはいやいやをするように頭を振って叫んだ。


「嘘じゃない! きみはもう奴隷じゃない。自由に生きていい。でも、よかったら僕の仲間になって僕を手伝ってほしいんだ」

「まさか、そんな…。こんな夢のようなことが僕に起こるわけがないんだ。生まれたときから僕は世界に嫌われているんだ。シズメア教の奴らめ! 結局、神様なんていないんだ…」


 グレアムは跪いたまま両手で顔を覆って肩を震わせている。シズメア教徒でない両親がいわれもない罪で捕まり反逆者として処刑されたこと、これまでの奴隷生活、そんなことを思い出しているんだろうか…。『迷宮物語』の中で流された動画によって描かれたグレアムの悲惨な生い立ちが僕の頭をよぎる。


「グレアム、これは夢じゃない。僕の言っていることは本当だ。僕は君を助けたいんだ」


 グレアムは顔を覆っていた両手を下ろして僕を見た。グレアムは迷っている。当然だ。突然奴隷から解放されて自由に生きていいと言われた上、できれば男爵である僕に仲間になってくれと言われたのだ。


「僕の仲間にならないのなら、当面生きていくだけの金を用意しよう。やりたい仕事があるのなら斡旋もしよう」


 僕は畳みかけるように言った。これは賭けだ!


「男爵様…」

「セルゲイでいい」

「セルゲイ様…」 


 グレアムはずいぶん長い間、僕を見て考え込んでいる。僕はグレアムの答えを辛抱強く待った。僕たちは目を逸らさない。なんだか我慢比べのようだ。僕が見つめるグレアムの暗い瞳に、ほんの少しだけ光が戻ったような気がした。


 ……そしてグレアムは口を開いた。


「分かりました。ぼ、僕はセルゲイ様の下で働きます」


 僕は賭けに勝ったようだ…。


 もちろん、奴隷のまま無理に仲間にすることもできた。だが、これからの目的を考えるとグレアムの意思で本当の仲間になって欲しかった。プリマドンナやマエストロのようにだ。


「いや、きみは従業員じゃない。僕の仲間だ!」

「セルゲイ様…」

「グレアム、さあ、立つんだ」


 グレアムは跪いた姿勢からゆっくりと立ち上がった。僕は立ち上がったグレアムの両手を握った。


「グレアム、これからは仲間としてよろしく頼む」

「……」


 グレアムの目から涙が溢れた。僕の目の前で『迷宮物語』のラスボスとして登場する魔王グレアムが泣いている。

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