3-20(召喚獣の主).
一人の男が俺の前に立っていた。
こいつが黒獅子王の主だったのか…。
それよりも…こいつは…。
俺は盾を持って警戒しながら立ち上がった。
バーン!!
俺は一瞬目の前が真っ暗になった。気がついたら、俺はその男の立っている場所から5メートルくらい離れたところで倒れていた。男はだらりと下げた手に鎌のような武器を持っている。
「ううぅぅ…」
一応盾を持っていたのに俺は今の一撃でHPの大半を失った。むしろ良く生きていたもんだ。
男が手にしているあれは伝説級…いや、神話級の『迷宮物語』最強装備の一つ闇龍の鎌だ。ゲームでの武器種としては斧に分類されている。黒い鎧に黒いマントを羽織っている。あのマントも神話級のアイテムだ…。
男は『迷宮物語』で最強といわれている装備を身に着けている。外見から判断すると職は魔王だ。『迷宮物語』では伝説職の中に、特にソロでの戦いに強く物理攻撃も魔法攻撃も使える職として勇者と魔王が用意されていた。二つを比べると勇者のほうがより物理攻撃に優れ魔王のほうがより魔法攻撃に優れている。俺が所属していたクラン『TROF(秋の祭典)』はPVP好きの集まりだったのでソロでバランスよく戦える勇者や魔王を選択している者は多かった。
こ、こいつは…。うぅー、頭が痛い…。俺は、こいつをよく知っているはずだ…。
男はゆっくりと俺に近づいてきた。さすがにこれはダメなやつだ。たぶん、こいつはレベル79でカンストしている。身に着けている装備も最強だ…。例え俺のレベルが45まで上がっているとしても、今の俺が勝てる相手ではない。
くそー! さっきまで俺がこの世界で最強になったのかと思っていたのに…。
それでも俺は倒れたまま男を睨みつけた。俺は死を覚悟した。そのとき俺の後ろからカツカツと何者かが近づいてくる足音がした。
「ヴィルトゥオーゾ、あなた、転生じゃなくて転移したんだね」
俺の後ろから声がした。やっとの思いで後ろ見ると、そこにいたのはシルヴィア・ギルリーム、中立派の特待生だ。ギルリーム伯爵家は古の魔族の血を引いているという噂がある。
いや、それよりも今シルヴィアは男をヴィルトゥオーゾと呼んだ…。
そうだ! シルヴィアの言う通りで、この男はヴィルトゥオーゾで間違いない! しかも、オフ会で会ったヴィルトゥオーゾじゃない。この顔、この装備は…。こいつは『迷宮物語』の中のヴィルトゥオーゾだ!
それに、あの黒獅子王だ。黒獅子王はガチャ産の数種類の召喚獣の中でその外見から一番の当たりだといわれていた。あれを持っているクランメンバーは…。クラン『TROF』はPVP主体、もっと言えば陣営戦主体のクランだ。わざわざ陣営戦で使えないガチャ産の召喚獣を手に入れる者は少なかった。黒獅子王を当てたのは幹部の中ではヴィルトゥオーゾだけだ。
「お前は…」
「エトワールだよ」
そうか…。エトワールはシルヴィア・ギルリームに生まれ変わっていたのか…。やはり、この世界に転生したのは俺だけではなかった。
「転移したってことはあなたのレベルは79だよね。この世界で最強の存在だ。その力であなたは何をしたいの? 世界征服でもする気?」
「世界征服か…。それもいいかもしれないな。とりあえず主人公の顔を見に来たんだが。まさか黒獅子王を倒すとは…あり得ない。ゲームの強制力ってやつか? だが、見たところ俺ならすぐに殺せそうだな」
ヴィルトゥオーゾは倒れている俺を見下ろして言った。そうか、ヴィルトゥオーゾは平民の俺を主人公だと思っているのか…。
「私も殺す? レベル79のあなたなら簡単なことだよ」
エトワールは挑発するように言った。
「ふん、興がそがれた。主人公にはもうちょっと強くなってもらわないと面白くない。とりあえずエトワール、お前の言った世界征服でも目指してみるか。そうだ、インプレサリオ達もこの世界の覇者になろうといろいろやっているみたいだな」
インプレサリオ達? あいつらもこの世界に…。
「それは、私も知ってるよ」
「お前は加わらないのか、あいつらに?」
「馬鹿馬鹿しい。この世界に転移したらしいあなたは別としても、あいつらは私と同じで転生したんだよ。生まれた時からこの世界で生きている。この世界にだって親や友人がいるはずなんだよ。なのに、相変らずこの世界をゲームのように考えて覇権を取ろうとか頭がおかしいとしか思えないよ」
ということは転移したのはヴィルトゥオーゾだけってことか…。それならエトワールの言う通りで目の前の男は世界最強だ。しかも、アイテムボックスの中には多くの貴重な装備やアイテムが保管されているだろう。あとは…そうだ召喚獣だって全員に配られた妖狐王をまだ持っているはずだ。黒字獅子王以外のガチャ産の召喚獣はどうだっただろうか? 思い出せない…。
ヴィルトゥオーゾはシルヴィアに「なるほどな」と頷くと話を続けた。
「だが、このままでは面白くない。今のところ転移したのは俺だけのようだ。主人公もそうだがエトワール、お前ももう少し強くなって俺を楽しませてくれよ。俺はお前と違って、この世界に家族もいない転移者なんだから、この世界をゲームのように楽しんだっていいだろう?」
転移したヴィルトゥオーゾにとってはこの世界はゲームのままだ。しばらくヴィルトゥオーゾとエトワールは睨み合っていたが、先に顔を逸らしたのはレベル79のヴィルトゥオーゾのほうだった。
ヴィルトゥオーゾは「ふんっ」と呟くと踵を返して迷宮の奥に去っていった。あいつが転移者なら迷宮のすべての転移魔法陣を使えるはずだ。
ヴィルトゥオーゾ……。
オフ会であった会社員風の彼は、クランの幹部の中でも一番人付き合いという面でそつがなさそうな男だった。そのヴィルトゥオーゾはこの世界に転移してきて全く別の人格に変貌していた。いや、あれはオフ会で会ったヴィルトゥオーゾじゃない。『迷宮物語』の中のヴィルトゥオーゾなのだ。そもそもヴィルトゥオーゾの本当の性格など俺は知らない。
まあ、そんなことより…。
俺はアディを守ることができた。アディは死んでいない。俺は目的を達成したのだ。それに比べればヴィルトゥオーゾも『TROF』もどうでもいい。
ハハハ……。
俺は大声で笑おうとしたが、思った以上にダメージを受けていたらしく、それは声にならなかった。それから、しばらくして俺は意識を手放した…。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
第3章はこれで終わりです。セルゲイ視点の短い第4章(5話くらい)を挟んで第5章に入ります。
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拙作「ありふれたクラス転移~幼馴染と一緒にクラス転移に巻き込まれた僕は、王国、魔族、帝国など様々な陣営の思惑に翻弄される…謎解き要素多めの僕と仲間たちの成長物語」と「乙女ゲームの断罪の場に転生した俺は悪役令嬢に一目惚れしたので、シナリオをぶち壊してみました!【連載版】」も読んで頂けると嬉しいです。




