3-17(黒獅子王1).
『迷宮物語』でアディを殺す予定だったケルベロスは首だけになって黒い巨大な魔物に咥えられている。
い、一体何が起こっているのか…。
「アディ、逃げろ!」
俺は大声で叫んだ。相手はケルベロスより強い魔物だ。
「あ、アルベルト様、あれはどう見ても7階層に出てくる魔物じゃありません」
「みんな、逃げるんだ!! クリスティナ様も急いで」
アルベルトの金魚のふんの一人に続いてラインハルト先輩が撤退を促した。だが、俺達の体は強張り動きがぎこちない。
どん!
黒い魔物が咥えていたケルベロスの首を地面に落とした。落ちたケルベロスの真ん中の頭が俺達を空虚な目で見ている。その時、突然ギョロリとケルベロスの目玉が裏返るように回転するとケルベロスの首は魔石に変わった。首だけになったまましばらく生きていたのか…。
「ぎゃあーーー!!!」
誰かの叫び声を合図に俺達は硬直が解けたように逃げ出した。
黒い魔物が俺達を追ってくる。
速い!
たちまち俺達は追いつかれた。
王国騎士団の大隊長だというセシルが前に出た。この場にいる者の中で一番レベルが高いのはセシル大隊長だ。さすがに学生達を守るべきだと思ったのだろう。
「うわあー!」
セシル大隊長は黒い魔物の突進を剣で受け止めようとして大きく弾き飛ばされた。セシル大隊長は王国騎士団の師団長にも匹敵するレベルだと聞いた。それならレベル40前後のはずだ。
それなのに…。
セシル大隊長はその黒い魔物に全く相手にされず弾き飛ばされた。全員が弾き飛ばされたセシル大隊長と黒い魔物見て茫然として立ち尽くす。
無理もない…。
そうだ! 俺はこの魔物を知っている。
こいつは、そもそも7階層どころか迷宮の魔物ですらない。あれは召喚獣だ。最後の大型アップデートの後、プレイヤー全員に召喚獣が配られた。確かリアルマネーを使ったガチャでもいろんな種類の召喚獣が得られたはずだ。ガチャで得られる召喚獣も配布された召喚獣と基本的な能力は変わらないが、召喚している間、プレーヤーの攻撃威力や速度をほんの少しだけ上げる能力がおまけのようについていた。
召喚獣は迷宮の中でしか使えない。陣営戦などのエンドコンテンツでは役に立たない。それでも、そのちょっとした効果や外見を目当てにガチャを引くプレイヤーは結構いた。
召喚獣が追加されたのは『迷宮物語』を後から始めたプレーヤーが先行しているプレーヤーに追いつきやすくするためだ。後から始めるプレーヤーの数は初期の頃に比べてどうしても少なくなるので迷宮の攻略などで他のプレーヤーからの協力が得られにくい。それを補なって早く先行勢に追いつくための召喚獣である。召喚獣はレベルキャップが解放される前の最高レベルである59になるまではとても役立つ能力を持っている。それ以上の難易度の場所ではあまり役に立たない。
この世界で召喚獣を持っている者がいるなど聞いたこともない。
あの黒い魔物は『迷宮物語』では黒獅子王と呼ばれていた。無料で配られた召喚獣ではなくガチャで手に入る召喚獣だ。全員に平等に配られたのは狐の魔物で妖狐王と呼ばれていた。この世界で召喚獣が配られたなどという話は聞いたことがない。ましてやガチャなんてない。それなのに、これは一体どういうことなのか…。
とにかく、レベル59まではプレーヤーの役立つお供である黒獅子王がセシルより圧倒的に強いことは間違いない。
セシル大隊長を弾き飛ばした黒獅子王は、もの凄いスピードで俺達に追いつてきた。くそー! もう6階層への通路は近いのに…。いや6階層にだってボス部屋もなく帰還の魔法陣もない。
「うおー!」
今度は、黒獅子王の背後からセシル大隊長が斬り掛かった。生きていたのか…。だが、大してダメージを与えられない。
「『3連撃』!」
セシル大隊長はスキル『3連撃』を使った。セシル大隊長はもともと威力の高い『3連撃』をさらに強化しているらしくこれは黒獅子王に多少のダメージを与えたようだ。
「グオオウゥォォーー!」
セシル大隊長の『3連撃』で思わぬダメージを受けた黒獅子王は怒って頭を振り上げるようにしてセシル大隊長を攻撃した。『3連撃』の後の隙を突かれたセシル大隊長にこれを避ける術はない。
これは死んだか…。
「セシル様ー!」
その時、やっと追いついてきたセシル大隊長のパーティーの盾役らしい斧と盾を持った重戦士(おそらく上級だろう)がセシル大隊長と黒獅子王の間に割り込んだ。
ガギッ!
重戦士の盾と黒獅子王を頭が激突した。
「ぐわぁー!」
「あがー!」
セシル大隊長と重戦士は跳ね飛ばされたあげく岩に激突して動かくなくなった。
これはまずい…。
「逃げるぞ!」
「クリスティナ様、早く!」
アルベルトのパーティーとクリスティナ王女のパーティーは今のうちとばかりに逃げようとしている。セシル大隊長が全く相手にならないんだから当然の判断だ。
俺は黒獅子王の前に立ち塞がった。黒獅子王はまるで俺を観察するように見ている。
「ホレイショ先輩、俺が時間を稼ぎますから、逃げてください」
黒獅子王は速い。誰かが時間を稼がないと全員死ぬ。
「しかし、レオニード」
「大丈夫です。ちょっとだけ時間稼ぎをしてから、俺もすぐ逃げます」
「レオ…」とアディが俺のそばに立って逃げようとしない。
俺は「大丈夫だ」というと「俺のレベルを知っているだろう」とアディにだけ聞こえるように小声で付け加えた。
「だって、セシル大隊長だって全然敵わない魔物なのよ!」
アディは突然に俺にすがるように抱きついてきた。
「アディ、俺の役目はアディを守ることだ」
そうだ! 俺はそのために学園に入学したんだ!
「でも…」
俺は強引にアディを引き離した。
「アディがいても足手まといだ!」
アディがグッと唇を噛んだ。アディすまない。
「死んだら承知しないわよ!」
アディは涙声で俺に言った。俺は頷くと「絶対に死んだりしない。俺はアディのところへ必ず戻る。これからもずっとだ。約束するよ」と言って、早く逃げるようにアディを押した。
「『攻撃力上昇』! 『攻撃速度上昇』!」
クリスティナ王女だ。クリスティナ王女が俺に二つのバフをかけてくれた。まだ、逃げてなかったのか…。ラインハルト達が急いでと言わんばかりに目でクリスティナ王女を促している。
「ありがとうございます」
俺はクリスティナ王女に小さく頭を下げた。
「お二人はセシル様と重戦士の方を」
俺は、いつの間にか追いついてきたセシル大隊長のパーティの二人に声をかけた。二人はセシル大隊長と重戦士を抱え上げた。クリスティナ王女の最上級回復魔法『超回復』があればあの二人は助かるだろう。
不思議なことに黒獅子王は、俺と睨み合ったまま動かない。
「アデレード、行きましょう レオニードの覚悟を無駄にしてはいけません」
アディはクリスティナ王女とホレイショ先輩に促されて渋々6階層への通路へ向かった。アディは最後まで俺の方を振り返りながら「約束を守るのよ!」と叫んでいた。
「どこの誰の召喚獣か知らないが、やっと1対1になれたな」
俺は人語を解するとは思えない黒獅子王に声を掛けた。意外にも黒獅子王は俺の言葉に反応したかのように「グルルゥー!」と唸った。そういえば、さっきからこいつは、俺の準備ができるのを待っていたようだった。
こいつは普通の魔物ではなく召喚獣だ。
おかしな話だが、どこかにこいつの主がいるはずだ。ケルベロスが現れることにさえ絶望を感じていたのに、実際に目の前にいるのはケルベルスが雑魚に思えるほどの召喚獣だ。なんだか笑えてくる。召喚獣にレベルなんてあっただろうか? あるとすれば60くらいか…。
俺はむしろさっきまでより落ち着いている自分を感じていた。これが開き直りというやつか…。俺は自分を冷静に分析していた。
黒獅子王は俺を観察している。獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすというやつだろうか? 実際、黒獅子王の前の俺は兎と変わらない。相手はこの迷宮の最深部である25階層のボス戦でも十分に活躍できる召喚獣だ。この世界ではまだ20階層のボスすら討伐されていないのに…。
だけど、こうしている間にもアディは逃げている。俺は死ぬかもしれないが、アディの死は回避される。俺がカイル探索者養成学園に入学したのはそのためだ。
なんだ…簡単じゃないか…。
時間さえ稼げば俺は目的を達成することができる。俺は笑みを浮かべて、伝説級の魔剣ソウルイーターを構えた。
やってやる!




