3-16(全学年合同訓練3).
俺たちは第7階層まで降りてきた。
いよいよだ。ついにあれが起こる階層に到着した。剣と盾を持つ手に力が入る。俺の記憶では、はっきりと起こる時間や場所は特定できていない。だが、この階層に特殊個体のケルベロスが現れるのは間違いない。この階層にしては破格のレベルの魔物だ。そいつはアディのパーティと出会い。アディが死んでしまう。確実な死亡イベントだ。
やはり、アディをどんな手を使ってでも止めるべきだったか…。
ゲームの強制力とやらで返って俺の予想できないところで同じようなイベントが起こることを恐れて決断したのだが…。俺の心にまた迷いが生じる。いや、弱気になってはいけない。とにかくケルベロスを倒せないまでもアディが逃げる時間を稼ぐんだ。
アディは主人公の初期の友人という立場だ。4大貴族アルメッサー辺境伯の娘でありながら平民の主人公と友人になってくれるキャラで、序盤で死んでしまうにもかかわらず人気があった。だから俺も覚えていたんだと思う。
このイベントによって友人を亡くした主人公は強くなるという決意を新たにする。そして最終的に主人公はアディの仇を打つことになる。ケルベロスの御遣様を倒してスキルを得るのだ。だが、それはずいぶん先のことだ。
先頭の俺は慎重に前進する。俺はふーっと大きく息を吐いた。
「さすがに7階層までくるとレオニードも緊張しているようだな」
「はい」
俺はホレイショ先輩に返事をする。緊張しているのは事実だ。
いや待てよ…。
そもそも俺の存在自体がゲーム通りではない。本当に起きるのか? だめだ! 落ち着くんだ。いろんな考えが浮かんできて迷いが生じている。
「アデレード…こっちに良い狩場があるんだ。岩蜥蜴が湧くエリアがある」
ホレイショ先輩がアディに声をかけた、敬語を使わないのは返って喋り辛そうだ。
なるほど。倒した魔物の数でアピールしようってことか…。
迷宮の中には効率的なレベル上げポイントがある。『迷宮物語』では、それ以外にもやたら経験値を稼げる魔物の情報、そいつらの出現条件などバグのような方法も含めて多くの情報が溢れていた。まあ、『迷宮物語』をリリース当初からプレイしてカンストしている者にはあまり関係がなかったが、多くのサブキャラを育てるようなプレイスタイルを好む者にとっては有益な情報だった。
俺達はホレイショ先輩の指示に従って進む。しばらく進むとホレイショ先輩が言うエリアに到着した。皆、考えることは同じらしい。その岩蜥蜴が次々沸くエリアにはクリスティナ王女のパーティーとアルベルトのパーティーがいた。広い空間になっている砂漠と岩場が混じったような場所だ。
「やっぱり、アデレード達も来たのね」
クリスティナ王女が品良く微笑んだ。外見は天使のようだ。王女の左側には三年の剣のダウスゴー家のラインハルト、右側には魔法のブレンティス家のエレニアが控えている。二年生の特待生で上級重槍士のブレイク・ワーズワースが盾を持っている。ブレイクは二年生で上級職になったばかりらしい。まあ、事前にアディから教えてもらっただけだから詳しいことは知らない。
「まあ、そうなるよな。岩蜥蜴は次々現れるからな。数を稼ぐには打ってつけだ」
そう言ったのはアルベルトだ。
「ふん、俺たちは数には拘っていない。ある程度連携などを確かめたら8階層に行く」
「まあ、ラインハルト、ここは仲良くしましょう。そもそも親睦を深めるための訓練なのですから」
「かしこまりました。クリスティナ様…」
クリスティナ王女の言葉に皆が頷いた。皆がどう思っているにせよ、クリスティナ王女の笑顔の前に反対意見を言える者はいないだろう。実際、岩蜥蜴の沸きエリアは広いので問題ない。
「それじゃあ、皆さん、頑張りましょう」
クリスティナ王女の言葉を合図に3つのパーティーは3方向に分かれて探索を始めた。
俺は緊張を緩めてはいない。アディが死亡するイベントがいつ発生するかわからない。俺の印象に残っているのはケルベロスの牙が並んだ大きな口に噛み砕かれるアディの姿だけだ。
とにかくアディを逃がす。
今の俺なら、少しくらいなら時間を稼げるだろう。とにかくアディの死を防ぐ。俺の目的はそれだけだ。俺はそのためにカイル探索者養成学園に入学したんだから…。
そんなことを考えていると、さっそく3匹の岩蜥蜴が出現した。岩蜥蜴は皮膚が硬いし動きも素早い。
バーン!
バーン!
俺は、足場が柔らかな砂にもかかわらず跳ねるように飛び掛かってくる岩蜥蜴を次々に盾で弾き飛ばす。俺はできるだけ岩蜥蜴を仰向けにするように弾く。腹の皮膚は柔らかいからだ。俺の意図を察したホレイショ先輩が腹を見せた岩蜥蜴を『スラッシュ』で斬り捨てた。
「『炎槍』!」
2匹目の岩蜥蜴はアディの魔法スキルで腹を貫かれて魔石に変わった。
「『攻撃速度上昇』!」
コーネリア先輩がホレイショ先輩にバフをかける。バフにより攻撃速度の上ったホレイショ先輩が3匹目の岩蜥蜴を相手にする。だが、岩蜥蜴の皮膚は堅い。
「『剛剣』!」
「『炎槍』!」
「ぐぎゃーー!」
ズシュ!
ホレイショ先輩のスキルにより一瞬硬直した岩蜥蜴にアディの魔法スキルが命中した。奇妙な呻き声を上げた岩蜥蜴にホレイショ先輩がスピードに乗った追撃を加えたことろで岩蜥蜴は魔石になった。
「ふー、やっと倒せたか。やっぱり固いな」
最後の岩蜥蜴を倒したホレイショ先輩が汗を拭う。『剛剣』は上段から斬り下ろすスキルで硬直効果がある。アルスの持っている『跳躍斬り』から跳躍を抜いたようなスキルだ。始動モーションがやや大きいが『跳躍斬り』ほどではなく、その代わり威力は『跳躍斬り』にやや劣るといったところだ。
その後も同じような要領で次々に現れる岩蜥蜴を討伐していった。これまでのところ順調だ。
「ちょっと休憩しようか」
ホレイショ先輩の一言で俺たちは岩蜥蜴が次々沸くエリアから少し離れた場所まで移動した。ちょうど岩に囲まれて休息するには都合のいい場所がある。俺達が休息しているとクリスティナ王女のパーティーが現れた。
「お疲れ様です」と俺達は口々にクリスティナ王女に挨拶した。「お疲れ様」と返したクリスティナ王女は「ちょっと見てたんですけど、アデレードのパーティーが一番順調に岩蜥蜴を倒していたように見えました」と言った。
「盾役のレオニードの動きが良いせいだな」
そう言ったのはいつの間にかこの岩場に現れたエイクリー先生だ。エイクリー先生だけでなく複数の教師が見回りをしている。隣のアディを見ると俺を褒めたエイクリー先生の言葉を聞いて満足そうに頷いている。
「君、特待生じゃなかったわよね? それに剣士で重剣士じゃないはずだよね?」
疑わしそうな目で俺を観察しながら言ったのは魔法使いのエレニアだ。隣にいる三年のラインハルトのほうは黙って俺を見つめていた。俺と同じく盾役を引き受けているブレイクはちょっと苦々しそうな雰囲気だ。俺は専門の盾職じゃない上、一年の一般生徒だ。それに対してブレイクは二年の特待生なんだから気持ちはわかる。
だが、ブレイク、俺はこの中でエイクリー先生を除けば一番レベルが高いんだ。俺は心の中でブレイクに謝罪した。その時、近づいてくる4人の人影が見えた。アルベルトたちだ。
「アルベルト、お疲れ様」
「クリスティナ様もお疲れ様です」
「アルベルトたちはどんな感じ?」
「ええ、かなりの数の岩蜥蜴を倒しました。ただ、数は稼げましたが誰もレベルは上がってません。俺のレベルではここでは上りずらいです。クリスティナ様も同じでしょう」
どこかアルベルトは偉そうだ。
「ここは大丈夫そうだな」
そう言い残すとエイクリー先生はこの場を去った。先生にケルベロスのことを話したいが、一体どう説明すればいいと言うのだろう。確実に起こるかどうかもわからない上に、どうして知っているのかと訊かれても何も答えられない…。
先生が去った後も3つのパーティーはしばらくお互いの戦果や戦いについて雑談をした。そして、そろそろ戦闘に戻ろうかという時、遠くで「ぎゃっ!」という叫び声のようなものが聞こえた。
「みんな逃げろー!」
4人の騎士が走ってくる姿が見える。あれは王国騎士団のエリートだというセシルのパーティーだ。
「あ、あれはなんですの?」
いつも落ち着いているクリスティナ王女の声が震えている。四つ足の魔物が近づいてくる。ついに来たか…。
アディを必ず守る!
だが、俺は違和感を感じていた。
俺は違和感の正体に思い当たった。あれがケルベロスの特殊個体であるとしてもセシル大隊長達王国騎士団のエリートパーティーがあんなに慌てふためいて逃げて来るのはおかしい。師団長クラスともいわれているセシル大隊長のレベルは40近くあるはずだ。
「逃げろー!!!」
そのセシル大隊長が大声で叫ぶ!
あ、あれはケルベロスなんかじゃない…。
その黒い魔物は何かを咥えていた。咥えているのは魔物らしきものの首から上のようだ。黒い魔物の咥えているそれには3つの頭がついていた。
その黒い魔物はケルベロスの首から上を咥えていた!




