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1-3(出会い).

 俺は、領都アルヘイムから半日以上かけてゴレイアの森と呼ばれている場所を訪れている。この辺りはノブリス男爵の領地だ。もちろんノブリス男爵はアルメッサー辺境伯の派閥の一員だ。俺は普段はアルヘイムに近い草原のような場所で角兎を狩っていることが多いが、今日はゴレイアの森まで遠征してきた。目当てはワイルドボアだ。ワイルドボアは食用として人気があってしかも巨体なので一体仕留めただけでも結構な金になる。そのため、俺は時々ゴレイアの森まで遠征している。今日は近くの町で一泊する予定だ。


 うーん、なかなか見つからない…。


 もう、辺りは薄暗くなってきたがワイルドボアを発見できない。1体狩れば遠征の元は取れるので、明日に期待して今日は諦めて町へ戻るか…。


 その時、ガサゴソという音が聞こえた。野鳥や鼠ではない。ついにいたか…。


 ガサッ!


 ワイルドボアだ! 


 ワイルドボアは凄い勢いで草むらから現れ突進してきた。俺は父さんの形見の剣を手にワイルドボアを迎え撃つ。


 神経を集中して間一髪でワイルドボアの突進を右に躱す。


 バシュ!


 俺はワイルドボアを躱しながら一太刀入れた。頭から血を流しながらまたワイルドボアが突進してきた。


 今度は左に躱す。


 ズシュ!


 今度はワイルドボアの突進を左に躱しながら、また一太刀入れる。ワイルドボアはまたも向きを変えて突進しようとしているが、その動きは鈍い。


 ワイルドボアの突進力は凄いし力も強い。だけど、毎回一直線に突っ込んでくるので躱しやすい。それでも間一髪躱して一太刀入れるのにはそれなりの技術と慣れが必要である。


「『スラッシュ』!」


 最期は動きの鈍くなったワイルドボアの額にスキル『スラッシュ』が決まるとワイルドボアは「ぐおぉー!」と一声鳴いて地面に伏せた。


 よし、今日中に一頭仕留められたのは良かった。これで既に元は取れた。明日もう一頭狩れば上々だ。俺はワイルドボアの死体を手際よく解体すると大きな袋に収納して楽々と担ぎあげた。これも戦闘職を得てステータスが上がったおかげだ。


 ワイルドボアじゃあ、レベルは上がらないか…。


 最近しばらくレベルが上がっていない。俺は13才になったがレベルは2のままだ。俺は頭の中で今のステータスを確認する。




【レオニード・メナシス 13才】


 <レベル>   2

 <職業>    剣士1

 <スキル>   スラッシュ




 『スラッシュ』というのはさっきワイルドボアを仕留めたスキルで使うと通常の攻撃より威力が高い。それにしても、ステータス、レベル、スキル、まるでゲームのようだ。


 そう…俺には前世の記憶がある。


 日本という国で暮らしていた記憶だ。魔物もいないし魔法もない世界だ。ただその記憶は曖昧だ。日本という国がどんな国だったのかなど一般的なことは思い出せるのだが、例えば俺自身がどんな人間だったのかはとても曖昧だ。たぶん会社という組織に勤めていたことは分かる。でも家族のことも分からない。娯楽としてゲームというものがあったこと。どうやら前世の俺はゲームが好きだったことはすぐに分かった。特に多人数で遊ぶタイプのゲームが好きだった。


 そしてこの世界は俺がやっていたあるゲームにそっくりだ。


 俺が前世の記憶を最初に意識したのは5歳の時だ。何がきっかけだったのかも分からない。初めは何かの時にしばしば同じような夢を見る。そんな感じだった。そしてその夢はだんだんとはっきりと前世の記憶として認識された。そして前世の記憶がはっきりとしてくるにしたがって、今生きている世界が前世のゲームに似ていると気がついた。そして今ではそのゲームが『迷宮物語』であることを知っている。





★★★





 無事、ワイルドボアを仕留めた俺は近くの町に戻った。この町はノブリス男爵領の領都ブルグだ。領都と言っても田舎町に過ぎない。その田舎町を豪華な馬車がかなりのスピードで疾走していた。


「あっ!」


 俺は思わず叫び声を上げた。前から凄いスピードで走ってくる馬車に驚いたのか買い物袋を持った老婆がふらついて馬車の前に出てしまったのだ。


 俺は思わず飛び出して老婆を抱えて馬車の前から飛び退いた。馬車を引く馬が両足を上げて嘶くと馬車が急停車した。


「何があった!」

「いえ、こいつらが…」


 馬車の中からの声に御者が声を詰まらせた。馬車から偉そうな態度で降りてきたのはなんとアモス・アルメッサーだ。こいつの愚行のせいで父さんは死んだのだ。どうやらノブリス男爵領に視察にでも来ていたらしい。次期辺境伯としての務めってやつかもしれない。


 アモスは俺と老婆を見ている。


「で、こいつらが…?」

「はい。急に飛び出してきたもんで」

「お前ら、俺が誰か知っているのか?」


 知っているが俺は答えない。


「斬り捨てろ!」


 アモスは馬車の周りを馬に乗って固めている護衛らしき騎士の一人に指示した。


 まさか、本気なのか!?

 こんなことで死ぬわけにはいかない。

 走って逃げるか?

 一人なら…。


 俺は、俺に抱えられて震えている老婆を見た。


「お前たちのスピードの出し過ぎが原因だ」


 とりあえず俺は冷静に指摘してみた。ここは町中だ。町中を走るのにあのスピードはない。この世界では馬車の事故は割と多いが、誰も怪我をしてないのに斬り捨てるなんてルールはない。大名行列を邪魔したのとは違う。だが、俺の指摘にもアモスが指示を撤回する気配はない。アモスの奴はあれから何も成長していないようだ。いつの間にか集まってきた町の住人というか野次馬がことの成り行きをかたずを飲んで見守っている。


「し、しかし…」

「早くしろ!」


 指示された護衛の男は顔を青くして馬を降りると「悪く思うなよ」と言うと、俺に向かって剣を振り下ろした。俺はその剣を自分の剣でスラすように受けると、つんのめった護衛の脇腹を剣を柄で突いた。


「うっ!」


 うめき声を上げた護衛はその場に崩れ落ちた。


「き、貴様!、殺せ、殺せ!」


 アモスが喚く!


 残りの護衛全員が馬を降りて俺と老婆を取り囲む。一人やけに不気味な雰囲気を纏った男がいる。全く、なんてことだ…。だが、俺だって素直に死ぬ気はない。だけど、この人数に囲まれては…これは思ったよりやばい…。


「これは、何の騒ぎですの!」


 その時、凛とした声が辺りに響いた。そこには黒い馬に跨った少女がいた。数人の護衛らしき騎士も一緒だ。燃えるような赤い髪と黒い馬の取り合わせがよく合っている。


「アデレード様」


 誰かがその少女に呼び掛けた。そして、何人かの住民がその少女に現在の状況を説明している。


「なるほど。お兄様、お怪我がなくて幸いでした。ノブリス男爵がお待ちです。急ぎましょう」

「あ、アデレード、こいつらは俺を侮辱したのだ」

 少女はチラっと俺と老婆に目をやると「きっとお兄様の馬車の威容に驚いて思わず飛び出してしまったのでしょう。お兄様、ここはアルメッサー辺境伯の長男としての度量を見せるときですわ。幸い誰も怪我をしなかったのですから」


 最初に飛び出してしまった老婆は未だに俺のそばで震えている。


「アルメッサー辺境伯の末娘のアデレード様だ。アモス様と一緒に視察に来られると聞いていたが…」


 野次馬の誰かが呟いたのが耳に入った。サイモン様の末娘のアデレード…。確かにこの少女はアモスをお兄様と呼んだ。


 しばらくアデレードとアモスは睨み合っていたが、先に顔を逸らしたのはアモスのほうだ。アモスは「ふん」と呟いて顔逸らすと「行くぞ」といって再び馬車に乗り込んだ。


 正直助かった。


 気に入らない奴だが、アモスは王国の4大貴族の一人アルメッサー辺境伯の長男だ。


 残ったアデレードは馬を降りて俺に近づくと「あなた、何の後ろ盾もなさそうなのに、度胸があるわね」と言った。アデレードは俺と同じくらいの年の燃えるような赤い髪をした勝気そうな、いや勝気な少女だ。


「いや、とっさにこの人を助けてしまったから、後に引けなくなっただけだ」


 これは真実だ。その後のことまで考えてやったことじゃない。そもそもあの馬車に乗っているのがアモスだとは知らなかった。


「ふーん、まあ、いいわ。名前を教えてもらえるかしら?」


 アデレードは俺の隣で倒れているアモスの護衛騎士を横目で見ながら訊いてきた。アデレードは足を肩幅に開いて腕を組んでいる。なんだか前世のアニメとかで見た悪役令嬢みたいで俺はちょっとおかしかった。


「レオニードだ」

「そう、レオ、じゃあ、またどっかで会えるといいわね」


 いきなりアデレードは俺を愛称で呼ぶと、護衛に指示して倒れているアモスの護衛騎士を馬に乗せると、自らも黒い馬に跨って颯爽と去っていった。面白いだ。それに俺が命を救われたのは間違いない。俺は正直アデレードのことがかなり気に入った。


 俺は黒い馬に乗ったアデレードの後ろ姿が見えなくなるまで見送った。その後、それは起こった…。


「うっ!」


 俺は頭を抱えてその場に蹲った。


 映像が頭の中にフラッシュバックしたように浮かんだ。魔物のギザギザの歯が並んだ大きな口が見える。


 なんだ、この映像は! 『迷宮物語』の記憶なのか…?


 今度は魔物の大きな口に捉えられている少女の顔がはっきりと見えた。


 アデレードだ!


 そうか…。思い出した! 


 アデレードは『迷宮物語』序盤のイベントで死んでしまうキャラクターだ!

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