3-3(デート?).
俺がカイル探索者養成学園に入学してから1週間が経過した。寮生活にも慣れてきた。エリート養成学園だけあって平民の俺でも個室なのはありがたい。もっとも大半の生徒は王都に屋敷を持っている貴族の子弟なので寮生は少数である。4大貴族の娘であるアディも当然そうだ。
今日は休日であり、俺はなぜかアディの買い物に付き合わされている。
「レオったら、今日も朝練してたらしいわね」
俺は学園に入学してからも基礎体力作りや素振りなど基本的な訓練を欠かさないようにしている。
「ああ、レベルを上げるのには不向きかもしれないが、毎日の地道な努力は必ず報われるんだ」
「そうね。私もレオを見習って体力作りに励むわ」
「それがいいよ」
そんな話をしながらも、アディはとても楽しそうに、服を売っている店、武器や防具を売っている店などを見て回っている。まあ、俺も王都にいるんだから色々知っておくのは悪くないと思っている。ましてアディが一緒なら不満はない。
それに俺自身も必要な買い物をした。それは防具だ。
『迷宮物語』では武器とアイテム(ゲームではアクセサリーと呼ばれ違う種類のものを5つまで装備できる)は迷宮のボスからのドロップ品を使うのが普通だ。しかし防具は迷宮では手に入らない。それではどうするかというと、制作職を選択したプレイヤーが作ったものを買うのが普通だ。そのための取引所もあった。取引所専用のゲーム内マネーはゲームの中でも手に入れることができたが、一番簡単なのはリアルマネーを使うことだった。俺もそうしていた。しかし、この世界にはプレイヤー同士が取引するための取引所はない。なので、防具は普通に街にある店で買うしかない。
というわけで、俺は王都の武器や防具を扱っている店でそこそこ良い防具を買った。『B・リュス』とかいう本店がアマデオ侯爵領にある商会の店だ。最近王都にも店を出した勢いのある商会だとアディが説明してくれた。俺は、ゴレイア迷宮で手に入れた魔石や不要な武器を探索者ギルドで換金したので金は持っている。ただ、プレイヤーが制作したものほど高い性能を持つ防具は売っていなかった。それでも、これまで使っていたものよりも断然良い防具を揃えることができた。俺が平民にしては金を持っているのでアディがちょっと不思議そうな顔をしていた。それでも特に何かを訊いてくるようなことはなかった。アディなりに気を遣っているのだろうか?
「やっぱり王都って賑やかだなあ」
「そうね。残念だけどアルヘイムとは比べものにならないわね」
俺は自分の買いものだけでなくアディの買った荷物まで両手に持って辺りを見回す。なぜかアディの選んだ俺の普段着まで入っている。俺は、アディから敬語とかを禁止されている。まあ、俺もそのほうが話しやすい。
もちろん王都カイルは『迷宮物語』で知っていた。それでも実際に見るとその大きさや人の多さに圧倒される。アルメッサー辺境伯領の領都アルヘイムも相当に大きな街だったがさすがに王都には及ばない。何より北の街アルヘイムに比べるとなんだか街全体が明るい感じがする。別にアルヘイムが活気がなかったわけでない。だけど日差しが明るく何か空気の匂いまで違う。
「あれは?」
「大手クランの本部よ。『グリフォンの鬣』だったかしら」
クランとは探索者の集まりだ。大手というだけあって建物も3階建ての立派なものだ。
「なんだか学生の姿も多いな」
「そうね」
王都カイルにはカイル探索者養成学園の以外の学園も多くある。その中にはカイル探索者養成学園と同じ探索者や騎士を養成する学園も二つある。
「それにしても、この下に迷宮が広がってるなんて不思議だわ」
アディが足元を見て言った。
王都カイルの一番の特徴はファミール王国最大の迷宮であるザルバ大迷宮の上に街が建設されているといことだ。ザルバ大迷宮は王都カイルの地面の下に広がっているのだ。ザルバ大迷宮はファミール王国にある迷宮で最大のものである。この世界で3つあるまだ攻略されていない迷宮の一つでもある。残りの二つは他国にある。他国の二つは『迷宮物語』がもっと長く続いたら追加ストーリーの舞台にでもなっていたのかもしれない。
ザルバ大迷宮は現在19階層までが攻略済みだ。『迷宮物語』の知識では20階層のボスは、レベル40程度の4人パーティーでの攻略が適正である。現在世界最強といわれるジギルバルト王国騎士団長達であれば攻略可能なはずだ。だが、この世界では安全マージンをかなり取っての攻略が一般的だ。そのため未だに20階層のボスは攻略されていない。
「あれよ、魔道具屋さん」
アディの指差す方を見ると確かに魔道具屋らしい魔法陣とランタンを組み合わせた看板が見える。さっきの店でも魔道具を扱っていたが探索者用の魔道具に関してはここが一番だという。
「ここは探索者専門店なんだよね」
「ええ、いろいろ迷宮探索に役に立つものを売っているのよ。アイテムボックスとか、野営道具とかね」
店に入ると「これはお嬢様」と身なりのようさそうなお店の人が揉み手をしながら寄ってきた。アディは「こんにちわ。相変わらず繁盛しているようで何よりだわ」とお嬢様モードで挨拶すると、勝手に見て回るからと言って店員を追い払った。
お! あれはアイテムボックスだ。ゲームではないとおかしいくらいのお馴染みのアイテムである。
アイテムボックスは魔導技術を使って魔物の素材などで制作される魔道具の一つだ。そして凄く高い。だけど、俺は、そこまでの容量のものでなければ買えるだけの金を持っている。探索者ならアイテムボックスは絶対に必要だ。魔剣ソウルイーターだって目立たないように布に包んで持ち歩いているけど不便だ。魔剣ソウルイーターの外観はそんなに華美なものではないが万一ということもある。
「アイテムボックスがほしいの?」
「やっぱり探索者には必須アイテムだからね」
『迷宮物語』のプレイヤーは全員最初から持っていた。まあ、ゲームなら当たり前だ。容量を増やすにはお金が必要だったけど…。
「買ってあげるわ」
「え!? さすがにそれは…」
いくらなんでもこんな高価なものはもらえない。それに俺は買えるだけの金を持っている。
「お父様から、そう言われてるの。それでお金も預かってるの」
「サイモン様が…」
サイモン様は俺のこと気にしてくれているようだ。その時、俺はいいことを思いついた。
「アディ、ただでアイテムボックスを貰うわけにはいかない。だから俺が持っているものと交換でどうかな。今ちょっといい杖を持っているんだ」
「杖を…」
アディは迷っている。それはそうだ。アディは、アルメッサー辺境伯領にあるネイハム迷宮産のレア級の杖を持っている。アルメッサー辺境伯の娘ならそのくらいは当然だ。
「いいわ。レオがそれで気が済むんなら交換ってことで」
「ありがとう、アディ」
アディは、その後平均的な値段の腕輪型のアイテムボックスを購入すると俺に渡してきた。高額商品が売れてニコニコ顔の店員の説明に従って、俺が魔力を流すと腕輪は俺の腕にピッタリと装着された。
「これでお客様以外の人には使用することができません」
「なるほど」
盗まれる心配はないってことか…。いや、俺ごと誘拐されたりする可能性はあるのか…。
腕輪型アイテムボックスを装備した俺は、店員の説明に従って、机の上にあるポーションの瓶に手を翳す。するとポーションの瓶は机から消えた。
「おぉー」と思わず感嘆の声が漏れる。
腕輪に触れると中身が分かる。今度はポーションの瓶を指定して取り出すイメージを思い浮かべると手の中にポーションの瓶が現れた。
「机ごと消えたりしないのが不思議ですね」
「机ごと収納するイメージで使えば収納できますよ」
俺はさっそく魔剣ソウルイーターなど持ち歩いているものをアイテムボックスに収納した。
ん?
アディはアイテムボックスを持っているはずだ。だったら最初から俺が両手に荷物を持つ必要はなかったのでは…。そっとアディを横目で見ると、アディは俺にニコっと微笑んだ。
こうして、上機嫌な店員に送り出された俺とアディは、アディが知っているという貴族御用達の店で昼食にすることにした。なんと個室だ。アディはいつもこんなとこで食事をしているんだろうか? 4大貴族と言えば王家に次ぐ権威があるんだから当然なのか…。そう言えば、さっきの魔道具屋でもアディが入店したらすぐに偉そうな人が寄ってきた。
「そういえば、今日が護衛とかいなくてよかったのか?」
俺は改めてアディのこの国における地位を思い出してそう訊いた。
「私が断ったのよ。私はカイル探索者養成学園の生徒よ。しかも特待生よ。そこら辺の奴よりずっと強いんだから」
それは事実だ。だけど、周りは心配するだろうなー。
「それとも、レオは私と二人は嫌なの?」
「いや、そんなことはない。むしろ嬉しいよ」
俺の言葉にアディの顔が輝く。俺が言ったことは嘘でもなんでもない。
「そうだ。これがさっき言った杖だよ」
俺は買ったばかりのアイテムボックスから布に包まれた杖を取り出すとアディに渡した。実はこの杖だけは売らずに魔剣ソウルイーターと一緒に持ち歩いていた。手に入れた時からこれはアディに渡そうと思っていた。でもどうやって渡そうか悩んでいた。
「この杖は?」
「キマイラの杖だよ」
「キマイラってドリスカ迷宮の?」
「うん」
ドリスカ迷宮とはシュタイン公爵領に二つある迷宮の一つだ。そして5階層のボスがゴレイア迷宮と同じキマイラだ。この杖はゴレイア迷宮で手に入れたものだが、ここはボスの使い回しというやっつけ仕事をしてくれた『迷宮物語』の開発陣に感謝しておこう。
「でも、どうしてこんなものを?」
「つい最近、遠縁の金持ちの探索者が亡くなってね」
アディは疑わしそうな目で俺を見た。
「なんか怪しいわね。さっきだって凄く高い防具を買ってたしね」
アディはそれでも杖を手に取ってくれた。
「なんなのこの杖! レア級の上に補助効果が3つも付いてるなんて…。しかも魔法攻撃力+5%、魔法攻撃力+3%、魔法攻撃力+1%ですって…」
「結構、凄いでしょ」
アディは俺を可愛く睨んだ。
「凄いなんてもんじゃないわ。私が持ってるのもレア級だけど、さすがに3つも補助効果は付いてないわ」
この杖はレア級だが下手な伝説級に負けない性能を持っている。伝説級といえばこの世界では国宝レベルだ。いくら4大貴族の娘でも跡取りでもないアディに伝説級は渡されない。キマイラシリーズの武器は攻撃速度に優れていて5階層のボスドロップとしては基本性能も高い。それに加えてレア級で3つの補助効果付きなんだから結構いいものなのは間違いない。
「こんなの貰えない」
「いや、あげるんじゃなくて交換だから」
「でも…」
その後もしばらく押し問答をした結果、なんとかキマイラの杖をアディに渡すことに成功した。アディの安全のためにも少しでも良い武器を持っていてほしい。
「ちょっと事情があって、その杖を俺が持っていたことは秘密にしてほしいんだ」
「ふーん、なんか怪しいわね。まあ、いいわ。二人だけの秘密ってことね。それより、なんかこれじゃあ、私のほうが良いものを貰ったみたいで気が引けるわ」
「いいから、いいから、俺もアディが使ってくれたら嬉しいんだ」
俺がそう言うとアディは「まあ、レオがそう言うのなら」と言ってプイッと横を向いた。その横顔は少し赤い。




