3-1(入学).
今日も陣営戦に勝利した。
ただ勝利しただけじゃなない。僕の思った通りの流れでの勝利だ。多くのプレイヤーが僕の掌で踊っている。敵も味方も…。しかも僕以外の誰もそれに気がついていない。
ああ、なんて気持ちがいいんだろう。世界は僕の思うままだ。
だけど、それはゲームの世界の中だけだ…。
現実には……。
★★★
今日はカイル探索者養成学園の入学式だ。カイルとは昔の英雄の名前で王都の名もカイルだ。
俺とアディは入学式の会場で学園長の挨拶を聞いている。この後、来賓や生徒会長などからの挨拶もあるらしい。この世界は剣と魔法の世界であり、おそらく西洋の中世くらいの時代をモデルにしている。にもかかわらず、魔導技術の発展もあり意外と現代日本の感覚で生活できたりする面もある。入学式、これもいかにもゲームやアニメにありそうな場面だ。
新入生は全部で50人くらいでまさに少数精鋭だ。一クラスしかないが、特待生と呼ばれるレベル10を超えている者が10人くらい含まれている。この特待生は『迷宮物語』のストーリーで重要な役割をする者が多い。アディも特待生の一人だ。アディは主人公の友達ポジションにいるキャラの一人で序盤のイベントで死んでしまう。アディの死を糧に主人公は一層努力するわけだ。
だが、そうはさせない! この世界のアディはNPCではなく生きた人間なのだから。
俺はアルヘイムで鑑定を受けた時、レベル5だったので当然特待生ではない。そもそも俺は『迷宮物語』には登場していなかったと思う。思うというのはストーリーがそれほど重要ではない『迷宮物語』においてクラスメイトすべてを記憶しているわけではないからだ。
その時、俺は違和感を感じた。何かが違う…。
特待生…レベル10…。
思い出せない…。
何かが『迷宮物語』と違う。思い出そうとすると頭が痛い。俺は違和感の正体を突き止めることを諦めてアディ以外の特待生を観察した。多くは前の方に座っている。アディはなぜか俺の隣だ。傍から見たら、俺はアルメッサー辺境伯の娘であるアディの従者のような立場に見えているだろう。
特待生の中でも一番レベルが高いのは美しい銀髪を肩まで垂らした少女だ。
「なあんだ、レオもやっぱりクリスティナ王女に興味があるのね」
「え、それは、まあ…」
「ふーん」
銀髪の美しい少女はファミール王家の王女であるクリスティナだ。クリスティナは『迷宮物語』を知らなくてもこの世界で有名だ。クリスティナ王女が最上級回復魔法スキルである『超回復』を生まれつき持っているからだ。『超回復』の効果は高く瀕死の大怪我にも効果があるとされている。本来、最上級回復魔法スキルは最上級職の聖女や聖者にならないと取得できない。最上級職じゃないのに最上級スキルを持っているとしたら生まれつきか御遣様から得たかどちらかだ。とにかく、この世界で『超回復』を使えるとはっきりわかっているのはクリスティナ王女ただ一人だ。ジギルバルト騎士団長のパーティーの回復役は最上級職の聖女だとの噂だが公表されているわけでない。
「最上級回復魔法スキルを持っているんだから、俺に限らず皆興味は持っているよ」
なんだか我ながら言い訳がましくなってしまった。
生まれつき最上級スキルを持っていたのではと言われている歴史上の人物は、賢王ウルザルを始め何人かいるが公表されたのはクリスティナ王女が初めだ。その意味でもクリスティナ王女は歴史に残る人物である。クリスティナ王女は『迷宮物語』でもジギルバルト王国騎士団長が学園に入学した時以来の天才という設定だ。現時点で既に上級職の神官になっているという話だからレベル21以上のはずだ。
また頭が痛い。
「レオ、どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。それより、あれがアルベルト・シュタインか…」
「あら、レオって男にも興味があるの?」
貴族には男色も多い。だが、アディが言ったのはもちろん冗談だ。
クリスティナ王女の隣に座っている金髪の少年はシュタイン侯爵家の長男で、メルクル子爵でもあるアルベルト・シュタインだ。シュタイン侯爵家は領地に王家に次ぐ2つの迷宮を持っている。アマデオ侯爵家、ビットリオ侯爵家、アルメッサ―辺境伯家と合わせて4大貴族と呼ばれている。シュタイン侯爵家は4大貴族の中で現在もっとも勢いがある。領地にある迷宮の数も他の3家が1つに対して2つだ。次期侯爵である嫡男アルベルトは10代にして領地にあるバセスカ迷宮5階層に出現した御遣様を倒して上級魔法スキルを取得したと聞いた覚えがある。クリスティナ王女よりレベルは低いし、まだ上級職にはなっていないはずだからレベル15くらいか…。
どうも思い出せない…。
ちなみに御遣様を倒して覚えられるスキルは最大で3つまでという制限がる。俺は既に『雷弾』と『天雷』の二つを覚えているからあと一つしか覚えられない。4体目の御遣様を倒すとどうなるのかというと、新しいスキルを覚えるのを諦めるか、これまでに御遣様から得たスキルのどれかを捨て新しいスキルを覚えるかのか、どちらかを選択することになる。少なくとも『迷宮物語』ではそうだった。この世界でもそうなのかどうかはわからない。王家とか4大貴族とかが知っていて秘匿している可能性だってある。スキルや職に関する情報はそれだけの価値がある。
エレニア・ブレンティスの姿も見える。ブレンティス家は王族派の伯爵家で強力な魔法スキル持ちが多いことで知られている。もちろんエレニアもその一人で風属性魔法が得意だったはずだ。風属性魔法は相手は動けなくする風陣や吹き飛ばしてしまう竜巻などPVPでも補助的に使うとなかなか役に立つ魔法スキルが多かった。もちろん風刃や風槍などの直接ダメージを与える魔法スキルもある。炎系や氷系に比べると威力は低めだが耐性を持っている敵が少ないというメリットがある。
「エレニアは学園長のアイリーン・ブレンティスの姪なのよ」
俺がエレニアを見ていたのに気がついたアディが説明してくれた。
「そうなんだ」
その設定は初めて聞いた。
魔法のブレンティスに対して剣のダウスゴーと呼ばれる同じく王族派のダウスゴー伯爵家のベルンハルトも特待生だ。ベルンハルトの兄ラインハルトは、3年生でカイル探索者養成学園一の剣士と言われている。現時点でレベル25くらいだとの噂だ。それなら卒業時には30近くになるだろう。レベル30といえば王国騎士団でも大隊長クラスだ。ジギルバルトの次の騎士団長はラインハルトで間違いないとまで言われている。ベルンハルトは天才である兄ラインハルトを尊敬する一方で複雑な思いを抱いている。
そのほかにもギルリーム家のシルヴィアも確認できた。ギルリーム伯爵家は魔族の血を引いていると言われ、代々多くの魔法に長けた人材を輩出している名門だ。ギルリーム家はどの派閥にも属していない中立派だ。 シルヴィアは確か氷系の魔法が得意だったと思う。
それよりも肝心の主人公は誰なのだろうか? 主人公は物語開始時点では特待生ではない。この中にいるのは間違いないはずなのだが…。
俺が考え込んでいるとアディが「どうかしたの?」と聞いてきた。
「いや、なんでもない。やっぱり偉い貴族の子弟ばっかりだなーって思ってただけだよ」
アディはその中でも女性ではクリスティナ王女に次いで格が高い。
MMORPGにおける主人公はプレーヤーの分身でありプレイヤーが名前を付けることができるし性別も容姿も選べる。ゲームでは主人公はプレイヤーの数だけ存在する。だが、ここは現実世界だ。さすがに主人公は一人だろう。この世界での主人公が誰なのかそれが分からない。プレイヤーが名前を付けなかった場合のデフォルトの名前なんてあっただろうか? 性別も分からない。
だが、たぶん誰が主人公かはすぐにわかるはずだ。
なぜなら主人公は俺と同じ平民だからだ。平民の生徒は非常に少ない。主人公を特定することはそれほど難しくないだろう。
俺は『迷宮物語』のガチプレイヤーであったが、ストーリーにはそれほど詳しくない。ガチプレイヤーにとって本番はストーリーが終わりカンストしてからの大規模PVP戦だからだ。PVP以外では塔と呼ばれる最難関迷宮の攻略も目的の一つだ。この塔と呼ばれる迷宮は通常の迷宮が巨大な地下世界なのに対して人工的な塔を上へ上へと攻略していく迷宮で遥か北西の島にあるという設定だった。この世界に塔は存在するのだろうか? サービス終了までに塔の最上階まで攻略したパーティーは10にも満たない。俺は攻略していない…と思う。塔攻略を目指す層とPVPを重視する層でははっきり分かれており、俺はPVP主体のプレーヤーだったはずだ。
うーん、この辺になると記憶が曖昧だ…。
俺がPVP重視のプレイヤーだったことは間違いないと思う。だが、まだ『迷宮物語』のすべてを思い出したわけじゃない。
カイル探索者養成学園の生徒の中に俺以外に『迷宮物語』の記憶を持った者がいるのだろうか?
いるとして彼または彼女はこの世界でどう生きようとしているのだろうか?
とにかくこの危険な世界でアディを守ること、それが俺の一番の目標だ。俺は隣に座っているアディを見る。アディは背筋をピンと伸ばして座っている。
急に俺を方を向いたアディが「なんかわくわくするよね」と言って顔を輝かせた。
「うん」と俺はアディに返事をした。
いよいよ『迷宮物語』のスタートだ。




