2-6(決別).
『迷宮物語』がスタートした頃、また『TROF』の名を口にして僕を訪ねて来た男がいた。
「お前は、コレオグラファーかそれともインプレサリオなのか?」
男は、僕が応接室に入るとすぐに立ち上がって僕を見ながらそう尋ねてきた。
「インプレサリオです」と僕は答えて「ということは、貴方はヴィルトゥオーゾさんということですね?」と訊いた。
男は僕の言葉に頷いた。僕は男を一目見たときからヴィルトゥオーゾではないか思っていた。中折れ帽というのだろうか、帽子を目深に被っているのでその表情は良く分らないのにだ…。体格にもあまり特徴がない。
それでも……。
これで残りはあと一人だけだ…。
「インプレサリオ、お前…」
ヴィルトゥオーゾは部屋を見回すと「ずいぶんと儲けているようだな」と言った。
ここは僕の経営する商会『B・リュス』のアマデオ侯爵領の領都チュニにある支店の一室だ。元は本店だったが、今は本店は僕の領地であるヴィガディール男爵領の領都リュスにある。たまたま僕がこっちにいたのではなく、連絡を受けた僕が急いでここを訪れたのだ。
「僕もこの世界に生まれてからいろいろ努力したんですよ。それにプリマドンナとマエストロにも会えました。二人もいろいろ協力してくれています」
「よく会えたな」
「貴方と同じですよ。『B・リュス』の名前に気がついて訪ねてきてくれたんです。そのためにこの名前をつけたんですから」
「なるほど」
『B・リュス』とは僕がクラン『TROF(秋の祭典)』を設立する前に最初に作ったクランの名前だ。途中でいろいろあって名前を『TROF』に変えたのだ。
「それでヴィルトゥオーゾ、貴方も僕に協力してくれますか?」
「その前にお前の目的はなんだ?」
「『迷宮物語』の時と同じですよ」
「この世界の覇権を取ると?」
「ええ」
ヴィルトゥオーゾはちょっと考えてから「それは無理だな」と言った。
「どういう意味です?」
ヴィルトゥオーゾは僕の問いには答えず「コレオグラファーとエトワールは?」と訊いた。
「エトワールは『B・リュス』を設立して一番に訪ねてきてくれました。彼女は『B・リュス』の時からのメンバーですから最初に気がついたんでしょう」
「それで」
「彼女は僕と一緒に行動することを断りました。この世界の支配者になることには興味がないそうです」
「ふーん」
「それから彼女とは会っていません。ここを訪ねてきた時、彼女は顔が分かり難いように帽子をかぶっていました。貴方と同じですよ。他にも変装していたようですね。僕に身元がバレないように細心の注意を払っていました。彼女は僕の目的を確かめに来たようでした。そして僕の目的がこの世界の支配者になることだと知って去っていきました。だから彼女がどこの誰かも今どうしているのかも知りません。ですが、この世界で一人で何かできるとも思えませんね」
実際には方法はあるかもしれない…彼女なら…。だが、例の迷宮は既に僕が確保している。
「なるほど」
「それでコレオグラファーは?」
コレオグラファーのことは僕も気になっている。彼が仲間になってくれれば心強い。特に彼の知識は喉から手が出るほど欲しい。それに彼自身の一撃必殺の…。一方で僕は彼には思うところもある。それはたぶん嫉妬だ。コレオグラファーは『迷宮物語』時代、『TROF』の中でクランマスターの僕以上の重要人物だった。僕は、今度は僕自身が中心となってこの世界の覇者になりたいという気持ちがある。
「コレオグラファーのことは全くの不明です」
「……」
「ですが、さっきも言ったようにプリマドンナとマエストロは僕の協力者になってくれています。貴方も是非」
「さっきも言ったが、それは断る」
「貴方もエトワールと同じでこの世界を支配することには興味がないのですか?」
ヴィルトゥオーゾはそれには答えず。
「お前はこの世界に生まれ変わったのか?」と訊いた。
「どういう意味ですか? 貴方だってそうなんでしょう? プリマドンナとマエストロだって同じです。そして生まれた場所や出自は違いますが僕たちは再び会うことができました」
ヴィルトゥオーゾは僕を舐めるように見ると「とにかく俺はお前たちと一緒には行動しない」と言った。
そこで僕はようやく今目の前にいる男が『迷宮物語』時代のそつのない会社員だったヴィルトゥオーゾとは全く違う雰囲気を身に纏っていることに気がついた。
むしろどちらかと言えば…。
★★★
「ふーん、そんなことが…」
僕がヴィルトゥオーゾが訪ねてきたことを話すとプリマドンは考え込んでいる。
「結局ヴィルトゥオーゾは俺たちには協力しないってことでいいんっスよね」
「ええ、そのようです」
「あの人なら、一番に長いものに巻かれそうなのに、なんかちょっと変な感じっスね」
「結局、あれに巻き込まれたと思われる6人のうち、私たち3人以外は単独行動ってことね。それとも3人で纏まってるのかしら?」
「いや、それはない。ヴィルトゥオーゾは他の二人のことを気にしている様子でした」
「それにしても、ヴィルトゥオーゾはなぜ今になって現れたのかしら? ヴィルトゥオーゾは私やエトワールちゃんと同じで『B・リュス』時代からの初期メンバーなのに。ちょうど『迷宮物語』のストーリーが始まったこの時期になって…」
それにヴィルトゥオーゾはまるで…。
「確かに、初期メンバーでなかった俺でも気がついたのに…」
マエストロが『B・リュス』の存在に気がついて僕を訪ねてきたのは王都に『B・リュス』の支店を出してからだ。
「3人の居所さえわからないのは不気味っスね」
「コレオグラファーにいったっては訪ねてさえ来ていないのよね?」
「ええ。ただ、コレオグラファーは『B・リュス』時代からのメンバーではないですから気がついていないのかもしれません」
「でも、あのコレオグラファーが…」
「いや、コレオグラファーが興味を持っていたのは陣営戦で勝つことだけっスよ」
マエストロの言う通りだ。あいつはクランにもクランのメンバーにもそれほど興味を持っていないようだった。僕は、黒っぽい服装を身に纏った術家気取りの優男コレオグラファーを思い出した。オフ会でのコレオグラファーは、闇に紛れて一撃必殺の攻撃を繰り出すゲームの中のコレオグラファーのようだった。
少しの間、3人とも沈黙していた。それを破ったのは僕だ。
「とにかく計画通りに事を進める。僕がアマデオ侯爵領でしかも金持ちに生まれたのは幸いだった。アマデオ侯爵家にも楔を打つことができた。そして今では僕は男爵だ。領地にはミスリル鉱山と迷宮がある」
「とりあえず覇権を取るっていうのなら人手が足りないわね」
「ラングレー達が信用できそうな探索者や傭兵を探している。だけど、信用できそうなってとこが問題だ。ある程度の人数になったらアマデオ侯爵家を取り込むほうが早いかもしれない」
「それは、実力でってことなの?」
「まあ、そうなるかも。金と武力ってとこかな」
「それに女も加えれば完璧っスね」
マエストロの言葉にプリマドンナが顔を顰めた。
「とにかく僕達にはダゴン迷宮がある」
「そうね」
「そうっスよね」
ダゴン迷宮…僕がやっと手に入れた迷宮だ。
ダゴン迷宮は『迷宮物語』のサービス終了間際に追加された迷宮だ。ダゴン迷宮では通常の2倍の経験値が得られる。新規のプレイヤーが古参プレイヤーに追いつくための最後の手段として実装された迷宮だ。20階層までの迷宮でレベル50になるくらいまで役に立つ。ダゴン迷宮が実装された頃にはプレイヤーの数はかなり減っていた。
「まずは、僕たち自身がこの世界最強になることだ。そしてその準備はできている」
ここまで読んで頂きありがとうございます。
第2章はこれで終わりです。第3章では、いよいよレオニードが学園に入学します。『迷宮物語』のスタートですね。
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また、拙作「ありふれたクラス転移~幼馴染と一緒にクラス転移に巻き込まれた僕は、王国、魔族、帝国など様々な陣営の思惑に翻弄される…謎解き要素多めの僕と仲間たちの成長物語」と「乙女ゲームの断罪の場に転生した俺は悪役令嬢に一目惚れしたので、シナリオをぶち壊してみました!【連載版】」も読んで頂けると嬉しいです。




