2-4(10階層を目指せ!).
「セルゲイ様、準備はいいですか?」
「うん、OKだよ。ラングレー」
僕は杖を持つ手に力を籠める。僕達が扉に近づくと重々しい外観にもかかわらずそれは滑るように自然に開いた。それから間もなく僕たち4人のボス戦が始まった。
今僕がいるのはシュタイン侯爵領にある二つの迷宮の一つでバセスカ迷宮5階層のボス部屋だ。シュタイン侯爵は4大貴族の中で唯一その支配地域に二つの迷宮を持っていて4大貴族の中で今一番勢いがある。ちなみにもうひとつはドリスカ迷宮だ。バセスカ迷宮はアマデオ侯爵領のヒューロン迷宮と同じ15階層、ドリスカ迷宮のほうは10階層でいずれも攻略されている。
シュタイン公爵領は王国の南東に位置し南北に縦長である。北はアルメッサー辺境伯派の領地だ。そして東隣りの隣国であるオルデン聖国とは長く国境線を接している。オレデン聖国もファミール王国もその南側は海だ。ファミール王国とオルデン聖国は仲が良くも悪くもない。オルデン聖国はその名の通り宗教国家であり、シズメア教と呼ばれる宗教が国を束ねている。最高権力者は教皇である。シズメアとは救世主とされている人物の名であり、国の名前にもなっているオルデンとはその一番弟子の名前である。シズメア教は比較的新しい宗教かつ他の宗教を認めないやや過激な側面を持つ宗教である。とはいえ、異教徒をすべて迫害し一切付き合わないとすれば国は成り立たない。周辺国家も黙っていないだろう。そのため今のところはほどほどの対応というか要は現実路線を選択している。
一方、ファミール王国は宗教や人種には比較的寛容な国家だ。多くの地域で嫌われることも多い魔族の血を引いているといわれる人達にさえも寛容だ。もちろん比較的という形容詞はつくのだが…。そのファミール王国としてはやや過激な教義を持つシズメア教はあまり好ましくない。国としてだけでなく国民の間でも好かれてはいない。王国民の多くは大陸でもっとも一般的で穏当な教義のリブラト教を信仰している。しかしオルデン聖国と長い国境を接しているシュタイン公爵領においては、やや事情が異なる。特にその国境付近ではシズメア教を信仰するオルデン聖国系の住民も多い。王国内のシズメア教徒を保護するなどの名目でオルデン聖国が何か仕掛けてくる可能性はゼロではない。実際に国家間の大問題にまで発展してはいないものの小競り合程度は定期的にある。ただ表面的には国交もあるし過去に大規模な戦争をしたことがあるわけでもなく経済的な結びつきもある。なので両国の関係は良くも悪くもないという表現が適切だ。
僕はアマデオ侯爵からの推薦により王国から爵位を貰おうと画策している。もちろん金がいる。だがそれだけでは足りない。僕はアマデオ侯爵への貢物を手に入れるため、ラングレー達と一緒に遥々シュタイン侯爵領のバセスカ迷宮まで遠征しているのだ。今やラングレー達はアランと並ぶもっとも信頼できる部下だ。ちなみにこの迷宮に入るため許可をシュタイン侯爵からもらうために結構なお金を使った。大貴族というのはその体面を保つために見かけより金を必要としている。本当はもっと領地のために使えばいいと思うんだけど…。
「『浄化』!」
僕は杖を掲げて、ラングレーの陰からボスであるデュラハンに『浄化』を使った。『浄化』は状態異常を解除するスキルだが、アンデッドには攻撃魔法として機能する。この迷宮にはアンデットが多く出現する。ここまで来るまでに倒してきたゾンビやグールはゲームの時でさえ不気味だったのにその気持ち悪さが5割増しになっていた。
「ぐぅー!」
透明な風のような『浄化』を受けたデュラハンが蒸気のような煙を上げて小さく呻く。
「『炎弾』!」
僕に続いてイリヤが魔法を使った。イリヤの『炎弾』は威力と速度が強化されている。ただ、『炎弾』を2回強化するのはちょっともったいない。本当は『瞑想』とかがあったほうがいい。だけど、この世界の人達は職業スキルを選択できないんだから仕方がない。
「『刺突』!」
上級槍士のノイマンが槍の代表的スキルの一つである『刺突』を放った。槍の先が少し輝いている。かなりのスピードだから強化されているのかもしれない。
ガキッ!
デュラハンは盾で『刺突』を受けたが押されて仰け反った。仰け反りは『刺突』の持っている効果だ。
「『スラッシュ』!」
ノイマンは物理攻撃職なら全員持っている『スラッシュ』で追撃した。 コンボになったので『スラッシュ』の威力は少し上がっている。コンボについてはこの世界の人達もある程度知識は持っているが『迷宮物語』のプレイヤーの知識のほうが上だ。多くのプレイヤーが数えきれないほど試して見つけ出したものだから当たり前である。
「『炎弾』!」
またイリヤが『炎弾』で追撃した。
「『浄化』!」
僕もCTが空けた『浄化』を使う。
ラングレーは僕を守ることに徹している。
結局、僕達はそれほど苦戦することなくデュラハンを倒した。大きく盾を左右に振って突進してくる『回避』や『ガード』の無敵効果が通用しない特殊攻撃も僕が確実にその前兆を予想して注意喚起したので問題なく乗り切った。このなかで一番レベルの低い僕でさえレベル17なのだ。苦戦するはずがない。
「『回復』!」
僕はノイマンの腕の傷を治した。
「セルゲイ様、ありがとうございます」
だけど、僕にはちょっと気になることがあった。僕はデュラハン戦の間に結構『回復』を使った。確かに苦戦はしていない。
だけど、思ったより…。
5階層ボスのデュラハンを倒した僕達はその後も順調に先に進んだ。デュラハンは剣を落としたが、一般級だったので、とりあえず売るしかない。僕たちの中で唯一剣を使っているラングレーにはザルバ大迷宮産のレア級の剣を買い与えている。ボスとはいえ5階層ならこんなもんだ。
「しかし、11階層とはちょっと難易度が高いですな」
「お前たち3人は全員レベル21を超えて上級職についているんだから問題ないだろう」
現在の彼らのレベルはこんな感じだ。ラングレーはレベル25の上級重剣士、イリヤはレベル24の上級魔法使い、ノイマンはレベル23の上級槍士だ。僕のレベル上げに付き合っているだけなので彼ら自身のレベルは最初に会った時とほとんど変わっていない。特にラングレーは全く上がっていない。レベルが高い者ほどレベルが上り難いのだから仕方がない。
「イリヤとノイマンはヒューロン迷宮でも10階層をクリアしておりません。俺もここの10階層は初めてですし…」
「問題ないよ。ここの10階層のボスはスケルトンロードだ」
「それは俺も知っていますが…」
もちろん既にクリアされているボスなんだから情報は収集してきている。それに加えて僕には『迷宮物語』の知識がある。
ゲームでは不死王と表示されていた。
「5階層のデュラハンと同じで僕のスキル『浄化』が攻撃魔法として機能する」
「はい。ですがセルゲイ様は、まだレベル17ですし…。いえ、もちろんセルゲイ様の年齢でレベル17というのは破格です。それこそカイル探索者養成学園でも主席になれるでしょう」
「ラングレー、クリスティナ王女がいるから主席は無理だよ。でもスケルトンロードを倒せばそれも夢じゃないかもしれないね。どっちにしてもカイル探索者養成学園には行かないけどね。それと、さっきレベルが上がったから今は18だ」
「それは、おめでとうございます」
イリヤとノイマンもおーっと言う感じで祝福してくれた。
今の僕のステータスはこんな感じだ。
【セルゲイ・ヴィガディール 14才】
<レベル> 18
<職業> 僧侶9
<魔法スキル> 回復、浄化、後方回避、瞑想、攻撃力上昇
<武器> メデューサの杖(レア級、補助効果:回復効果+3%)
<アイテム> 知恵の指輪(一般級)、魔力の指輪(一般級)
レベルが19になれば僧侶レベルは10になり上限だ。そして21になれば上級職になれる。僧侶系のままではアンデッド以外には攻撃が全くできないので、僕は上級職は神官ではなくクレリックを選ぶ予定だ。クレリックは回復魔法スキルと攻撃魔法スキルの両方が使える職だ。僧侶からクレリックになるにはちょっとした条件があるのだが、僕は既にその条件を満たしている。
クレリックの後は賢者か聖戦士を選択する予定だ。
賢者はクレリックからの正当進化でクレリックと同じく回復魔法スキルと攻撃魔法スキルの両方の使える。
聖戦士のほうは回復魔法を使える戦士だ。普通は上級戦士からなることが多い。そのほうが多くの斧で使えるスキルを覚える。だが、クレリックを経由してなると攻撃魔法スキルも覚えているという利点がある。どちらが上ということはない。一長一短である。クレリックから聖剣士、聖槍士、聖戦士などになるにはある条件を満たす必要がある。僕は『迷宮物語』時代は最上級職の聖戦士から伝説職の神聖戦士になった。できれば同じ道を目指したい。そのためにも多くのアンデッドが出現するこの迷宮を経験しておくのは意味がある。
余談だが、手ごわい魔物を相手にするのなら回復役は神聖剣士系の職よりも回復に特化した大聖女や大聖者のほうがいい。回復力が段違いなのだ。神聖剣士系の職に比べればまだ大賢者のほうがましだ。『迷宮物語』での対魔物戦は基本パーティー戦だから中途半端な職よりも振り切った職のほうがいい。ただ。僕たち『TROF』はPVE勢ではなくPVP勢だった。対人戦を好む者は個人の力を重要視する。その点、自ら回復もできる神聖剣士系の職は継戦能力が高くPVPでは非常に好まれた職の一つだ。
その後、僕たちが10階層の安全地帯まで到達したときにはもう夕方になっていた。迷宮の中で夕方もないのだが、それでも疲れは溜まるし睡眠は必要だ。
「今日はここで野営しよう」
「わかりました」
ここまで来るとさすがに探索者の姿も少なくなってきた。レベル20を超える者は少ない。例えば、王国騎士団でもレベル20と言えば中隊長クラス、レベル30なら大隊長クラス、さらにレベル41を越え最上級職に就けば4人しかいない師団長クラスということになる。この世界最強と言われている王国騎士団長ジギルバルトはレベル45くらいだとの噂だ。これにはちょっと思うところがある。あとは、もちろん探索者にも強者はいる。例えばラングレーたちだって全員上級職に就いているのだ。有力クランの幹部たちならレベル40近くの者だっているかもしれない。在野に王国騎士団師団長クラスの強者が隠れていないとは限らない。『迷宮物語』の時はそんなことは考えてもみなかった。最期はプレイヤー同士のPVPに明け暮れていたからだ。




