1-2(剣士レオニード).
「ぐゎ!」
シグルド様が右へ払った剣を避けきれなかった俺は、鈍い痛みとともに大きく後ろに飛ばされて仰向けになった。
「もう終わりか」
「まだやれます」
俺は痛みに堪えて急いで立ち上がると剣を構える。
「ふむ」
シグルド様も練習用の木剣を上段に構える。
「まあ、やる気だけは認めてやる」
俺がその言葉を聞き終える前にシグルド様の剣が眼の前に迫っている。俺は慌てて剣で防御態勢を取る。木剣同士が当たった鈍い音とともに俺は数歩後ずさったがなんとか踏みとどまる。だが、既にシグルド様の第二撃目が…。
これは避けられない。
「がはっ!」
その後、何度となく倒されては起き上がり、なんとかシグルド様に食らいつこうと頑張ったものの実力の差は如何ともし難く、いつものように俺がボロボロになり訓練は終わった。
「ありがとうございました」
俺は心からの礼を言う。シグルド様が俺に剣の稽古をつけてくれる機会はとても貴重だ。
「これを飲んどけ」
シグルド様は俺に下級ポーションを放り投げた。俺は慌ててそれを受け止める。下級とはいえポーションは貴重だ。最初は遠慮していた俺だが、最近では遠慮なく受け取っている。
「キュリオスのようになりたいんなら努力を怠らぬことだ」
キュリオスとは父さんのことだ。
ここはファミール王国の北東部にあるアルメッサー辺境伯領の領都アルヘイムだ。アルメッサー辺境伯は王国の4大貴族の一人で王国の北東部を治めている。そして、シグルド様はアルメッサー辺境伯騎士団の大隊長の地位にある騎士だ。シグルド様はもういい年だが足を痛めていなければ少なくとも騎士団の副団長にはなっていたと言われている猛者だ。
シグルド様が足を痛めたのは父さんが死んだのと同じ戦争でのことだ。そのことを思い出すと未だに胸の中にもやもやしたものが広がる。
アルメッサー辺境伯を盟主とする王国北東部は大陸最大の国家であるリアブルク連合国と国境を接している。リアブルク連合国はファミール王国の約5倍の領土を持ち9つの公国からなる連合国家だ。アルメッサー辺境伯領と国境を接しているのはウラニア公国だ。国境付近は両国の小競り合いが絶えない地域となっている。
父さんが死んだのは5年前のことだ。当時、毎年のようにあるウラニア公国との小競り合いに父さんはシグルト様率いる中隊の小隊長として参加していた。当時中隊長だったシグルト様は、既に個人の武ではアルメッサー辺境伯騎士団の団長と並んで王国北東部最強の存在と看做されていた。
その戦いはアルメッサー辺境伯であるサイモン様の長男アモンの初陣でもあった。
ウラニア公国との小競り合いに息子アモンを送り出すに当たって、サイモン様は経験の浅い息子を頼むとシグルド様に頭を下げたのだそうだ。よほど息子のことが心配だったのだろう。アモンはその戦いにおける名目上の指揮官だった。
結局、その戦いで功を焦ったアモンが相手を深追いし過ぎた結果、父さんが命を落とす結果となった。周りが止めるのも聞かず、相手を深追いし罠にはまり敵に囲まれたアモンを最後まで守ったのがシグルト様と父さんだ。そのおかげでアモンは包囲から逃げ出すことができたが、父さんは命を落としシグルト様の左足は義足となった。シグルト様と父さんはサイモン様からの頼みを全うするため全力を尽くしたのだ。俺はそんな父さんを誇りに思っている。
父さんの葬儀にわざわざ出向いてきたサイモン様は母さんとまだ7才だった俺に長い間黙って頭を下げていた。辺境伯という高位貴族としては、それが精一杯の誠意であったのだろう。サイモン様の屋敷で使用人として働いていた母さんは父さんが死んで一年後に流行り病で亡くなった。あっけないもんだった。
俺は天涯孤独の身となった。
俺はサイモン様からの従者見習いとして屋敷で働かないかという誘いを断って街で一人暮らしを始めた。最初は宿屋や商店の雑用、使い走りなんでもやった。商店の使われていない倉庫のような場所を寝床にしていたこともある。ほとんど浮浪児だ。もう少しあの生活が続いていたらあまり褒められたものではない組織の一員にでもなっていただろう。だが、今の俺は街の外で魔物を狩って生活の糧を得ている。というのも俺は10才のとき『剣士』の職を天から授けられたからだ。俺は幼いころから父さんに剣術を習っていた。父さんは厳しかった。俺も剣は嫌いではなく結構頑張ったと思う。『剣士』の職を得たのはそのおかげもあるのかもしれない。
この世界では10歳になると一部の者は天から職を与えられる。そのうち剣士、槍士、弓士、戦士、魔法使い、僧侶など戦闘系の職を授かった者の多くは探索者か騎士になる。鍛冶師や薬師なんて職もある。そして俺はなんと『剣士』の職を得た。多くの者が無職なのでこれは運がいいと言える。そして『剣士』になって2年が過ぎ、今の俺のレベルは2だ。『剣士』としての職レベルはまだ1だ。なぜか職を得た者は頭の中にレベルや取得したスキルの情報が表示されるようになる。これをステータスと呼んでいる。
「この調子でいけばアルヘイム探索者養成学園に入学できる」と訓練が終わり汗をぬぐいながらシグルド様が言った。
この国には迷宮の探索者を養成する学園が、王都に3つ、4大貴族の領地にそれぞれ一つずつの合計7つある。アルヘイム探索者養成学園の入学基準は15才で何らかの戦闘系の職に就いており、かつレベル3以上になっていることだ。ちなみに王都にある探索者養成学園のうちエリート養成機関であるカイル探索者養成学園の入学条件は15才でレベル5以上だ。レベル5といえば王国騎士団に入団できるレベルなのだからカイル探索者養成学園がいかにエリートの集まりであるかがわかる。
「シグルド様のおかげです」
俺は素直に頭を下げる。俺は『剣士』の職を得たとき父さんの上司であったシグルド様を訪ねて剣の訓練を願い出た。俺は自慢ではないが父さんが亡くなってからも剣の訓練を欠かしたことはない。シグルド様は俺が父や自分と同じ『剣士』の職を得たことをとても喜んでくれた上、俺の申し出を快く了承してくれた。そのおかげで今日の様にシグルド様の時間のある時に剣の稽古をつけてもらっているというわけだ。
「ただ、15才までにレベル5は難しいかもしれない。本当は迷宮でレベル上げができればいいんだがな」
つまりエリート養成機関であるカイル探索者養成学園への入学は難しいという意味だ。
「平民の俺にカイル探索者養成学園は無理ですよ」
シグルド様は俺の言葉に溜息を吐くと「お前の才能なら本当はそうさせてやりたいんだが…」と呟いた。シグルド様は俺を王都のエリート養成機関であるカイル探索者養成学園に入れてやりたいと思ってくれているみたいだ。
ちなみにシグルド様自身は上級職の『上級剣士』でレベル30以上はあるはずだ。上級職にはレベル21でなれる。現在この世界で最強と言われているジギルバルト王国騎士団長はレベル45くらいで『最上級剣士』だという噂だ。最上級職になれるのはレベル41からだ。一般の探索者や騎士からみれば人間離れした強さだ。だけど、シグルド様だって足を傷めなければ…。
レベルというものは今日のような訓練や森で魔物を狩ったりしても上げることができる。だが、なぜか迷宮の魔物を倒すのが一番上がりやすい。迷宮に入ることができるのは騎士か探索者、探索者養成学園の生徒、もしくは迷宮を管理する王国か4大貴族に許可を得た者だ。騎士団を持っているのは国と4大貴族だけだ。そして探索者のほうは探索者ギルドという組織があり、さらにその中に探索者の集まりであるクランがある。探索者になろうと思えば探索者クランに入る必要がある。そして結局クランに入るためには探索者養成学園を卒業する必要があり、そもそも探索者養成学園に入学すれば迷宮に入ることができる。なんだか堂々巡りだ。
エリート養成機関であるカイル探索者養成学園の生徒のほとんどが貴族の子弟だ。カイル探索者養成学園へ入学しようと思えば、入学前に迷宮でいわゆるパワーレベリングをすることが必須だからだ。そうでなければとても入学条件を満たせない。もちろん特別な才能も必要だ。
探索者養成学園と名はついているがカイル探索者養成学園を卒業すれば騎士団でも最初からエリートして迎えられる。仮に騎士にも探索者にもならなかったとしてもカイル探索者養成学園を卒業したという肩書は何をするにも役に立つ。
平民の俺には縁のない話だ。
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