2-3(最初の訪問者).
僕はラングレー達と一緒にヒューロン迷宮5階層ボスを周回してレベル上げに勤しんだ。そのおかげで僕のレベルも14になった。
ちょっと前に僕は14才になった。それでレベル14なら申し分ない。そろそろ6階層から先にも進んでもいいかもしれない。最近ではラングレー、ノイマン、イリヤ、そして商会を任せているアランなどの伝手で戦える部下を増やしている。すでに20人以上を確保した。『B・リュス』護衛部隊と言った様相を呈している。そして全員に探索者登録をさせてヒューロン迷宮でレベルを上げさせている。探索者になるにはクランに入る必要がるが、ラングレーたちを確保した時に、お金にものをいわせてクラン『リュス』を設立しているから問題ない。
そんなある日のこと、僕は一人の女性の訪問を受けた。その女性は、いきなり会頭に会いたいと言ってビットリオ侯爵領の領都チュニにある『B・リュス』の本店を訪ねてきた。最初、本店の使用人はその女性を追い返そうとしたが、身なりが良かった上、その女性は「会頭に『TROF』と伝えてくれれば分かる」と告げた。その使用人は上司に相談した。そして上司は『TROF』という言葉を口にした者が訪ねてきたらすぐに会頭の僕か副会頭のアランに伝えるように言われていた。そして、もちろん僕はその女性に会うことにした。そもそも僕が商会に『B・リュス』と名づけたのはこのことを期待していたからだ。
その女性は部屋に入っても帽子を取らなかった。はっきり言って失礼だ。しかも前髪で顔の表情が分からない。それでもまだ僕と同じくらいの年の少女だということはわかった。やはり、この世界に転生した者は皆同じ年なんじゃないだろうか? さらに言えば『迷宮物語』の主人公と同じ年だ。それに身なりがずいぶんいいから貴族かもしれない。
チュニにある『B・リュス』の応接室で僕と向かい合ったその少女は開口一番、僕に質問してきた。低く掠れたような声だ。わざとかもしれない。どうやら身元を知られたくないようだ。警戒しているのだ。その気持ちは僕にもわかる。
「あなたが、この商会の会頭のセルゲイ・ヴィガディールね。それで、あなたコレオグラファー、インプレサリオ、ヴィルトゥオーゾ、それともマエストロなの?」
少女は、いきなり砕けた口調で訊いてきた。
ああー、ついにこの日が来た。あのときこの世界に生まれ変わったのは僕だけではないと信じていた。それでも仲間たちの名前を聞くと胸が熱くなる。
僕はその言葉に頷くと「インプレサリオだ」と正直に告げた。
「そう、ちょっと意外だよ。商会を設立してこんな名前を付けるなんて、てっきりコレオグラファーさんかと思ってた」
「そういう、きみは?」
「私はエトワールだよ」
「そうか」
エトワールは『B・リュス』時代からのメンバーだから、必ず気がつくと思っていた。やはり最初に訪ねてきたのはエトワールだった。
「僕のほうは予想通りだな」
「僕だなんて似合わないね」
少し素の声が混じった。やはり若い。
「しかたがないだろう。前世の記憶が戻ったのは5才くらいの時だ。しかも、平民だけど僕の家は金持ちなんだ。僕は、金持ちのぼんぼんってことだよ」
「ふーん、前世の知識でミスリル鉱山を発見したおかげかと思ってたけど…」
やはり気がついていたか…。ここを訪ねて来るに当たって『B・リュス』や僕のことはある程度調べているのだろう。
「もちろんそれもあるけど、もともと僕の家は金持ちなんだ」
エトワールは僕を上から下まで舐めるように観察すると「それで、11才で商会を設立した天才児の目的はなんなのかな?」と訊いてきた。
「エトワールだってわかっているだろう?」
「ううん、わからないよ」
「『迷宮物語』の時と同じだよ」
「この世界の支配者にでもなるつもり?」
エトワールの口調には呆れたような、そして少し怒っているようなニュアンスが感じられた。気のせいだろうか。
「まあ、そうなれればいいなとは思っているよ」
僕はできるだけ平静を装って答えた。
「それで商会に『B・リュス』なんて名づけたの? 昔の仲間が気がつくように…ってこと?」
僕はエトワールの言葉に大きく頷いた。
「その通りだよ。どうせなら『迷宮物語』の時と同じようにみんなでと思ったんだ」
「そう、みんなで…。あなたにとって、この世界は『迷宮物語』なんだね」
エトワールは相変らず僕を値踏みするように見ている。
「エトワール何を言ってるんだ。この世界が『迷宮物語』だってことはきみだって気がついているだろう?」
「そうかもね」
「それなら…」
エトワールはしばらく黙っていたが「あなたとはこの世界では一緒にやれそうにないな」と言った。
「どうしたんだ、エトワール。『TROF』は楽しかったじゃないか。俺たちは常勝軍団だった」
つい、自分ことを俺と言ってしまった。
「そうね。でも、やっぱり私はあなたには協力できない。もう二度と会うこともないよ」
その後は僕が何を聞いてもエトワールは返事をしなかった。エトワールが去った後、僕は茫然としていた。
この世界で初めて訪ねてきてくれた仲間だったのに…。
★★★
「セルゲイ様、目標の金額に到達しました」
「そうか」
ついに計画を次の段階に進める準備ができる。エトワールからは協力を断られたが、僕の計画は変わらない。まあ、計画が進めば彼女もわかってくれるだろう。
「では、アラン、予定通りあの場所を確保してくれ」
「かしこまりました」
考えてみればあの場所がミスリル鉱山に近いのは神の配剤のように思える。ミスリルの鉱山からも近いから『B・リュス』があの辺り一帯を買い占めても不自然ではない。ミスリル鉱山も含めた一帯は『B・リュス』という小さな国のようになるだろう。護衛部隊ももっと増やさなければ…。
きっと僕がこの世界でしようとしていることを神様も望んでいるんだと思う。
「それで、セルゲイ様、そろそろ教えてくれてもいいのでは?」
「何をだ?」
「あの場所に何があるのかを…です」
アランは3年以上僕に仕えている。信用できる。
「迷宮だ」
「ま、まさか…。新しい迷宮が…」
アランが驚くのも無理はない。迷宮は国の宝だ。迷宮が発見されれば国に届ける必要がある。だが、貴族であれば領地にある迷宮を管理することが許される。事実上、所有できるってことだ。父は金持ちだが平民だ。あの迷宮を公表する前に金の力でもなんでもいいから爵位を得たい。
「本当だ。間違いない」
「セルゲイ様が仰るのならそうなのでしょう」
僕はミスリル鉱山のことだけではなく、この世界の地理的な知識を幾つかアランに披露していた。陣営戦ではマップに目を凝らして毎週戦闘していたのだから当然いろいろな知識がある。
「それでだ、アラン」
「はい」
「僕は今所有している土地と今回確保する予定の土地を領地とする貴族になりたいんだ。それまでは迷宮のことは秘密にする」
「迷宮を発見して、国に報告しないのは大変な罪になります」
「もちろん、知っている。だから信用できる者を集めてくれ。それと早く爵位を手に入れたい」
爵位を手に入れれば領地にある迷宮は実質その貴族のものだ。
アランは少し考えると「セルゲイ様は既にミスリル鉱山の発見によって我が商会だけでなくアマデオ公爵領にも利益をもたらしています。あとは…そうですね…セルゲイ様の知識で何かアマデオ侯爵に特別な贈り物を用意できませんか?」と言った。アランには詳しくは説明していないが、アランは僕が不思議な知識を持っていることを知っている。
アマデオ侯爵には既にかなりの金を投資してヒューロン迷宮の探索などに便宜を図ってもらっている。最終的には僕がアマデオ侯爵を傘下に収める予定だ。今、そんなことを言えば、アランとて信じないだろうが、あの迷宮が手に入れば可能になるのだ。
「特別な贈り物…」
そうか、あれを使うか…。
ちょっと惜しいがレベルが上がればそれほど大したものではない。だが、あれを手に入れるためにはもう少しレベルを上げる必要がある。そろそろ5階層ボスの周回は終わりにして6階層から下に挑むか…。
「アラン、アマデオ侯爵への贈り物については当てがある。僕への叙爵についての交渉はアランに任せる。父上にも協力を頼んでみよう」
父は僕には甘い。
「それと、アラン、もう一つの件のほうはどうだ」
「そっちについては、今のところ目ぼしい情報はありません。引き続きリュスを訪れる船には注意します」
「そうか、まあ、そんなに簡単には見つからないか…」




