1-1(プロローグ).
「それにしてもこんな神ゲーがたった5年でサ終(サービス終了)なんて悲劇としかいいようがないっスねー」
いかにも学生といったラフな格好の若い男が、その外見とは全くマッチしない大げさな身振りを交えて隣の20代後半くらいの眼鏡をかけた女性に話しかけた。
「マエストロさんがそう言うのもわかるけど、これってある意味私達のせいじゃないかしら?」
「プリマドンナ、俺たちのせいっていうより、コレオグラファーのせいだろう」
そう言ったのは会社員風の30代くらいの男だ。学生風の男がマエストロ、眼鏡の女性がプリマドンナ、会社員風の男がヴィルトゥオーゾだ。
「ヴィルトゥオーゾさん、それは聞き捨てなりませんね。それを言うなら『TROF』のメンバー全員のせいでしょう」
黒っぽい服装に身を包んだ男が少し掠れた声でヴィルトゥオーゾを咎めるように言った。
「ま、まあ、怒るなよ。俺は責めてるんじゃない。むしろ褒めているんだ。コレオグラファーの知略を。それに、言われてみれば確かに全員のせいだよな」
会社員風の男ヴィルトゥオーゾは、彼よりも若くシンプルで黒っぽい服装をして長髪を後ろでまとめている男に慌てた様子で弁解した。このモード風ファッションの長髪の男がコレオグラファーだ。垂れた前髪で表情がわかり難いがなかなかのイケメンだ。
「でも、確かコレオグラファーさんがサ終に持って行ったゲームってこれが初めてじゃないんだよね?」
ヴィルトゥオーゾが余計なことを言うなという目つきで口を挟んできた女の子を睨む。この無邪気な若い女の子はエトワールだ。
「そうだったよね、プリマドンナさん?」
エトワールはヴィルトゥオーゾの視線を無視して年上の眼鏡の女性プリマドンナに同意を求めた。
「エトワールちゃん、他のゲームのことはともかく、ここはやっぱり全員の責任ってことでいいんじゃないかしら」
丸テーブルを囲んでいる俺も含めた一見なんの関係もなさそうな男4人女2人の6人は『迷宮物語』というゲームで同じクランに属する仲間である。今日はいわゆるクランのオフ会で、ここは洋風居酒屋の個室である。個室と言ってもそこそこの広さがあり、他にも2つのテーブルがあって俺達のクランで貸し切っている。今日は運営が主催した最後のオフイベントがあったのだが、その後クランの仲間たちだけで集まって2次会を開いているという訳だ。
俺と一緒にテーブルを囲んでいる6人はクラン『The Rite of Fall(秋の祭典)』、通称『TROF』幹部である。『TROF』はゲーム『迷宮物語』における覇権クランだ。『迷宮物語』はいわゆるMMORPGであり多人数のプレイヤーが同じフィールドで同時に遊べるゲームだ。序盤はRPGらしいストーリーがあってストーリーに沿ってゲームを進めればレベルが上がる。用意されたストーリーをすべてクリアすれば自然とプレイヤーのレベルは上限に達する。
レベルがカンスト、上限に達してからが『迷宮物語』の本番である。そして俺たちが最も力を入れていたエンドコンテンツが陣営戦だ。これはプレイヤーが二つの陣営に分かれて行う大規模PVP(対人戦)であり、毎週土曜日の夜に開催される。プレイヤーはその所属するクラン毎にどちらかの陣営に所属することになる。毎週のようにクランで戦略を立て、他のクランと共闘したり様々な手段を駆使して陣営の勝利を目指す。クランに所属していなければ陣営戦には参加できないので実質クラン戦である。そしてこれがなかなかよくできたコンテンツなのだ。
PVPで重要なアクション性というか操作性はなかなかのものだ。この手のゲームは完全にアクションだけを目的としたFPSゲームなんかと比べる操作性が劣るが、このゲームはそこがかなりよくできていてプレイヤースキルの入り込む余地が大きい。とは言っても、プレイヤースキルだけでは勝てず、装備や戦略も重要でその辺のバランスがとてもいい。
「プリマドンナさんの言う通りッスよ。インプレサリオさんが『TROF』に誘ってくれなければこんなに楽しくゲームはできなかったっス。みんな楽しんだんだから全員の責任ってことでいいんじゃないっスか」
ゲーム『迷宮物語』、そのエンドコンテンツである陣営戦においてクラン『TROF』は強かった。いや強すぎた。インプレサリオこと俺が集めたクランメンバーは、俺自身を含めた6人の幹部を筆頭にそのプレイヤースキルが高かった。そしてなんと言っても幹部の一人であるコレオグラファーの戦略は見事としか言いようがないものだった。それにはいわゆる手段を選ばないといわれる類のものも含まれていた。
陣営戦が始まる前は強制的に一旦自分が所属する陣営の領土に戻されるのだが、何故か戻されない場所を発見したり、特定のスキルを使うと何故か相手から見えなくなったり、本来登れない場所に登って後方から襲い掛かったり、どうやったら発見できるのか分からないようなバグやらルールの穴のようなものを見つけてきて、それを陣営戦に利用した。多くのサブアカウントを駆使した情報収集も含めてコレオグラファーの戦略は尽きることがなかった。
その戦略を卑怯と非難されることもあったがBANされたことはないので運営としてもぎりぎりルール違反ではないという判断だったのだろう。それにコレオグラファーは通常の意味での戦略においても非常に優れていた。
もともとの高いプレイヤースキルにコレオグラファーの戦略が加わり『TROF』は常勝軍団になった。そうなると『TROF』と共闘したり同じ陣営になりたがるクランが増えた。そのためますます『TROF』が所属する陣営が勝つことになる。
運営も連敗しているクランのプレイヤーにバフが付くようにしたりと様々な対策をした。それらの中には一定の効果を上げたものもあったが結局は一過性のものに留まった。
プレイヤースキルだけなら『TROF』と同等以上の者が在籍するクランもあった。他のゲームでも有名なPVPスキルの高い者が集まって作られたクランだってあった。今日の運営主体のオフイベントにも参加していた。それでも一度できた流れを変えることはできなかった。
ゲームを面白くするために『TROF』とは違う陣営に参加するクランが増えればいいじゃないかと思うかもしれないが、やはり多くのクランは勝ち馬に乗りたがった。そして意地でも『TROF』を倒すと頑張っていたクランの内部では、なかなか勝てないことで人間関係が悪化する例も増えてきた。いわゆるギスるというやつでMMORPGあるあるである。
そしてその結果が5年でのサービス終了だ。エンドコンテンツの結果が最初から決まっている上、人間関係の悪化からゲーム内の雰囲気も悪くなり結果プレイヤー数が減る。まあ、こうなるのも当たり前である。かなりの資金を投入した大型タイトルとしては5年という年月はヴィルトゥオーゾが言ったように、たったかもしれないが、かといって決して短い年月でもない。ここに集まったクランメンバーたちはそれなりに長い付き合いだ。俺自身も含めてサービス終了になるにあたり少しばかり感傷的になるのもしかたがない。
「確かに楽しかったっスけど、コレオグラファーさんは楽しむっていうより常に勝つこと? ゲームを支配することに拘ってる気もしたッスね」
マエストロは、一転して小声で隣のプリマドンナに話しかけた。プリマドンナを挟んで反対隣に座っている俺には二人の会話がはっきりと聞こえた。
プリマドンナは眼鏡の上の形のいい眉をちょっと顰めて「あなたの言うことは分かるけど、結局私たちも常に勝つことを楽しんだわよね。最後は全員がゲームの支配者だって立場に満足していたと思うわ」と言った。
俺もそれには同意する。
「確かに。全員コレオグラファーさんに洗脳されてたようなもんっスね」
洗脳か…。確かにそうなのかもしれない。
俺はリアルの人生では世間一般で言うところの勝ち組とは言えない。だがクラン『TROF』はゲームの中では無敵だ。最初に俺が『TROF』を設立した時には、もちろん陣営戦で勝ちたいと思ってはいたが、これほどの常勝軍団になるとは思っていなかった。そして、それには間違いなくコレオグラファーの貢献が一番大きい。『TROF』が常勝軍団になってからは勝ち馬に乗りたい他のプレイヤー達からも持ち上げられ、全員がその立場に酔っていた。ただ俺には少し思うところもある。本当はコレオグラファーではなくクランマスターの俺が『TROF』を常勝軍団に導ければもっとよかったと思う。
俺は改めて幹部の面々を見回した。
初めてのオフ会であの軽薄な学生風の男がマエストロとだと知ったときは思わす笑ってしまった。ゲームの中のマエストロは冷静な判断力を持ったプレイヤーだと評価されている。まあ、ゲームの中とリアルで性格が全く違うのはよくあることだ。そもそもリアルでは全く社交的ではない俺自身がゲームの中では、ここにいる幹部を始め多くのプレイヤーを誘って常勝軍団「TROF」を作り上げたのだ。
俺の向かいに座るコレオグラファーに視線を移す。俺よりもよほどクランマスターにふさわしいと思える男。今も全員を睥睨するように見回している。ゲーム内での彼を知らなければ芸術家を気取ったただの優男にも見える。とにかくその本質が掴み難い。ゲーム内での戦略を見れば頭がいいことは間違いない。それにあれだけのバグやルールの穴を見つけ出す観察力と根気というか執念には敬服せざる得ない。まあリアルの世界では関わり合いになりたくない性格だ。
仕立ての良さそうなスーツを着た会社員風のヴィルトゥオーゾはわかりやすい。ヴィルトゥオーゾは一見無頼を装っているが、実はクランマスターの俺やコレオグラファーに一番気を遣っている。会社でもそうやって長いものには巻かれろ主義でやっているのだろう。俺はゲームの中ではクランマスターだがリアルでの人付き合いは苦手だ。やはりこいつも俺とは相容れない。そこに嫉妬があるのは自分でもわかっている。
女性陣二人は対照的だ。オフ会では天真爛漫で空気を読まないエトワールに対してプリマドンナは慎重な性格に見える。しかしゲームでは全く逆でエトワールの方が常識人でプリマドンナの方が過激だ。相手陣営を圧倒している中、嬉々としてリスキルし続けていたのはプリマドンナのほうだ。もしかして、リアルでのエトワールの無邪気な態度は場を和ませようとわざとやっているんだろうか? だとしたら、この中で一番若いのにも関わらず、一番空気が読めているのかもしれない。残念ながらそもそも社交が苦手な俺にはそれを判断することができない。
「インプレサリオさん、最後に一言お願いしますよ」
俺はそつのないヴィルトゥオーゾの言葉に頷く。さて、そろそろオフ会も終わりにするか
「次の陣営戦がいよいよ最後です。最後まで『TROF』の圧倒的な力を見せつけて勝利を目指しましょう」
俺が最後まで勝利を目指すと宣言して、オフ会も終わろうとしていた時、それは起こった。
「なんか暗くないっスか?」
もともと薄暗い店の中ではあったが、言われてみると暗すぎる。手元の飲み物さえはっきり判別できない。
「確かに…」
コレオグラファーがマエストロの言葉に同意しようと口を開いたが、途中で口をつぐんだ。辺りの異様な状況に目を見開いている。
真っ暗になった店内…。いや、俺達のテーブルだけが黒い靄のようなものに包まれているのだ。
これは一体なんだ?
俺がそう思ったとき、今度は俺達のテーブルの下の床に異様な文様が浮かび上がった。床が青白く光っている。
「これって…ま、魔法陣ってやつ…」
「いったい何が?」
目を凝らすと異様な文様はホログラムのように床から浮かび上がっているように見える。同時になにかブーンという不快な音が聞こえる。
ブーン
ブーン
ブーン
その音は脳の中に直接響いている。脳の中に虫でもいるかのようだ。
耐えられない!
不快だ!
気分が悪い!
気が遠くなる!
ブーン
ブーン
ブォーーーン
「ああ…ああ……ぁぁ………」
だれか…。
た、助けて…くれ……。




