第7話 さあ今すぐ冒険! ……とはいかない感じ?
「──ユウカ様、お待たせいたしました」
「様だなんて、ユウカでいいですよ」
ぱたぱたと駆けて私たちの元へとやってきた受付のお姉さんは、明らかに年下なこんな私にも堅苦しい言い方だった。
「いえ、規則ですので。それよりも、ユウカ様のスキルカードをお持ちしました、こちらを」
お姉さんは、なんだか仰々しく木製のトレイに乗った3枚の紙切れのうち、1枚を私に差し出した。その他2枚は、フトシさん、リュウタさんに分けられていく。
「ほーん、こんなものがねぇ」
「不思議なもんだ」
2人はまじまじと見つめたり、遠目に見たりしてそのスキルカードを触っていた。
「はぁ。……よくわかってないんですけど、これってどういうものなんですか?」
「これは冒険者としての証で、経験を積めばポイントを振って、魔法や能力を強化できる魔道具となります。大切にお持ちください」
「……うーん。わかったような、わからないような……」
ふとフィルの方を見てみると、なんだか夏の風物詩でも見るような眼差しで私たちの動向を静かに見守っていた。
「言ってしまえば、そちらをお持ちいただいてモンスターとの戦闘や、ギルドの依頼をこなしていただければ、使える魔法が増えるばかりでなく、上位職業への転職も可能になるという寸法でございます」
「ほあー」
要は、魔法が使えて、増やすことも出来るってことだけ覚えておけばいいみたい!
「それと。ご本人様確認として、職業に誤りがないか、今一度ご確認願います」
「誤り?」
そこで私は、そのスキルカードってのをじっくりと見た。正直、最初に見た時にはちんぷんかんぷんな文字列が並んでるなぁって眺めるだけだったんだけど。
見続けていると。少しずつ、そこに書いてあることが読めるようになった気がして。私は、そのへんちくりんな記号っぽいのを読み上げた。
「……びいすと、ていまー?」
読み上げても、ちょっとよくわからなかった。
「はい。テイマー職、即ち、動物を自在に操る力に長けた魔法の、上位職業、猛獣使いとなっております。ご確認ありがとうござ……」
「ええええええぇぇぇ⁉」
え、は? ちょっと待って? もっかい言って?
「あ、あの……? これ、ひょっとしてバグってるんじゃ……?」
「いえ、とんでもございません! 確かに大変珍しい職業適性ですが、ありえない話ではございませんよ! 現に、私どももお世話になっている方に、初めから上位職業の闘剣士もおられますから!」
それがどのくらい強いのかはよくわからないけど!
「なー姉ちゃん、ちなみに俺らはー?」
「えぇっと、シーフなので、一般的な冒険者とほぼ変わりはありませんね」
「露骨な態度!」
くっふふ、と、そこでようやくフィルが吹き出して、会話に身を乗り出してきた。
「いやぁユウカ、素晴らしいじゃないか。先のベア公を手懐けたのも頷ける、立派な職業適性だ」
比べて、君たち2人には盗賊はぴったりだね、と笑っていた。
「く……、この、言わせておきゃこのガキ……」
「まぁ落ち着けよリュウ。ひょろっちいフィルにゃ腕っ節ででは勝てんだ、まだ焦る必要ねぇよ」
とか言いつつ、フトシさんリュウタさんは血管切れそうなくらい青筋が見えてるけど。
「あれ手懐けたって言えるの……? 遊ばれてただけっていうか……」
フィルの調子のいい言葉に私も苦言を呈した。強制膝枕に、強引なお食事会。楽しかったのは事実だし、ベア公のことは好きだ。不満はないんだけどなんか複雑。
「そうかい? どちらにせよ、ベア公が君を認めたことは確かだろう?」
うーん、そうかもしれないけど……。
「……っていうか、なんていうかこう、……字面がどうにかならないかなというか……」
「と言うと?」
「猛獣使いってどうにかならないの?」
私、動物は好きだし鳥も魚も好きだけど、猛獣はちょっと。それに、ビーストテイマーってことは、戦わせたりするんだよね……。
私がそんなことを思いながら顔を俯かせていると、フィルはくすくすと笑いだす。
「なるほどね。君はとことん優しい魔法使いのようだ」
「……からかってる?」
「まさか。褒めているさ。字面の響きなら気にしなくていい、あくまで参考だね。魔法の使い方は本人に委ねられるものだ。猛獣と言われるほどの怪物であっても、手懐ければただの〝飼い猫〟になる、そういう意味さ」
「フィル、猫って響き、ホント好きだね……」
初めて会った時でさえ〝仔猫〟とか言われたし。
「彼らはきまぐれだからね。僕はそんな気まぐれが大好きなんだ」
そうですか。
「ビーストテイマーってさ、結局なにする職業なの? トレーナー? 調教師? 飼育員?」
「そうだね。テイマー職の主な目的は、動物たちを意のままに操ることで魔物の気配を感知したり、目的によっては、望まないかもしれないが戦いへ進ませることだってある。かなり特殊性があるから、術者本人が非力であることは往々にしてあるだろうね」
「それもありますが」
と、そこでお姉さんが話に割り込んできた。
「テイマー職は地味ですが重宝される場面も多々存在します。これはあくまで一例となりますが、なかにはドラゴンを飼い慣らし、移動への足掛かりにされていた方もおられました」
「ドラゴン……」
ファンタジーの醍醐味ベスト5には絶対いるくらい超重要存在だ。それすらも飼い慣らせるなんて。
……だけど。スキルカードを天に掲げ、私は少し憂鬱な気分になった。
手懐けるって言うのも、なんか、違う気がする。色んな子と友達になりたいとは思うけど、それは無理矢理なるようなものじゃないし。お姉さんの説明を聞いても、私にはまだよくわからない。
そういえば。私が最初に使った魔法ってなんなんだろうと、色々スキルカードの項目を見たり、いじったりしてみた。
スキルポイントは、今のところ0。で、そのスキルポイントの近くを見てると、スキル名の記載があった。
「ふむ……シャボンヒール……とな」
スキル詳細を確認してみると、『泡のような陽だまりが対象者を和らげる。』……とか書いてあった。いやわからん。具体的な効果は?
「おそらく、そのシャボンヒールとやらは、君の思いで効果を変えられるんじゃないかな」
「え、何その都合よさそうな効能」
「魔法ってそういうものさ」
適当過ぎない?
「……まぁいいや」
とにもかくにも。
これで、私は冒険者の一人ってことだ! つまり、明日から、楽しい楽しい冒険の始まりなのだーっ!
「……そういや、俺ら今無一文だけどよ」
「宿とかどうする訳?」
……。
現実に引き戻さないでよー! もー!
私は頭を抱えて立ち上がった。
「そうじゃん! 私たちってば金なし家なし節操なしのボンクラばっかじゃーん!」
「一言余計だぞ」
「くっははは! ふふ、とりあえず、当面は僕が君たちの面倒を見るさ。何、心配しないでおくれ、これでも金銭に余裕はある方なのさ」
突然、フィルが大きな声をあげて笑いだし、そんなことを言い出した。
……私たち、フィルがいなかったら本当にどうなっていたのだろうか、と、静かに震えながら、改めて現地民に会えたありがたみを実感したのだった……。




