第6話 ついにって感じ!
「うぅ、じゃあねぇ……! ベア公……!」
「グオオオォォン……!」
涙ながらに、私はベア公と別れることになった。なんせ、私たちがこれから向かうのは、この世界に降り立った時に見た、壁に囲われた街だから。
「仕方ないね。街に魔物……ひいてはあの子みたいな獣を連れ歩く訳にも行かない。混乱の元だ」
うん、わかってる、わかってるけど……。やっぱり別れは辛い……。
「……いつかまた、会えるさ。あの子もきっと、それを望んでいるよ」
フィルの言葉が、優しくて、また少し泣きそうになったけど。
私は、ぐずっと鼻水をすすって前を向くことにした。
ベア公のくれた温もりを忘れないように、胸にしまうのだ。
「……ふぅ、よし! もう大丈夫! 行こう!」
そう言って、フィルに笑いかけた。
「……ふふ、君は強い仔猫ちゃんだ」
また。仔猫ちゃんって言うな!
「……っていうか、あの2人も付いてくるんですか?」
後ろからは、誘拐犯さん2人が──フトシさんと、リュウタさん? だっけ、が、仏頂面で歩いていた。
「ああ。大丈夫、僕が監視役として、彼らを見張っているから、安心するといい」
「不安だなぁ……」
「ま、ここで会ったのも何かの縁という訳さ。旅の仲間は多い方が楽しいだろう?」
「それは、まぁ……」
あれから、かなり大人しくなった2人は、あまり私と目が合わない。私も合わせる気はないけど。
黙りこくって、静かにただ付いてくる置物みたいになってる。私も別に話すことなんてないけど。
でも。
「……フトシさん、リュウタさん」
「……?」
「なんだよ、嬢ちゃん……」
私は振り返って、2人に手を差し出した。
「……握手しましょう。これで、全部チャラ。仲直りってことで」
険悪なムードのまま旅を進めたって、全然楽しくない。黙ったままの行進なんて、何も嬉しくない。
不服は不服だけど。それはそれだ。
「……嬢ちゃん」
「それと、嬢ちゃんもやめてください。ユウカでいいんで」
少し不機嫌顔で言ってやる。これが仕返しだ。
「……! すまねぇ……」
「……なんつーか、嬢ちゃ……ユウカ、高ぇ壺とか、買わされんなよ……?」
余計なお世話だ。ふん。私は2人のゴツゴツした手を握って、固く握手した。
「ふふっ。ユウカ、君は……」
フィルが何かを言ってたけど、よく聞こえなかった。
「はい、じゃあこれで、いざこざなし! 楽しく行こう! おー!」
私は腕を振り上げて、思い切り意気込んだ。何せ、これから始まるのは待ちに待った異世界! ギルド! 冒険者なんだから!
「お、おう……」
「テンションたけぇ……これがJKパワーか……?」
悪人面が抜けきらないのか、引きつった顔で私を見る2人。む、もう1回!
「おーっ!」
「お、おー……」
「おー……」
森の仲間も、何事だ? って私たちを見てるみたいだった。構うもんか、もう1回!
「おー!」
「待って! いつまでやんのこれ!」
「2人が元気になるまで!」
「いや、わかったから! もう十分元気だから!」
「そのテンションずっと持ち込まれんのは流石にきちぃって! 俺らもう30後半なんだよっ!」
大人って窮屈だ。
「くふふっ……君という人は、本当に面白いね」
「……フィルさんも混ざります?」
「僕は結構だよ。元々、風のように一人でいる方が気楽な性分だからね」
なおさら混ぜてやりたい。
まぁ、そんなことをやっていても進まないのでここらでお開きにした。
私たちはフィルの案内する方へと再び歩き始めて、森を進んだ。少し湿った空気と、ざわざわと動く何かの気配に心が揺さぶられながらも。
その先の開けた景色に、
「……! わあっ……!」
心を奪われた。
人里へと続く均された道を目で追うと、大きな壁が見えた。さらに視線を上げていくとぽつぽつと集落が見える。白亜と黄金に彩られた立派なお城もあって、本当に異国の地だって実感させられる。
そして、真ん中の方に広がる大きな丸い建物。あれがひょっとして……!
「ね、早く! みんな早く行こう!」
私はもういても立ってもいられない。みんなを置いて走り出しちゃった!
「慌てる必要なんてないのに」
なんて目を伏せて言うフィルの声ももう、届かなかった。
街に入ると、お祭り騒ぎみたいにどこも賑わってた。和気あいあいと物々交換か、見たことない硬貨のやり取りが繰り広げられていて、すごく興奮した。香ばしい匂いが鼻を通り抜けて、そのまま吸い寄せられそうになる。
「わぁ……すごいなぁ……」
どれもこれも、不思議なものばかりで目移りする。お金もないけど、片っ端から手に取ってしまいたくなる。
「そこのお嬢さん」
「ん?」
不意に声をかけられる。目を向けると目を閉じたみたいな顔した細身のおじさんが、手招きしていた。出店に並ぶのは色鮮やかに輝く宝石。種類なんてわからないけど、とってもキレイだ。
「お一ついかが?」
宝石に見とれていると、おじさんは一つ取って、私に差し出そうとする。琥珀色に輝く、トパーズみたいな煌めきの宝石だった。
「えっ、あー、私お金ない……」
「まぁそう言わずに」
と押し付けるようにぐいっと握らせようとしてきた。え、ヤダ、なんかちょっと、怖い!
「い、いや、いりません……!」
「ほら、見なよこれ、キレイだろう?」
と手首をひっ掴まれ、ぞくっとした。ひぃ。
「や、やめ……!」
「その辺にしておいてくれないかい? ユウカが怖がってるんだ」
声がした方を振り向くと、フィルが立っていた。そのさらに後ろには、怒ったような顔のフトシさんとリュウタさん。隙を見て振りほどいてその背に隠れると、おじさんは頭の後ろを掻いて、
「あーこりゃ失敬、ツレがいたんすねぇ」
と悪びれもなく言っていた。続けて、
「珍しい格好のお嬢さんだから、さぞ持ってんだろうとは思ったんですが、見込み違いのようですなぁ」
なんて言うのだ。その時のおじさんの顔と来たら、狐の面を被ったみたいな嘘くさい笑みで。
「見込み違いとは、これまた失礼なことだ。そんなにも僕たちが貧乏臭く見えるかい? ……贋作売りが、笑わせるね」
フィルはそのおじさんの様子を看破してたみたい。……え、ってか贋作?
「宝石ってのは、日に照らしゃよくわかるって寸法よ。……見てみな、ほら、文字が見えるだろ」
「……あ、ホントだ。……見えちゃダメなの?」
フトシさんが実演販売でもするみたいに私に宝石を見せてくる。日に当たった宝石越しに、よくわからない言語の文字が透けて見えた。
「本物は、屈折率の関係でんなもん見えねぇんだよ。つっても、赤子騙すにゃこの程度の光り方でも余裕だろうがな」
おお、フトシさんがなんか頼もしく見える。宝石詳しいのかな。……金目の物だからか、と妙に納得してしまった私がいた。
「ユウカ、今変なこと考えたろ」
「ううん、何も?」
危ない! なんでみんな私のことわかるのっ⁉
「っ……、今日はもう店じまいだ、帰った帰った!」
するとおじさんは、床に敷いてたカーペットごと風呂敷状にまとめ始め、身支度をしてた。
「だそうだ。迷惑にならないように、先を進もうか」
「けっ、ガキ騙すとかろくなもんじゃねぇな」
「ねぇ今ブーメラン刺さってるの気付いてる?」
不満そうに言うリュウタさんに思わずツッコんじゃった。
3人は私とはぐれないよう、なんだか囲うように並んで歩き始めて。少しおかしかったのと同時に、申し訳なさが心に残っていた。
「……ごめんね、私一人突っ走っちゃって」
「気にすんな、もうここまでくりゃ一心同体も同然よ。それより、やっぱ騙されねぇような教育もしといた方がよさそうだな」
「あはは……き、気が向いたら、お願いするかも……」
……正直、怖かった。
手が震えそうになった。
この人たちがいなかったら、今頃どうなってたんだろうとか、良くない考えが頭をよぎってきちゃう。
「……情けは人のためならず、だぜ」
リュウタさんがなんか言ってる。
「……嫌味?」
「違うっての。巡り巡って人のため、ってやつだ。……あー、つまり、あんたのくれた情けは、結局俺らのためでもあったんだ、それは忘れんな」
どういうことだろう。なんか頬掻いて恥ずかしそうにしてるけど、私には伝わってこなかった。けど、なんとなく悪い意味じゃないってのは、理解したつもり。
「へぇ、君たちの世界の言葉かい? いい響きだね、今度僕も使わせてもらうとしよう」
フィルはそう言って笑ってた。なんであんたがわかるんだ。
「……さあて。いよいよもうすぐ、目的の場所だね」
話し込んでいる間にもずっと歩き続けてたら、もう目と鼻の先だった。
金の装飾がお洒落に施された木製のその扉は、大男でも余裕をもって入れそうなほど大きくて。ステンドグラス風のガラス窓には勇者っぽい人の絵が描かれていた。
開きっぱなしの扉から中へ入ると、少しむさくて酒くさいのに、そんな匂いなんて気にならないほどの賑わいがそこにあった。私と同年代くらいの子たちもカウンターにいるお姉さんに話しかけてて。
私の願ってた〝ギルド〟が、そこにあった。
「……う、っわあ……!」
「……喜ぶのは、まだ少し早いさ。じゃあさっそくだけど、君たちの力を計測しに行こう。少し待っていてくれるかい」
フィルは焦ることなく、近くのお姉さんへ話をしに行く。お姉さんを引き連れたフィルが戻ってくると、
「……新顔でございますね。ようこそおいでくださいました。冒険者ギルド『アンネライ』支部より、あなた方のような未来ある冒険者志望者の来訪を、心待ちにしておりました」
とても素敵なお姉さんが、私たちに丁寧な挨拶を交わしてくれた。
金髪! まず真っ先に目に付いたのは異国でなくとも見ることは出来るそんな髪色だった。ふわふわとウェーブのかかった柔らかそうな髪が物腰柔らかな印象をもたらしてくれていた。
「あ、えと、こちらこそ、よろしくお願いします!」
謎にかしこまっちゃって、私は体育会系ムーブをかましてしまった。は、恥ずかしい!
「ふふ。では、こちらへどうぞ。まずは適性検査となります。と言っても、やっていただくのはこちらの水晶に手をかざすだけなので、お気軽に」
で! でたあ! 手をかざすだけで謎パワーが働く謎水晶! ザ・マジックアイテム! やるっきゃないよね!
「はーい!」
といの一番に身を乗り出して、私は水晶に手をかざすのだ!
何が出るかな、何が出るかな! 私はワクワクしながら水晶に浮かぶその結果を待ち望んでいた。
すると、浮かび上がったのは、動物のような形のマークで。
その下には、うっすらと文字が見えたんだけど……異国の文字はやっぱりよくわからない。
「……なるほど。珍しい職業でらっしゃいますね。というか、私もここへ来てそれなりに立ちますが、初めてでこの職業は……」
……え、何? もしかして、あんまりよくない感じ?
「……! すぐ、スキルカードをお作りします! 少々お待ちくださいませ!」
「え、あの……」
一転して、お姉さんは青ざめたような顔を浮かべたけど、私に深く一礼すると、すぐに裏の方へと回っていった。……私、何かやっちゃいました?
「……心配はいらないさ。向こうの空いている席で気長に待つといい。その間、2人もやっていなよ」
「おう、もうやってきたぜ」
「やっぱこういうのワクワクすんなぁ」
「……手が早いことで」
フィルは少し、呆れた様子で2人を見ていた。
ともあれ。
まず第一目標は達成した。テテン! 実績解除! 冒険者への道、が解放されました! やったね!
「まずは、お疲れ様だね。これは僕から、ささやかだけれど君たちへの贈りものだよ」
「気が利くねぇ」
「俺甘いジュース苦手なんだよなぁ」
「……なんだかんだ2人とも楽しんでない?」
私たちはお姉さんからの報告を待つ間、フィルが奢ってくれたジュースで乾杯をしたのだった。