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第5話 あったかいってやっぱいい感じ。

 ヒデュンベアーの住処は、森の奥にあった。木漏れ日に照らされながら私たちは進んでいく。私だけはヒデュンベアーの背におぶられるようにして、少し高い視線から森を見下ろしていた。

 たどり着いたのは木々を束ねて作った、鳥の巣みたいな場所だった。くまさんが余裕で寝転がれる、絹を編んだみたいな大きなベッドも一緒に広がっていた。

「うわあ……快適そうだね……」

 そして、その一帯だけがぽっかり穴が空いたみたいに優しい日差しが降り注いでいた。気持ちいい。

 ヒデュンベアーが、ゆっくりと腰を下ろし、四足歩行になる。そして、片腕を階段みたいにして足場を作ってくれた。

「グァ」

 降りていいよってことだと思って、私はこの子の背中から降りて片腕に乗った。……なんか、童謡みたいで少しワクワクした。

「ありがと、ベア公」

 ヒデュンベアーっていちいち呼ぶのも大変だし、私はベア公って呼ぶことにした。

「はー、すっげぇ……」

「俺らが来た場所とはまた違うけど……」

 2人も感心した様子で、ベア公の住処をじっくり見て回ってた。実際、確かにすごい。童話みたいに鳥とかが手伝ってくれたのかな? ベア公の大きな手じゃ、こんな繊細そうな巣は作れない気がするから。

「ヒデュンベアーの住処は、森の仲間が力を合わせて作るんだ。鳥が木を運び、リスは木を削って、といった具合にね。共生というやつだよ」

 やっぱりそうなんだ。ベア公ってとってもすごい子だ。

 ベア公は自分の巣から、両手いっぱいに果実を抱えて私たちの前に並べた。す、すっごい。こんなに?

「……どうやら、大歓迎みたいだね」

「わあ……ベア公、ホントにいいの?」

「グァウア」

「あのー」

 じろっ、とベア公が2人を睨む。口を挟むな、と言わんばかりだ。

「確認ですけど、本当にいいんですよね……?」

「つーか、こんなの前にして食えないは流石に……?」

 私としては、ここでおあずけにしたって全然いいけど。ベア公の意思次第だ。

「……グル」

 頷いている。優しい子だ。たまらん! いっぱい撫でてあげる!

「じゃ、じゃあ!」

「うん、素直に好意に甘えるとしようか」

 フィルの言葉を皮切りに、2人は真っ先にむしゃぶりついていた。よっぽどお腹が空いていたらしい。

「……! な、なんほれ! すげえうむえ!」

「おいこっちもいいぞ! ははっ、たまんねぇな!」

「はは……」

 私は少し引き気味で見てたけど、でも、この大きな木の実たちは、見てるだけでも美味しそうだった。形は、ミカンみたいなものから、バナナみたいな形のものまで様々で、色とりどり、よりどりみどりだ。

「いただきます」

 静かに唱えて、赤い果実を私も1口。

 ……んん! なにこれ!

 イチジクみたいに果汁が広がってて、マンゴーみたいにふわっと抜ける感じ!(伝われ!)

 ……私の語彙力じゃ、正確に美味しさを伝えきれないけど、でもとても美味しい。果実なのに全然満足感が違ってた。

「うん。やはりヒデュンベアーの舌は確かだね」

 フィルも満足そうに、皮をむいて食べるタイプの果実に舌鼓を打っていた。それも美味しそう……。

「グァウグァウ」

 気付けばベア公も果実を頬張って、鼻を鳴らしていた。みんな幸せそうだ。

「あむ……むふ……」

 かくいう私も幸せだ。ここにきてやっと心を落ち着ける気がしていた。

「あー! それ俺も食いたかったやつー!」

「はんっ! 早いもん勝ちだっつーの!」

 ……あの2人、さっきからずっとうるさいなぁ。

「静かな食事よりよっぽどいいじゃないか」

「だから心を読むなっ!」

「心は読んでいないさ、風の囁きだよ」

「白々しい……! それもう一種の魔法なんじゃないの……?」

「おや、よくわかったね」

「えぇ……ホントにそんな魔法あるの……? 引く……」

 あっはっは、と笑い飛ばし、「ある訳ないさ、君の顔に書いてあっただけだよ」と嘘か誠かわからない方便をつくフィル。見られてるのもヤダ、とふいと顔をそらすと、またくすくすと笑い出す。なんなんだこの人ホントに。

「ユウカ。少し聞いてもいいかい?」

「……なんですかー」

 フィルが唐突に質問した。少し不機嫌な声で、私は答える。

「この世界は、気に入ったかい?」

「……」

 それ、今する質問かなぁ。

 そんなのまだよくわかんないよ。怖いハプニングにも見舞われた訳だし。ってかそんなのばっか。

 なのに。

 そんなハプニング以上に、心躍る、魔法のある異世界。

 気に入った、なんて言葉で片付けるのは無粋すぎる。


「……ぜーんぜん!」


 だから私は、そう返した。

「え……」

 フィルは目を丸くして驚いた顔してる。ふふ、そんな顔もするんだね、私はしめしめって感じでフィルを覗いた。

「まだまだだもん。まだ私見たいものがいっぱいある。〝ギルド〟にだって行きたいし、冒険にも出かけたい。怖いモンスターとかいるのかもしれないけど、でもワクワクの方が抑えきれないよ」

「……ユウカ」

「まだ始まってすらないもん、私の物語は! だって、これからなんだよ、ここからが始まりなんだよっ!」

 私は立ち上がって、広がる空に向けて手に持った果実を掲げた。空に浮かぶ赤い月が、私の胸を打っている。

 きっと、たくさんの出会いが待っている。普通に生きてただけじゃ、絶対味わえなかった輝きが、その先にあるって、信じられるから!

 そうやって、私はひとつ、宣言したのだ!


「私、この世界のこと、もっと知りたい! 怖いも痛いも楽しいも! 全部全部! 知りたいことだらけだよ! だからまだ、全然気に入ってなんかないっ!」


 さあっ……と、風が通り抜けた。……沈黙が痛い。

 少し気恥ずかしくなって、しおしおと座り込む。顔熱くなってきた。

「そっ、そんな訳だから、もう少し付き合ってよね、フィルさん」

 照れ隠しついでに、そんなお願いもしてみた。

「……そうかい。君の願い、確かに聞き届けたよ」

 フィルは静かにそう言って、果実をまた一つ齧っていた。

 ──それからしばらく、騒がしくも楽しい食事会が続いていた。



「そういえば」

 すっかり満腹になったお腹で、フィルが2人に話しかけた。ベア公は私を抱くように寝入っていた。動けない。

「2人は、名前をなんと言うんだい?」

「……今更⁉」

 確かにそうだけど、別に興味もなかったし……。

「じゃあ……自己紹介……お願いします……」

 目蓋を擦りながら、私は2人に話しかけた。空はもう暗くなってて、星が見え始めてた。……寝る前に、水浴びくらいしたいなぁ。

「……えと、じゃあ、俺から。皿井太志」

 太っちょな方の男が、まず名乗りを上げた。まんまだ。

「芝隆太」

 続いて細身の人。まんまだ。縛るの好きだもんね。

「ふうむ。フトシに、リュウタと言うんだね」

「お、おう……」

「君たちは、ユウカとともにやってきた異界の民。それで間違いないね?」

「そう、なるわな」

 歯切れが悪いのは、まだこの世界のことを認めていないからかな。

 フィルは2人に笑いかけて、

「ここで出会ったのも何かの縁だ。僕はいかなる人であろうと、歓迎するよ。……例え元悪人だったとしても、ね?」

 眠そうな目をさらに細めて、そう言ってのけた。

「そりゃ大層なことだが……」

「歓迎って言われてもなぁ」

 まぁ、無理もないよ。私だってまだ認めきれてないし。

「うん、うん……」

 私も、歓迎されるほど、まだこの世界のことをよく知らないし。

 それに……。

 ご飯を食べて、落ち着いたからかな。とろん、と、目蓋が不意に落ちてくる感覚に、抗えなくなる。

「……ユウカ。さっきから揺りかごの中じゃないか。……疲れたろう。魔法の消耗もある、ゆっくり休むといいさ」

「う…………ん……」

 フィルの穏やかで、飄々とした声に、眠気が誘われて。

 ベア公の体温が、私をどんどん、深くまで連れて行って。

 子守唄みたいな森の音に、耐えきれなくなって。

 目蓋が重くなって、私はゆっくりと、ベア公の腕に寄りかかって、そのまどろみに身を委ねていった──。



 すぅ、すぅ、と静かな寝息と、ぶすぶすと荒い鼻息が辺りを満たす。苦笑しながら、フィルはユウカの頭を撫でようと手を伸ばす。鮮やかな黄金色の髪は垂れ下がり、光に照らされていた。

「……」

 気配を感じたヒデュンベアーが起きたようだ。薄目で覗き、警戒心をあらわにしていた。慌てて伸ばした手をひらひらと振る。

「おっといけない、僕の悪い癖だ。……すまないね」

 ぶすっ、と鼻息で返事をするも、ぎゅっとユウカを抱き寄せるようにし、ヒデュンベアーは警戒を解く様子はない。「う〜ん……」と暑苦しそうなユウカの表情にまた、笑いそうになった。

「……さて、と」

 ユウカが眠りについたあと、フィルは2人を、鋭い目付きで睨んでいた。

「君たちに問うよ。彼女とはどういう関係だい?」

「どうって、言われても……」

「……赤の他人だし、あんたもさっきも言ったろ? 悪人ってことで、ケリはついてる」

「……そうかい。それで、今後君たちは、どうするつもりだ?」

「……なんなんださっきから」

「いいから答えるんだ。君たちは、ユウカとともに進むのか、ユウカを1人置いて進むのか」

「……」

 2人は、黙った。一度は一緒にご飯を突き合せた縁だが、元をたどれば誘拐犯とその被害者。奇妙な繋がりだからこそ、フィルは2人にその覚悟を問うていた。

「……その、結果的に、今こうしている以上、もう離れないって訳にも……」

「けどそれじゃ、嬢ちゃんの思いはどうなるよ。俺らみたいなおっさん2人、ましてや誘拐犯じゃ、一緒になんていたくもねぇだろうよ」

「……」

 フィルは受け止めていた。2人が既に、彼女への何かしらの恩情を抱いて、答えを導こうとする様子を。

「だからって、この子をこんなとこに置いとくのも筋違いなんじゃねぇのか!」

「だから、俺は嬢ちゃん次第だって言ってんだ! ほっとくのは無理だが、だからって俺らじゃどうしようもねぇだろ!」

 2人の意見が割れる。どちらもユウカを思っての言葉だが、素性が素性だけに、どちらの選択もユウカへの影響は計り知れない。故に大した論争にもなっていなかった。


「君たちの意見はよくわかった」


 フィルのその声で。ぴしゃりと止む。

 そして、またあの飄々とした声で、眠そうな目を浮かべていた。

「……僕から、君たちへの償いの機会をあげよう」

「……償いの機会?」

「君たち、時に、行くあてはあるかい?」

「行くあても何も、どこに行きゃいいのかさっぱりだが……」

 フィルはほくそ笑む。その表情のまま、彼は言った。


「──なら。僕が案内役として、君たちが進むべき道へご招待しようじゃないか」


 導き手として、生き証人として。フィルは彼らに、一つの道を示したのだった。

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