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第4話 現実は厳しい感じ?

「たーーすーーけーーてぇーー‼」


 と、そんな風に話してると、私たちの遥か後方で、何か声がした気がした。

「……? 何か聞こえました?」

「僕は耳は良い方だ。ばっちり聞こえているよ」

 フィルは後ろを振り返る。私も釣られて振り返ると、

「はい?」


 でっっっかいくまさんが、誘拐犯2人に襲いかかってました。


「待って待って待って待ってぇ!」

 そして、私たちの方へずんずん向かってくる。どう見たって絶対マズイやつ!

「どうやら、ヒデュンベアーを怒らせてしまったみたいだね」

「冷静に分析してないで! 何か対処してよぉ!」

 フィルの肩にすがるけど、淡々と言ってのけるばかり。マイペースにもほどがある!

「ユウカ、1度言ったと思うけれど、僕は戦闘は嫌いなんだ」

「だから何なの⁉ さっさと、」

「足が震えてしまってね」

「役立たずぅ!」

 もう、肝心なとこじゃダメだこの大人ぁ! 私はフィルを引っ張って急いでその場から走り出した!

「済まないね、やっと走れるよ」

 それでも飄々としてるのは、この人の生来の性格なんだろうね! 知らないけど!

「なんで私があなたを介助しないといけないんですかぁ!」

「くふふ」

「笑ってる場合じゃない!」

 そんなやり取りをしてる間にも、そのくまさんは私たちに向かって突き進んでくる。

 体長は、人の体の倍以上はありそう。大きな鎌みたいに鋭い爪が、森の木々をなぎ倒すさまを見てると、ホントにゾッとする。黒い毛並みも相まって、恐怖が襲ってきた。

 爛々と輝く目が、怒りを隠せない様子で、

「ひええ!」

 男2人の情けない叫び声が、私たちの体も強ばらせるようだった。

「ヒデュンベアーに魔法はほぼ通じない。故に僕の力ではどうにもならないのさ。普段は森の奥に隠れるように住んでいるから出会うことはほぼないのだけれどね」

「そんなぁ!」

「だけれど、必ず対処の方法はあるものさ。魔法が通じなければ、物理攻撃、もっと言えば、この世界には呪術なんてものも──」

「そこまでわかってるならなんとか出来ないのぉ⁉」

 と、そんな時。

「うひゃあ!」

 男2人が盛大にずっ転んで、ヒデュンベアーが立ちすくんでた。

「……! 危ない……!」

 とっさに声をかけてしまった。誘拐犯と言えど、生きてる、同じ世界の住人で。私を攫った要注意人物で。

 情が移った訳じゃない。けど。助けなきゃって思った。

 だって、そんなの。あまりにも寝覚めが悪い……!

「グルル……」

「何か! 何かないの……!」

 そんな風に私が狼狽えていると。

「……、君の願う、君だけの〝魔法〟」

「……え?」

 フィルが小さく呟いた。私だけの、魔法?

「それがヒントかな。さあ、導き出してみせるんだ、君には〝才〟がある。この世界に呼ばれたのも、何かの縁だろうね」

「で、でも! 魔法はさっき効かないって……!」

「全てじゃないさ。もっとも、僕には出来ないことは明白だけれどね」

 また、訳のわからないことを。……だけど、私は考えてみた。今、私の思いつく、最大の魔法を。

 ……ヒデュンベアーはどうして怒ってる? あの人たちが怒らせたから?

 きっと、何か理由があったんだ。寝てるところを起こされたとか、獲物を捕らえ損ねたとか。それが何かはわからないけど、だったら止めてあげたい。

 怒るって、すごく大変だから。痛いから。苦しいから。

 出来ることなら、その痛みを、和らげてあげたい。

 私は、そんなことを願っていた。

 でも、どうやって? ……わからない。

 ……だけど。

「……………………。もう、こうなったらいちかばちかだぁ!」


 私は、手を前に出して、魔法っぽい願いを込めた!

 この子を、癒してあげて!


「──静まって! ヒデュンベアー!」


 すると。その手から、ほのかな光が溢れ出して。

 光がふわりと膨らんで、温かな空気が広がる。まるでお風呂の湯気みたいな、優しい匂いがして──

 ぽわん、と。シャボン玉みたいな塊が、ヒデュンベアーに向かっていったんだ。

「わっ……!」

「……ユウカ。君の魔法は、とても優しい」

 パァンッ。シャボンが余韻を残して割れた音と。

 フィルのそんな声が、耳に残った。



 ……しばらくして。

「……うぅ」

 ヒデュンベアーは、すっかり大人しくなった。

 私の、膝の上で。

「重いぃ……ごわごわするぅ……怖いぃ……」

「グルルゥ……」

 あんなに爛々としてた目は見る影もなくて。毒気の抜けた顔は、どこかハートの目を浮かべてるようだった。

「す、すげぇ……手懐けてる……」

「なんだってんだ……?」

 正座でちょこんと座る誘拐犯2人は、私とヒデュンベアーの様子に恐れをなしていた。

「くっ、ふふ、あはははは! いやはや、ユウカ。君は、とんでもない魔法使いだよ……!」

 涙を浮かべて笑い転げてるフィル。他人事だと思って……!

 ヒデュンベアーの頭をそっと撫でると、喉を鳴らすみたいに、グルグル言ってて。猫かな? って思うぐらい懐いてた。

 今度はくるんと仰向けに転がって、お腹を見せてる。全身は黒い毛だったけど、お腹は丸い円を描くみたいな、白で染まってた。

「……案外、こうして見るとかわいいかも……?」

 かと言って、この図体じゃちょっと無理はあるけど。

「ヒデュンベアーは本来、人里からは離れて行動している。森の奥で、守護者のような役目を果たしているんだ。だから、本質的には大人しい性格が多いんだよ」

「へぇ……」

「そして、ヒデュンベアーに魔法が効かないと言った理由の一つに。ほいっと」

 すると、フィルが風の魔法をヒデュンベアーにぶつける。

「ッ⁉ あれ! 消え……!」

「……と、この、ように、魔法が嫌いで、下手に使うと、反応、して……姿を隠す、……うっ、ぐぅ…………たす、け……」

「ってうわああああああ! やめてやめて死んじゃう!」

 ヒデュンベアーの爪がフィルの首を締め上げ、気付けば虫の息だった。何かしたか? みたいな顔してフィルを睨んでる。

「ど、どうどう! 敵じゃないよ! 大丈夫だから!」

 慌ててヒデュンベアーに声をかけると、渋々といった様子で手を離した。そしてまた私のそばに寄り添ってくる。

「うっ、ごほっ、おえ…………魔法の、流れを感知する、スキルに、長けているから、魔法は禁物……うっぷ」

「いや説明のために命張りすぎ! もうわかったから!」

 飄々としながらも白い顔になっているフィル。思わず駆け寄って背中をさする羽目に。

 ちなみに、誘拐犯さん2人はその光景を「うわぁ……」って顔で見てました。そりゃね、もしかしたら同じことになってたかもなんだし。

 白かった顔に色が戻ったところで、フィルは2人に質問する。

「……ところで、君たち2人はどうして彼に追われていたんだい?」

「い、いやぁ……」

 となにやら芳しくない顔をしていた。

「……出来心だったんだぜ?」

 太っちょが言う。その入りはもうやっちゃったやつじゃん。

「空腹で死にそうだったんだよ! よくわかんねぇ木の実がいっぱいあるし、1つぐらい良いだろと思ってよ……」

「じゃあもう100%あなたたちのせいじゃん!」

「グルル……」

 唸り声をあげるけど、手は出さない様子のヒデュンベアー。偉いぞーと撫でてやると嬉しそうにしてた。そしてまた私の膝へ! ……重いからあんまりしないでほしいけど。

「なるほどね。彼の獲物を取ろうとした訳だ。それは怒りを買ってしまうよ。今は発情期も近いから、少しでも蓄えを欲しがるんだ」

 フィルがそんな風に説明する。

「き、気を付けます……」

「もう取ったりしねぇって……」

 ヒデュンベアーを前に、誘拐犯たちはすっかり小さくなっていた。謝りを入れてもくまさんはだんまりだ。

「も、もう怒ってねぇよな……?」

「見てるだけだよな……? 食べる気は……ないよな?」

 ビクビクと肩を揺らして、そろりそろりと後退していく2人。だけどヒデュンベアーは、それ以上動く気配はなかった。むしろ、私の膝枕でうとうとしかけていた。なんだこの落差。

「……あんたらさ」

 私は、膝の上のくまさんを撫でながら、2人に言った。

「人攫いして、勝手に縄張りに入って、この子の食料奪って……それで助けてもらって、命拾いして。……なんか、感謝とか、反省とか、あるよね?」

 言葉だけで威圧した。罰を下さないのは、私なりの温情のつもりだ。

「はっ、はい! すみませんでした! なんでもします!」

「もう二度と取りません! ……あと、誘拐とかももうしません!」

 いやどの口が。って思いながらも、まあ、反省してるならまだマシかな。どうせここで裁くほどの権限もないし、正直あんまり関わりたくもないし。

「……ちゃんと、自分のやったこと、償いなよ」

「へ、へい!」

 ぺこぺこと何度も頭を下げる2人。

 まあ、見た目はただの情けないおじさんたちだし……このまま野生のくまさんにでも、もう一発教育されればいいんじゃないかな。

 すると、ぐぅ〜……、と私のお腹がなっちゃった。ご飯の話してたからかなぁ。

 ……そういえば、私、学校の帰り道で襲われたんだった。車の中でずっとじっとしてた時間もあるし、空腹に見舞われたっておかしくない。

 ちょいちょい、と服の裾を何かが引っ張ってた。ヒデュンベアーの手だ。

「ん? 何?」

 ヒデュンベアーは、私に笑いかけると、

「え、う、わあああっ⁉」

 両手で持ち上げられて、背中に乗せられてしまった。え、どういうこと?

「……へぇ。どうやら、君をご招待したいようだ」

「招待?」

 ヒデュンベアーは頷いて、そのままずんずん道を歩いていく。

「え、ちょ、まっ、」

「……僕らも着いて行っていいかい?」

「……」

 少し沈黙があった。嫌そうな雰囲気だけは感じて。

「グァウ……」

 仕方ない、みたいな声で唸ってる。……なんか、私の同伴者がごめんね……?

「そうかい。おーい、君たちも来るといい。ご馳走してくれるそうだ」

「いや、俺らは……」

「もう結構だ……」

「グル……」

 いいから来い、とばかりに手で招いてる。賢いな? この子。

「……だってさ。偉い偉い、こんな悪者にもおすそ分けしてあげようなんて」

「グァウ♡」

 撫でてやると、また嬉しそうに鳴いていた。

 ──そんな訳で。私たちはヒデュンベアーの住処へと案内されることになった。

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