第2話 逃避行って感じ!
うーんと。1回整理しよう。私は目を閉じて、今見た風景から目を逸らした。
今私たちがいたのは、雑木林に、山に囲まれた中の、廃墟になってるラブホテルで、扉を開けたらタイルの床かカーペットが広がってるはずなんだ。
よし、オッケー。もう1回辺りを見渡して。
ぱちぱちと瞬きを繰り返して──。
……なんで草原の上に立ってるの?
なんで、明らかに日本じゃない所に立ってるの?
やっぱり景色は変わらなかった。
振り返ってみると。
「ん。むぅ?」
扉がない。さっきまであったはずの扉が、消えていた。何これ、何なのこれ!
「おい、ドアがねぇぞ! どうなってんだ!?」
「お、俺だってわかんねぇよ! え、えーと、……おい、ここ、圏外じゃねぇか、ホントどこなんだよここ!」
困惑してるのは当然ながら私だけじゃなく、おじさん二人もだった。
「む! むぅー!」
とりあえず、私は暴れてみた。これじゃ誘拐どころじゃないでしょ! 早くほどいて!
「うおっと、なんだよ急に」
「あー、ほどけって顔してんな」
「むー! うー!」
「まぁ、結構長いこと縛っちゃったし、鬱血させちゃマズイわな」
すると、ふとっちょな方の誘拐犯さんが私の口に貼ってあるガムテープを剥がした。痛っ! うう……。
「ぶはっ……。ぐちょぐちょで気持ち悪い……」
涎でべとべとだあ。
「どうするべ、この子」
縄を解いているのは、細身のおじさんだ。……私を縛ったのも、この人なんだよなぁ。
「どうするも何も、身代金どころじゃねぇしなぁ」
「クッソ、なんだってこんな目に……せっかく高ぇ飯にありつけると思ったのによぉ」
ねぇ普通本人いる前でそういう話する? 身代金の目的もやっすいし……。……あ、普通じゃないんだった。誘拐犯だもんね。
「うう……もうなんなんですかー……ここどこぉ……お母さん……うぅ……ぐすっ……」
こうなりゃ嘘泣きだ。もうなりふり構ってられないよ。縄から開放された手で顔を覆って見えないように泣き声をあげるのだ。
「ちょ、おいおい」
「んな事言われてもねぇ。俺らだって事情わかんねーし」
ちらっと、指の隙間から動揺している二人を見ながら、私はしめしめとほくそ笑む。ふっ、舐めるなよ、私は昔からこれが得意技なんだ……って、あれ、ホントに涙出てきちゃった。あれ、おかしいな……。
拭っても拭っても、ぽたぽた落ちてきて、止むことを知らなかった。ヤバい、なに、これ……。
「うっ……、……うあ、ああぁ……!」
その時。私は、不安なんだって気付いた。
知らない土地で、知らない人と取り残されて。帰れるかどうかもわからないし、まして、この人たちは私を攫った誘拐犯。またいつ、同じ目にあっても、それ以上があってもおかしくなくて。
怖いって思った。誰も、私を知らない場所で、生きられる保証もないことが。
「だから言ったんだ! こんなの上手くいく訳ねぇって!」
そんな大きな声が、私の思考に割り込んできた。
ぺたんと地面に座り込んだ私の後ろでは、怒号が飛び交ってた。
「ハァ!? お前も乗り気だったじゃねぇか!」
そんな風に今更喧嘩して、うるさいし、私の小さな肩がその度震えて。
だから、逃げるしかないって、そう思った。涙を拭って、私は勇気を振り絞ることにした! そうだよ、こんなの、絶対ありえない、こんなことで私の人生、終わりになんて出来ないっ!
二人が叫ぶ間、私を見ていない隙を狙って、こっそりと。ゆっくりと。そろーり、そろーり……。
「────!」
よしよし、気付かれてないみたい。もう少し、もう少し……。距離さえ離せば、後は。
そう思った矢先。
バキッ! と枝の折れる音がした。
「……あ」
「おい。何してんだ?」
ふとっちょなおじさんがこちらを見た。その眼光に、思わず萎縮しちゃいそうだった。冷や汗が止まらなくて、足が震えてくる。
だけど。止まる訳にはいかない。私は、決めた。
全力ダッシュッ! 駆け抜けるしかないっ!
「あっ、待ちやがれっ!」
私は、運動はてんでダメダメで、体育も良い成績を残せた試しなんてない。でも、こんな出不精みたいなおじさんたち相手に負けてられるほど、落ちぶれてもいないんだよ! ……たぶん!
そして、私はもうひとつ、勇気を絞った!
「たすけてくださああああああいいいぃぃぃッ!!」
「んげっ!」
「こ、こんの……!」
……しんどっ!
走りながら叫ぶとか、マジしんどい! 顔が熱くなってきて、正直もう酸欠だよ!
でも、このぐらいしなきゃ、必死さなんて伝わらないもんね! よし、もう1回……!
と、叫ぼうと息を吸い込んだ時、思わず目をつぶっちゃって、足元に気付かず転けてしまった。
「あっ……!?」
「げぶっ!?」
……どうやら何かを踏んづけちゃったみたい。
「ご、ごめんなさい……!」
「ってて、何が起きたんだい……?」
そして、私はその人と目が合った。
現実じゃ絶対見ないような明るい翠緑の髪色。年は幾つだろう、見た目だけなら、私と同じか、少し上かな。そう思うほど幼く見える女性的な顔立ちなのに、その頬骨はしっかり男の人って感じだった。
眠そうに細めたその目は、サファイアみたいに綺麗に輝いてて。
王子様みたいだ、って思った。
シチュエーションが違ってれば、たぶん私はこの人に惚れてたかもしれない。そう思わせる美貌だった。
「……へぇ、かわいい仔猫ちゃんだ、迷子にでもなったのかい?」
……あ、無理かも。キザ男はお呼びじゃない。
「おい、そこのお前」
と、そんなこと言ってる場合じゃない。気付けば、誘拐犯二人は私たちを囲んでいた。
「……どうやら、よくない状況みたいだね」
そう言って、彼は私の手を取って立ち上がらせた。
「そうでもねぇさ、その娘を渡してくれりゃ悪いようにはしねぇよ」
「その言い方じゃ、良いようにもならなそうだけれど?」
睨み合いが続く。男の人は私を後ろに立たせて、かばう仕草を見せていた。
「たっ、助けてください、私、この人たちに……」
「みなまで言わなくとも、なんとなくわかるさ。……そういう人種には、何度も会ってきた」
すると。
彼の体から、風が吹いた気がした。
「あいにく、僕は戦闘は嫌いでね」
そして、私の体をひょいと拾い上げ──って! 待って⁉ 何するの⁉
「えっ、あの……」
「悪いけど──逃げさせてもらうよッ!」
「逃がすか、このっ……」
風とともに、私たちは、
「スルーウィンド!」
「うっ? わぁぁぁぁぁぁ…………⁉」
「ぎゃあっ⁉」
猛スピードで、誘拐犯2人を抜き去って。草原を駆け抜けた。
「舌、噛まないように気を付けるんだよっ!」
「そっ、そんな、こと、言われ、たってぇ…………⁉」
「大丈夫、すぐに慣れるさ! 僕と一緒に、風になるんだっ! どうだい、楽しくなってきただろう?」
この人、頭おかしいかも……!
「たっ、助けてぇぇぇ……!」
──どうやら私は、妙な世界に足を踏み入れてしまったみたい。
風をめいっぱい感じて、誘拐犯の2人がまだ執念深く追ってくるのを遠目に見ながら。
この、よくわからない人に、連れ去られていった。
って、これも言ってみりゃ誘拐じゃないッ⁉ どんだけ攫われりゃ気が済むの私〜!